第13話 俺は!
ギヤンの召喚獣は圧倒的な力でフルクトたちを蹂躙する。天使、そして母や村の人々まで危機が迫るとき、フルクトは決断を強いられる──
ギヤンの持つ宝石から魔力がものすごい勢いで溢れ出す。その衝撃波によってヤツを拘束していた木の根は弾け飛んだ。
流れ出す魔力は光の粒子となって一点に集中していく。
光の粒子が形作ったのは全身が鈍色の鱗に覆われ、触れるだけで引き裂かれそうな爪と牙、背中には背ビレのようなものがあり、太く長い尾で大地を揺らす――誰もが知っているモンスターの代表格。
「来いッ!! 『粗悪な竜兵』!!!!」
「ゴアアアアアアアアア!!!」
森全体を震わすほどの咆哮に俺はヘタリと尻もちをついた。
「嘘でしょ!? こんなッ……どうして……ッ!」
天使も唇を震わせ動揺を隠せていない。
ドラゴンが口をこちらに向けた。
――キイィィン
これ絶対ヤバいやつだ!
――ドゴオオオオオオオオオオオオ!!!!
撃ち出された熱線は地面を抉り、木々を薙ぎ倒し、通過したところにあった全てを焼き払った。もし避けられていなかったら……万に一つも無い、確実に死んでいた。
「もう油断しない。確実に遂行する」
ギヤンは俺たちだけでなく自分にも言い聞かせるように呟いた。
「逃げなさい」
「えっ?」
「私がアレを引きつける。その間にあなたはここからできるだけ離れて」
「そんな……勝てるのか?」
「あれは国が兵器として使っている召喚獣。量産型とはいえここら一帯は焼き尽くされる。……何分稼げるか分からないけど、でもあなたを生かすにはこれしかない」
天使は立ち上がり竜の方へ向かっていく。
――ガアアアアアアッッ!!!
「行って!!」
天使と竜がぶつかる。
小回りを活かして竜を撹乱しつつ魔法で攻撃しているがほぼ効いている様子は無い。
――ドガアアアン!!
竜の爪が地面を割り、破片がこっちまで飛んできた。
なんて威力だ……こんなの勝てるわけ………… そう考えた次の瞬間。
――ブンッッッ!!!
竜が体を回しその巨大な尻尾で薙ぎ払った。肉が打たれ骨が軋む音、そして誰のものかも分からないような声が響く。目の前に転がった天使の顔は吹き出した血で染まっている。
「大丈夫か!」と本来なら駆け寄るべきだったのだが体が言うことを聞かない。
「お前さァ、怖いんだろ?」
ギヤンの言葉が俺の心の奥底を掘り起こした。その瞬間感情と記憶が繋がる。
そうかこれは、死んだ時と一緒だ。
怖くて、怖くて――逃げ出したい………………
「でも…………ぐっ」
気づけばギヤンは目の前まで近づいて来ていた。どうやら今突き飛ばされたらしい。
「チッ、お前、ガキってより燻った大人みてえな奴だな。気色悪い。でも――なんだよ。あの女は置いていけないってか? 女の覚悟を無駄にして、かといって助けに入るわけでもねえのによォ」
言葉の全てが俺を抉る。心だけでなく身体ごと引きちぎられていくみたいだ。しかし何も言えず、ただ大粒の涙をこぼすことしかできなかった。
「だがな、そんなお前でも人の役に立つ方法がある。諦めて付いて来い」
ギヤンは俺の髪を掴み上げて天使の方を向かせる。呼吸は薄く時折血を吐き出している。
俺が付いて行けば天使もあの人も、村の人たちも助かる。
「ダ……メ……行ったら……間違いなく無事じゃいられない…………逃げ……て」
今にも消えそうな声で天使は言った。
助けたい――怖い――助けたい――怖い――
「あ……あ、あ……」
「さあ言え!――ガハッ!」
突然ギヤンが吹っ飛んだ。ハッと振り向くと天使が立ち上がっていた。小刻みに体を震わせて、もう限界なことは明らかなのに。
「くぅッ! 女ァァァ!!」
ギヤンは怒号を上げ竜を突撃させた。それを天使はおそらく残りの力全てを使ったバリアで受け止める。
「行ってッ!!!」
「良いんだな!! てめぇのせいで人が死んでもよォォォッ!!!!」
「ああ……! ああ、あああッ……!!」
決めないと! はやく決めないと!!
