第16話 母の愛
死闘を制し村を守ったフルクトたち。脅威は去ったもののフルクトにはまだ決着をつけねばならない相手がいた。それは──
「あ〜もう1歩も動けね〜」
手足を放り出してその場に寝転がる。本来ならゴツゴツザラザラで寝心地最低のハズなのだがこの体には極上のベッドに感じられる。
「本当に凄かったわ。天外能力を使えるようになったし、それにあんな一発逆転を方法を思いつくなんて!」
「俺もそう思った」
他人事みたいに話す俺に彼女は顔全体で疑問を表した。なので、謎の声のことを話してみた。会話の内容や明らかに俺とは別の自我があったことなどを。
「なるほど。おそらくそれはもうひとりの勇者でしょうね。魂の結束がさらに進んで意識の交流ができるようになったってところかしら」
だいたい同じ考えだ。天使はさらに続ける。
「その感じだとしっかり外界のことを理解してるみたいね。やっぱり肉体で受ける情報は共有なのかしら……」
「まあ俺ももう1回話せないか試してみるよ」
実はさっきからずっと話しかけてるんだけど全然反応が無い…… こっちからは通じないのか、もしくはシカトされてる……? 何はともあれ次はもっとゆっくり話せるといいな。
「あ。俺からも一個いいか?」
「ええ」
声の件は次回に期待ということでひとまず落着した。だがこの戦いにはもうひとつ、大きな謎が存在する。
「お前、ケガはどうした??」
そう、つい2分ほど前までこいつは瀕死状態と言っていいケガだったのだ。それがどうだ。戦闘の余韻から若干の赤みを帯びた肌は大変健康的で擦り傷ひとつありはしない。額に浮かぶ玉の汗は日光をキラキラと反射してまるでスポーツドリンクのCMの如き爽やかさだ。
「ぅ……それは……言えない、ごめん…………」
俺はてっきり、いつも通りしれっと驚くべきことを教えられるものだと思っていた。しかし逆に彼女の答えは歯切れが悪く、爽やかだった汗も苦しみから滲み出たものに見えた。
「そっか……わるい」
なにやら聞いてはいけないことを聞いてしまったようだ。
――ガサガサッ!
何かが茂みから飛び出す音がここに流れる気まづい空気を掻き消した。
「フーちゃん!!!」
「――ぶっ!」
飛び出してきたのが誰か認識する前に細くも力強い腕に包まれた。今までのような優しい抱擁ではない、少しキツく感じるくらいに抱きしめられた。しかし苦しさなんかは全く無く、むしろこの締めつけからこの人がどれほど心配してくれていたのかが文字通り、痛いほど伝わってくる。
「大丈夫? こんな泥だらけで怪我とかしてない? メイちゃんもお洋服がこんな……!」
「だ、大丈夫! 僕たちはなんともないよ。な!」
「え? え、ええ! 平気です! ちょっと汚れちゃったけどそれ以外は何も! だから落ち着いてください!」
普段の様子からは想像できない慌てぶりに俺たちは力こぶを作るようなポーズを取ったりしてなんとか落ち着いてもらえるよう無事をアピールする。
「……そう、そっか、無事、なのね。……よかった」
俺の肩に手をかけながら俯き、コクコクと小さく頷いている。垂れた髪でよく見えなかったが透明なものがポタポタと落っこちていた。
「……ごめんね、ごめんね、ふたりとも。私はママなのに……守ってあげなきゃいけないのに…………!」
この人の思いが、直接俺の中に突き刺さる。
ちがう、ちがうんだ。俺はちがうからそれには応えられないんだ。
それのことはずっと解っていた。それでもこの人を母親だと認められなかったのは俺が士堂慧唯だからだ。この人が俺に対して注いでるものはフルクトに注いでいるものなんだ。だから応えられるのもフルクトしかいない。
還せぬ愛を受け取り続けている。ひたすらに虚しくて、申し訳なかった。
限界だ。もうこれ以上は――
「ちがい……ます…… 俺は、フルクトじゃないんです……!」
「え……それってどういう……?」
言ってしまった。失望するだろうか、それとも怒るだろうか。しかしながら、もう止められない。
「……俺は勇者なんです。勇者の伝説は知ってますよね? 前世の記憶を持ってるっていうやつ、俺もそうなんです。だから……その……俺は、本当のフルクトじゃない、あなたのくれるものに応えられない、んです…………」
俺は途中からこの人の目を見られなくなっていた。事情はあるが結果として騙して、赤の他人を育てさせてしまったのだ。どんなことを言われても、されても文句は言えない。
しばらくの沈黙の後、膝の上で丁寧に重ねられていた手が俺の頬の高さに上がってきた。覚悟して目をギュッと閉じた、すると――
「フーちゃんが勇者で昔の記憶を持ってる、か――知ってたわ」
「えっ?」
頬に当てられた手によってゆっくりと顔を上げさせられる。そして映る。怒りでも悲しみでもない、これまでと同じ、いやむしろ今までよりもさらに晴れやかな笑顔。
「えっ、えっえっ? 知ってた?! っていつから??」
「ふふふっ、いつからだろう。初めて会った時からこの子は特別だなって感じはしてたけれど……確信したのはメイちゃんが来た日かしら」
天使が来た日――俺が記憶を取り戻した、あの日か!
