第2話 今を知って!
僕はフルクト、12才。ママと二人でとある村に暮らしている何処にでもいる少年さ。前回朝ごはんに使う木の実を取りに行ったら謎の女の子に捕まり森の中!話を聞くとその子はすごい存在のようで──
「ちょっと! 何するんだよ!」
(くそ……強ッ)
森の中から現れた少女は僕の腕を掴みグングンと森の奥への進んでいく。なんとか逃れようとしてみても彼女の華奢な腕からは想像できない力で掴まれており全く敵わない。
「いい加減にィ……放せ!」
無駄と思われた抵抗が実を結んだというよりは目的地に着いたから拘束する必要がなくなったようなかたちで僕は解放された。
「ててて、何すんだよ!」
「ごめんね、時間がないのよ」
僕の反攻を軽くあしらい少女はゆっくりとこちらに振り向いた。
「私はあなたたちの言うところの天使。あなたの魂、悪いけど貰うわよ」
片手を腰にあてそう言った少女の頭の上にポワっとおぼろげな光の輪が出現した。インクを染み込ませたような黒髪が頭頂部から前髪にかけて白くなっていて小さな翼で抱かれているみたいだ。今の今まで木々の葉を揺らしていた朝風が少女が話し始めた瞬間になりを潜めてしまい神秘的な雰囲気に拍車をかけている。人ではない、天使だという突拍子もなさすぎる自己紹介も納得せざるを得なかった。
「それじゃあ貰うからね」
「はっ……ちょちょちょ、ちょっと待って!」
すっかり雰囲気に流されかけたが伸ばされる手をすんでのところで止める。
「魂を貰うって、意味わかんないよ! 色々説明してもらわないと」
当然だ。魂を取られるってそれ死ぬってことじゃないか! この天使はいわゆるお迎えに来たって言うのか?
「……はぁ。そうね、確かに焦りすぎたわ。じゃあ説明するわよ。スゥーー、
――あなたは間違って転生したの本来ただの人間として生まれるはずが不慮の事故で特別な使命を持つ勇者として生まれてしまったでも既にその身体には本物の勇者の魂が宿ってる勇者は二人いてはいけないからあなたの方を回収しに来たのよ。――どう? 分かった?」
およそ理解させる気のない説明と羅列された気になりすぎる情報群に飲み込まれてしまい、再び伸ばされた手を今度は拒みきれなかった。
「チクッとしますよー」
「あっしまっ――」
ズブンッと天使の腕が身体に突き刺さった。痛みはないが確かに感触がある。物理的なものではなく奥の奥、身体には入っていないのに間違いなく宿っている、根本的な、存在そのものをまさぐられているみたいだ。
「よぉしこれね!」
天使の手が何かを掴んだ。瞬間、グンッと締め付けられる感覚に襲われる。どこも何も拘束されていないのに全ての自由が奪われた。肉体はもちろん、心臓の鼓動や思考に至るまで、文字通り全てが支配されているのだ。
「うッ……ぐああァ!!」
言いようのない感覚だった。内臓ではない何かが肉体から引き剥がされそうだ。これが魂を抜かれるってことなのか?
「おかしい……っわね? こんな時間かからないはずなんだけど……ッ!」
天使がさらに力を加える、が決して超えられない壁があるのかこれ以上乖離が進まない。
――バチィッ
「きゃッ!」
一瞬光が弾けたと思ったら天使は後方に吹っ飛んだ。彼女の腕が抜けると同時に魂の拘束が解け自由が戻った。天使の方はこの状況が理解できないのか金色の目をパチクリさせている。かく言う僕も同じ表情をしているだろうけど。
「え、は……え? どういうこと?」
「いや……分からん」
「――ふーん、僕が勇者かぁ」
「えぇ、まあ間違えて、だけどね」
天使はこの不可思議な状況を――今度はちゃんと理解させるように――説明してくれた。
言うには、僕の身体には勇者の使命が刻まれた魂が2つ宿っているらしい。ひとつは僕、フルクト。そしてもうひとつ――
「こっちが本物ってどうやって区別するんだよ」
「簡単に言えば天界の最上位の存在たちが創ったかそうでないかって感じかしら。そもそも勇者って世界の乱れを止めるため創られるものだから」
天使は指で髪先をクルクルしながらさらに続ける。
「この世界はバランス良く成立しているの。魂においても例外なくね。増えすぎないように、減りすぎないように。ここには誰の意思もなくて、そういう風になっているの。だから偽物がいるのはマズイのよ」
「なんでだ? 二人いた方が乱れってやつを収められるんじゃ?」
「それならいいんだけどね。さっきも言ったけど世界は誰の意思も受けず成立してる。想像してみて、森に人の手が加わったらどうなる?」
「環境が変わる、とか」
「そ、それと同じよ。外部からのイレギュラーで過度な干渉は均衡を崩してしまう可能性が高い。だから勇者の魂はひとつだけしか存在できないのよ。……あなたの印は私が入れちゃったの。ごめん……」