荒れ狂う感情が頭を掻き回す。互いにぶつかり合い思考が散り散りになる。
ダメだ。何も考えられない――
「勇者はッ!! 生きていなきゃならないの!!!! 行けエェェェェッッ!!!!!」
「あああッ!! ウワアアアアッッッ!!!!」
天使の渾身の声に押し流されるように俺は森の中へ駆け込んで行った。
「ハッ――ハッ――」
暗い森の中を何処へ行くとも分からず走る。何度も木にぶつかって自分が真っ直ぐ走れているのかも分からない。
俺は逃げた。ギヤンからだけじゃなく決断することからも逃げ出した。
「ハッ――うっ!」
――ドシャアッ
地面からはみ出していた木の根っこに引っかかって顔から転ぶ。
「ぐっ……ううっ……あ…………」
立ち上がる気力など無かった。手をつきポタポタと雫が地面に染み込んでいくのを見ていることしかできない。
《なんて惨めなんだ》
そう誰かに言われた気がした。
全くその通りだな。俺はいつもこうだ。大事なときにいつも逃げる。そんな自分が嫌でずっと変わりたかった。だから実はほんのちょっと期待したし嬉しかったんだ。生まれ変わって何もかもまっさらな世界で俺は憧れの存在――勇者だと言われた。ここでなら士堂慧唯は変われるんじゃないかって――
「けど……結局……俺は士堂慧唯のままだった……!」
《それでも君は勇者だろ?》
「違う! こんなのは勇者じゃない!! こんな……こんな……カッコ悪くない…………」
――ポサッ
懐から何かがこぼれ落ちた。赤い風呂敷に包まれた食べかけのサンドイッチ。
おもむろに手に取るとこれを作ってくれたあの人の姿、そしておいしそうに頬張る天使の姿が頭によぎる。
《君が自分を勇者だと認めないのは勝手だ、が、今みんなを助けられるのは――君だけだ》
「うぅぅぅぅっ……怖い、怖い、怖い!――」
自分の心の中にあるものを言葉にして明確にする。
「スゥゥハァァァ…………助けたい!!!!!」
サンドイッチを口に突っ込んだ。
━━ギヤンはこの戦いの中で幾度となく驚愕していた。理由はもちろん今もチープ・ドラゴンと正面から押し合っている少女だ。
十を過ぎたばかりであろう身にして並の魔術師よりも卓越した実力を持つ存在に感動すら覚えていた。
――ビシッ!
竜兵の爪が防御魔法に食い込み亀裂を生む。
もはや少女に勝ち目は無い。
そもそもチープクラスとはいえ竜兵にたった一人で勝てる者などそういないのだ。
――ビシビシッ……バリィィィン!!
遂に少女の命を懸けた防御魔法が音を立て砕け散り終結の一撃が炸裂した。
踏み潰された少女の体は地面にめり込んでおりかろうじて竜の指の間から覗く顔は血と吐瀉物で塗れ、どこにどのパーツがあるか判別しづらくなっている。焦点の合っていない瞳が僅かに震えているのだけがまだ死んでいないことの証だ。
(惜しいな……)
ギヤンは心の中で呟いた。
普段は他人ましてや仕事上で対峙する相手に興味など湧かない男だったがこの少女においては別だった。
長生きしていれば間違いなく偉大な功績を残す魔術師となっていただろう……
「おっと」
ギヤンは首を振り甘さを振り払う。そして最後の指令を竜兵に送る。
――キイィィィン
少女の瞳に竜兵の口内に集まる膨大な魔力の輝きが虚ろに反射する。
「あばよ」
「――ぉぉぉおおおお!!!」
――バギイイイイィ!!!!
熱線が放出される寸前で竜兵の横顔に衝撃が走る。あまりに突然のことでバランスが崩れ、竜兵はその巨体を横転させた。
「なんで……お前…………?」
衝撃の正体はついさっきこの場から情けなく逃げ出した少年であった。
「おいっ! 大丈夫か?!」
少年はすぐさま瀕死の少女を抱き起こす。
「……あっ…………どう……して……………………」
少年の呼びかけに少女はか細くも意識を取り戻した。
「ごめんな、俺が……駄目なばっかりに。やっぱり俺は勇者失格だ――」
少年は服の袖で少女の口元の汚れを拭う。
「だから、見ていてくれ。俺は! ここから勇者になってやる!!!!!」
フルクト/士堂慧唯・・・主人公。人の助けになりたいと思っているが行動することができないでいた。
天使・・・フルクトを勇者にしてしまった張本人。
ギヤン・・・裏稼業を生業とする指名手配犯。




