12 終演〇
「こんなに聞き入ったコンサートは初めてです。」
日夏太は恵茉に向かってほほ笑みながら話した。
「そして、こんなに上品で美しい方に会ったのも初めてでした。」
彼は目の前にいる彼女を眺めた。
音楽に合わせ先ほどまで紅潮していた頬は、ほんのり朱が残っており、彼女のボルドーのドレスと白い肌に映える。豊かなブルネットはホールの明かりに照らされ、バイオリニストよりも光り輝く。束の間、幻でも見ているかのような感覚に陥る。それほど、妖精か何かの類のような、人間とは思えない純粋で美しい彼女は、彼が運命の人として描いていた像以上に、好みであった。
一方の恵茉は、照れながらも素直に言葉にした彼を見て、嬉しさを隠さずにはいられなかった。彼があまり音楽に興味がなさそうだと最初思ったが、自分の演奏に聴き入っていたときのように、バイオリンの演奏中も感動した表情を浮かべていた。それが自分のおかげということも嬉しく、何といっても彼女のことを美しいと表現したことに思わず笑みがこぼれてしまう。それまで、可愛いと言われることや、上品と言われることはあった。例えお世辞であろうとも。しかし、彼の眼はまるで本当に恵茉に惚れているようだった。何か憧れのものを見るような慈しみをたたえて、こちらを向いていた。