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不遇を乗り越えて

 これまで「それ」は、決まりごとや秩序を乱す「我儘」だと彼女たちは捉え、加えて互いの言語のちがいで言葉も意味も意思も、何もかも疎通ができずにいた時間がつづいたため、女官たちは正直、ほんの最近までこの小人(こびと)のすべてにうんざりとしていた。


 ――何て我儘で、何て面倒ばかりかけるのだろうか、と。


 そもそもは、この小人が命を落としかけていた行き倒れのところを彼女たち《火》族の族長である《()(がみ)が保護し、まったく手立ての分からぬなかでの苦心の介抱の末、ようやく回復することができた。

 そこに《火》神の感情が激しく揺れ動き、小人を寵愛しはじめ、昼夜問わずに求愛をあの小さな身体に注いだ。

 これには女官たちだけではなく、他の部族の女官たちや、他の(りゅう)五神(ごしん)までもが驚愕する出来事であったが、竜の五神たちは最初、《火》神に意識を向けて、成り行きを見届ける側に立ってあまり関与しようとはしなかった。

 それは、竜の五神のなかでいちばん竜化の時代が長く、人化の術を得ることができても感情の欠落が多かった《火》神が何かに興味を持ち、何かを丁寧に扱おうとする思考を得たのだろうと思い、どこか喜んでいるふうでもあった。


 ――ただ……。


 このときはまだ、《火》神や《火》族の女官たちをはじめ、竜族は総じて小人の出自や言葉、文化などをうまく理解できずにいた。

 そのため、何もかもが手遅れとなってしまい、小人が悉く《火》神から向けられる寵愛を拒絶する意味が……、すくなくとも彼に仕える女官たちには全く理解できず、彼女たちに不満を募らせてしまった。


 ――族長である《火》神に寵愛されることは、この世に並びない名誉。

 ――しかも求愛の寵とくれば、この上ない極みである。


 それを泣いて嫌がり、叫んで嫌がり、小人はとにかく全身で拒絶し、《火》神の寝宮に連れて行かれることを心底恐怖で見たし、一日中泣いては「助けて!」と懇願してくる。

 ボロボロに泣いて、食事もろくに取らず、行き倒れていた以上に貧相にやせ細る姿は、まるで当てつけのように腹立たしかった。


 ――小人の分際で、何と無礼なッ!


 彼女たちの唯一主に対しての不敬、日ごろの世話もこれ以上ないほどに厚遇してやっているというのに、何もかもを嫌がるその態度。女官たちの小人に対する感情の冷遇は苛烈になるが、その気配にさえ泣いて怯える小人はいよいよ心神喪失になってしまい、それに対して《火》神からは「世話が足りぬ」と叱責を受け、何度か逃げ出すまでになった小人を保護した大地神主神である《()(がみ)からは、


「あなたたちの扱いには、我慢ができません。この子は俺が預かります。しばらく《火》神にも近づくなと、厳命しますから!」


 と、滅多に怒らぬ若き青年から叱責を受けて、今度は女官たちのほうが生きた心地を失う事態にまでなってしまった。


 ――世話は厚遇しているというのに……ッ。

 ――いったい、何が不満だというのだ!


 こうして小人に対しても蟠りと怒気は頂点に達したが、言葉が通じるようになり、小人が持つ文化や性質を知るようになって、ようやく《火》神も女官たちも、竜の五神たちも小人に対する……白の皇帝が「寵愛」という「仕打ち」を受けてきたことへの重大性を理解する。


 ――この小人には、恋や愛、性行為という本能がない。


 物事を見て好ましく思うことは多々あるようで、その感情は竜族と近しいが、小人が口にする「好き」は、竜族で例えるのであれば「気に入った」ていどの感覚で、それ以上の心情には感じないらしい。


 ――それはけっして、愛情の欠落、というわけではない。


 小人の行動に慣れて見ていれば、あの小人はとても優しく慈悲深い。

 本能がない、というのは、小人はこの世界の自然が放つエネルギーによって、最初は光の玉のような存在で生まれるというハイエルフ族の出自のため、男女が子どもを設けるときに必要とする行為も、それに伴う相手を思う恋愛感情の一切が種族として不要のため、愛や恋を熱心に語られても伝わらず、ましてや性行為は蛮行そのもので、《火》神から注がれる寵愛のすべてが過酷な暴力でしかなかったのだ。