「そんな……じゃあどうして、フルクトじゃないってわかってたのに、なんで…………?」
俺がそう言うと彼女は俺の体を優しく包み、受け止めるように抱いた。
「それはね、私があなたの母親だからよ。本当のあなたが誰であっても私にとっては息子に変わらない。だから愛する、たとえ何があっても、届かなくても。あなたは私のすべてだから」
そうか、そうだったのか――いや、そうだったんだよ。
「ありがとう、ありがとう……ママ……!」
「……嬉しい。やっと、呼んでくれたのね」
母の腕に少しだけ力がこもった。
「ああ。遅れてごめん」
俺は今まで抱きしめてもらった分を超えるくらい精一杯の力で抱きしめかえしたのだった――
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「そろそろ行くのね」
「そうだね」
ギヤンたちとの激闘から1週間ほど経ち、俺と天使は旅立つ日を迎えていた。
あの後は大変だった。バカでかい竜が暴れたのだから色々な事後処理があるに決まっていた。ママを追って来た村の人たちへの事情説明だったり、めちゃくちゃになった土地の整備などだ。
村人たちへの説明は主に天使が行った。それによって俺が勇者だということが知られ、竜を倒したのは俺だということになった。ママはものすごく自慢していた。もしかしたら今までは我慢してくれていたのかもしれない、感謝! そうそう、俺の中身の詳しいことはぼかしておいた。天使が天使ってこともママ以外には内緒だ。
事情説明を天使に任せた分、俺は肉体労働に勤しんだ。みんなの接し方は特に変わらず、せいぜい「流石勇者!」って感じで褒められる時のセリフの種類が増えた程度だった。
「でもこんな早く行かなくてもいいんじゃない? もっとゆっくりしていてもいいのよ〜」
「ありがたいですがそういうわけにもいかないんです。今回来た連中は私のことも彼のことも知って狙ってきました。確実にもう勇者の運命は動いてる。このままここにいてはいつまた皆さんに危険が及ぶか分かりません」
「そんなこと……」
「別にそれだけが理由じゃない。勇者の使命を果たすには世界で何が起こってるか知らないといけなかった、な?」
「ええ、今回の件がなくても近々旅立つ予定でした」
ママはまだ心配そうな顔をしている。俺はできるだけ頼もしそうに聞こえるように声を張り上げた。
「大丈夫! こまめに連絡するし、絶対に帰ってくるよ!」
「……そう、そうね。我が子が進む道を決めたんだものね。よし! 元気にいってらっしゃい!」
「「いってきます!!」」
村を出発して少し経った。村を出るとき村中総出で見送りをしてもらって、なんだか本格的に勇者の旅立ちって感じだった。
「ねえ、無理してない?」
ここまで一言も話さなかった天使が口を開いた。
「ん? なんだ急に? もしかして勇者の使命のことか?」
天使は口をモゴモゴさせていたが、十分肯定の意思は汲み取れた。
「正直してる。不安は全く消えてないしな。けど初めて決められた覚悟だから無駄にしたくない。それにママとか村の人たちに大見得切っちゃったしな、大丈夫って」
「あなた……」
「まあ、だからその……これからも手助けしてくれ」
「っ……ありがとう、あな――」
「フルクトでいい、てかそっちで頼む」
「えぇ!?」
天使は目を丸にして驚いている。
「そんなに? いいだろ俺がいいっつってんだから!」
「うん!」
天使は小走りで俺の前に来ると手を差し出して言った。
「よろしくね! フルクト!!!」
「ああ、よろしくな!!!」
俺は差し出された手を固く握った。ここに使命を共にする勇者パーティが誕生したのだ。
「そうだ! せっかくだし私のこともこれからはメイデって呼んで?」
「うぇ? なんでだよそれ偽名だろぉ?」
「いいでしょ私がいいって言ってるんだから」
「うわ真似するなよ!」
緑が風になびく道を騒がしく進んでいく。空はどこまでも晴れ渡っていた――
フルクト・・・主人公。憧れ続けた勇者になるため戦う。
メイデ・・・正体は天使。最も得意な魔法は回復魔法。
ママ=マムール・・・フルクトの母親。おっとりしているがどこか抜け目ない。魔法がちょっと上手い。
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[おまけ]
「私も……実は隣国の令嬢ではなくて、なんなら人でもなくて、天使なんです!」
「それも分かってたわ。だって初めて会った時に頭の上になにか輪っかみたいなのが乗っていたし、今も乗ってるしね」
「え」
「あ」