こいつのせいだったのか。でも最後の言葉を聞くと本当に後悔してそうだし怒りづらい……。それになってしまったものは仕方がない、問題はここから先どうするかだ
「だいたい分かったよ。でもさ、さっき取れてなくなかった? 魂」
そう、さっき天使は魂を取ると言って僕に手を突っ込んだ。だが弾かれぶっ飛ぶという結果に終わっている。彼女の反応からもあれは明らかに想定外の失敗だったってことだ。
「そぉーれが問題よ!! どうしよう?! 本当にどうしたらいい?!」
淡々と話していた天使の言葉と顔に力が入る。
「落ち着いて! まずなんでできなかったの?」
「うぅ……多分あなたと本物勇者の魂が癒着しすぎたんだと思う。あなた今何歳?」
「12歳だけど」
「そうよねぇー……。それだけ同じ肉体を共有してたら魂の結びつきも強くなっちゃうかも……。ふたつとも回収はできないし……」
分かりやすく肩を落とす天使。
「…………ハッ!!」
「ッうお! びっくりしたあ。どうしたの?」
天使は少し悩んだ後突然大声を出してこっちに視線を移す。何かを思いついたんだろう、ピコーンという効果音が聞こえた気がするし頭の上に電球も見えた気がする。
「そうよ、これしか無い。もうこの際あなたに勇者になってもらうしか!」
金色の眼は爛々と輝きまるで超絶名案を捻り出した時のような達成感と希望を映している。だがちょっと待て。この天使はさっきまで僕をやれ偽物だ、やれ回収だと言っていたのだ。こんな案が可決されてたまるか。
「いや、いやいやいや待って待ってちょっと待って。さっきと言ってることが真逆じゃん!」
「お願いぃぃ! もうこれしか手が無いの! もちろん手助けならなんでもするからぁぁぁ!!」
祈るようなポーズで擦り寄ってくる天使の眼はいつの間にか希望の輝きから涙の輝きに一変していた。
「このまま――」
「……?」
「このまま手ぶらで天界に帰ったりなんかしたらどうなるか分からない。もしかしたらあんなことやこんなことされて最悪消されちゃうかも……。お願い! 天使に恩を売っとけばいいことあるかもしれないしさ!」
本来なら祈られる側のはずなんだけど、この子にプライドはないのかな?
「そんな勝手な頼み聞けない。第一勇者なんて何すればいいか分かんないし」
「……くッ、それなら……勝負よ。負けた方は勝った方の言う通りにするってので」
なかなか食い下がってくるな。でもどう考えてもこんな勝負受ける義理がない。やらないよ、とお別れの言葉を告げ来た道を戻ろうとした、そのとき。
「――怖いの?」
振り向くといたずらっ子のような顔があった。
「偽物といっても本質は勇者、なのにこんな小さい女の子との勝負から逃げるのかしら? あぁごめんなさい。所詮はただのお子ちゃまだったのね」
なんて分かりやすい挑発。それに本人の性格と合ってないのだろう、引きつった表情に上擦った声。かなり無理をしているのがよく分かった。それこそお子ちゃまの真似事みたいな煽りだ。こんなのに乗るのはそれ以上のヤツに決まってる。
「ああぁあ! いいよォ乗ってやる!!」
僕がそいつだったみたいだね。戦いの火蓋は切られた――
「――分かったよ、やるよ……」
勝負はすぐ終わった。思えばここまで引きづられて来たのだから力の差があるのは分かりきったことだったのに……
「はい私の勝ち。約束だからね、これからよろしく……えと?」
差し出された手の方を見ると多少動いたからか、頬にほのかな赤みを帯びた笑顔があった。それを見て何故か納得している自分がいた。
「――僕は だ」
手を握りながら僕は自分の名前を名乗っ――
「あら、今の名前気に入ってるのね」
――何を言っているんだ。僕は今も昔もフルクトだ。
「何ポカンとしてるのよ。勇者の刻印が刻まれてるのなら前世の記憶あるでしょ?」
記憶――僕の中で何かが壊れていく、別の何かが直っていく。
「大丈夫? とりあえず勇者としてどうすればいいか指導したいんだけど」
「シ、ドウ……?」
「そう指導――」
ずっと違和感があった。常に自分に膜が張られているような、俺が受け入れ難いものから必死に守っているみたいに。
「シドウ……しどう…………!」
気づけば俺は目の前の天使を押し倒していた。
誰でもよかった、俺がいることを誰かに知って欲しかった。そして何より自分に言い聞かせるために叫んだ――
「俺の! 名前は! 士堂慧唯だ!!!」
フルクト・・・主人公。母親と二人で慎ましく暮らしている。だがその正体は世界を救う使命を持った勇者だった。負けず嫌い。
天使・・・フルクトの魂を勇者として送り込んでしまった張本人。なんとかその魂を取り戻そうと躍起になっている。割とドジ。