 ――それだけに、小人は必死で助けを求め、必死で何度も逃げ出したのだ。


 いまになって事の顛末を知れば、たしかに小人が受けたそれらは耐え難い恐怖の日々だっただろう。

 それを不敬だと憤り、瘦せっぽちの貧相な種族だと嘲笑い、竜族からすればあまりにも小人であることを侮り、女官たちは感情的に冷遇してきた。


 ――それがどれほどの非道だったのか。


 女官たちは端々まで悔い、反省をしている。


 ――なのに、この小人は……。


 あれだけの仕打ちを受けたにもかかわらず、言葉が通じ合い、考えや感情が理解し合えると自らこちらに歩み寄ってきてくれて、かつては逃げ出すばかりの湯殿から寝宮までの回廊をこうして手を繋ぎ、他愛ない会話をしながら和やかに歩くことができるようになったものだから、女官たちは心を入れ替えて、小人に――白の皇帝自身に自ら忠誠を誓っている。


「白の皇帝……」


 女官たちは白の皇帝の周囲に集まり、敬意をこめて膝をつく。

 白の皇帝は突然のことに「へ?」と思い、まばたくと、それまで手を繋いでいた女官がやんわりと手を離して、白の皇帝御前に膝をついた。


「白の皇帝――、何がありましても、我ら《火》族はあなたさまに永遠の忠誠忠義をお誓い申し上げます」


 ――白の皇帝。


 どれほどの久遠の彼方から来たのか、なぜこの創世期の時代に迷い込んでしまったのか。不思議なことばかりの存在だが、いまはもう何よりも愛しく、何からも護り通さなければならない、唯一永劫。

 彼女たちは自らの意志で改めて誓う。

 そして、女官のひとりがふと、何かに気がついた。


「白の皇帝、あちらの回廊から族長がお渡りです」

「ほんとう?」

「ええ、族長もこちらにお気づきですわ」


 伝えて、ほんのわずか白の皇帝に目配せすると、彼女たち女官の主である《火》神が足を止めて、こちらを見やっているのが彼の目についた。


「《火》神っ!」


 炎とおなじ、赤く逆立つ髪の体躯のいい男の姿を見るなり、白の皇帝は嬉々として飛び上がり、中庭を踊るように何度か低跳躍をして、あっという間にその姿のもとへと駆け寄っていってしまう。

 女官たちは膝をついたまま白の皇帝の舞うように跳ぶようすを見て、微笑まずにはいられなかった。


 ――あのように、愛しげに駆け寄っていく日が来るとは……。


 互いに言葉が通じず、その最中で《火》神の求愛がはじまったころ、白の皇帝はとにかく《火》神から逃げたくて、逃げたくてたまらず、彼の姿が目につけば「気づかないでほしい」と心底祈りながら物陰に隠れていたというのに、それがどうだ、いまは自ら駆け寄って抱きつくまでになった。

 水色の長い髪を揺らしながら、白い姿態を伸ばして《火》神の腕に抱きしめられる、その姿。

 かつてを知るだけに想像もしなかったが、苦難を乗り越えてようやく互いの心を通わせるようになったふたりを見ていると、女官たちはそれだけで何やら不思議な幸福感に包まれてしまう。


 ――白の皇帝を優しく抱きしめながら、やわらかく微笑む《火》神。


 かつては表情の一切が変化に乏しかったというのに、


「ああ……、族長もあのような表情をされるとは」

「白の皇帝のおかげですわね」


 女官たちは言って、ここから先はもう自分たちは不要だろうと判断し、ひとり、またひとりと火が消えるように下がっていく。

 おなじようなことを《火》神に付き添っていた女官たちも判断したのか、彼女たちもまた静かに姿を消していく。


 ――ここから先は、寝宮。


 白の皇帝と《火》神だけが過ごす時間と場所なのだから……と。

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