第9話 試練、終了!!
無事に試練を突破したフルクト。お疲れ様である。
天使との激闘は時間にすれば5分くらいだったろう。それでも俺は指先すら動かす気も起きない程体力を消費していた。
そのなかで俺が一番強く感じていたのは疲労感でも痛みでもなく、右手から伝わる木のザラザラとした質感だった。
「イエーイ! ほんとによくやったわね!」
静けさを取り戻した森に弾むような声が響く。同時に視界に満面の笑みが映る。試練に合格したのは俺なのにこいつの方がよっぽどはしゃいでいる。
「へへっ……まあ……こんなもんよ」
「うんうん! 本当に凄かった! ハイタッチしとく?」
「……しねえ」
「えー、じゃあ勝手にしちゃおー。いぇーい」
なんだこいつテンション高っ。
「うーん正直最低でもあと10回くらいはやると思ってたからビックリよ」
真剣本気? だとすれば俺すごい優秀じゃん。やっべアガッてきたな。気分はテスト期間明けの放課後、このまま街に繰り出してカラオケでシャウトと洒落こみますかって感じだ!
「ひひっ…………1番……士堂慧唯で……『風のらら○』」
「…………シドウケイ……やっぱり、忘れられない?」
不意に名前を呼ばれてドキリとする。しまった、あまりの疲労で心の声が漏れ出てしまった。それにしてもこの天使、俺の名前を覚えていたのか。記憶を取り戻した時以来言ってなかったんだが。
彼女の顔からはすっかり笑顔は消えている。
「……んまぁ……そりゃあな」
「………………あのさ。どうしてもその名前に拘るなら、私と二人だけの時はケイくんって呼ぼうか?」
「は? なぜに?」
「いやだってほら! お母さまとか他の人の前ではフルクトで通っちゃってるから呼べないけど私は知ってるし。そうしたら前のあなたを引き継ぎながら生きられるかなって……はは」
「いやいい。気にすんな」
言葉は妙だが言わんとすることは解る。どうやら天使は思ったより俺のことを気にしてくれていたらしい。
だがこれは吹っ切ったんだ。気が緩んでいた…………俺はフルクトだ。
「あっ……そう、よね……そうよね……ごめんなさい…………」
天使はウネウネと目を泳がせた後ストンと目を伏せた。今の今まで明るかったのも相まって罪悪感が凄まじい。…………しまったなあ、この話題になるとつい敏感になってしまって…… もう少し言い方を考えれば良かった。
「な、なあそういやさ! さっきの俺の技どうだった? 穴掘るヤツ!」
極限の気まずさをかき消すために声のトーンを上げる。
「む、それにも驚いた、あの武器はそのためでもあったのね。けどもっと凄かったのは最後の私の竜巻を利用したことよ。一体どうやって身に付けたの?」
こちらの思いを汲んでくれたのか天使の声に明るさが帰ってきた。
「ふふん。あれは実はな」
――俺がまだ記憶を取り戻す前のある日。朝は晴れていたのだが昼から天気が崩れ始めた。
干していた洗濯物を取り込むためあの人……母と外へ出ると雨こそ降ってはいなかったが風がかなり吹いていた。
二人で手分けしてカゴに入れ、俺が最後のシーツに手をかけた時、ビュオッと一際強い風が吹き抜けた。それによって舞い上がったシーツは彼方へ飛んでいくことはなかったが近くの木に引っかかってしまった。
「まあ大変」
木に登って取ろうにも当時の俺はただの子ども。高度な木登り技術は持ち合わせていないし身体能力も大したことなかった。風に煽られ落ちたりする心配もある。かと言ってこのまま放置すればあの白布は何処かへ旅立ってしまうだろう。子どもなりにどうしようか思案していると――
「大丈夫、心配しないで。フーくんはカゴの中のお洗濯物が飛んでいかないようにしていて」
そう言うと母は人差し指をペロッと舐めてピンと立てた。
しばらく待っているとまたしても強烈な風が吹き抜けた、その瞬間――
「よっ」
母の体はさっきのシーツのように舞い上がった。
「っとお! わっ!」
着地の際尻もちを付きそうになった母を支えようとする、が力が足らず一緒に倒れ込んでしまった。
「フーくん大丈夫!? よかった…… ふふっ、汚れちゃったしお風呂入ろっか」――
「っていうことがあってな。あとから聞いたら風魔法を使ったらしくて、それで思いついたんだよ。具体的にどうするかは知らなかったからその辺はアドリブだったけどな」
「へ〜やっぱりあなた風魔法の才能あるわ。普通は思いついてもできないわよ」
天使は俺が話している間に回復魔法をかけてくれていた。
「マジ?」
風魔法使い……か、ちょっとカッコイイかも。ふへへ。
「でもまあまあ危険だし気をつけること。あっそうそう他には――」
その後も俺が動けるようになるまで感想戦は続いた。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
「ちょっと先に行っとくわよ!」
翌日、天使は朝からえらく落ち着きがない。普段ならば朝ごはんを食べた後しばらく優雅なティータイムを満喫しているのだが今日はスキップのようだ。
「あら、今日はもう遊びに行くのね〜」
「らしいね。一体何だってんだか…… じゃあいってきます」
この言葉を言うのも随分慣れたもんだ。
「ちょっと待って。はい、お弁当〜」
母は赤色の風呂敷に包まれた弁当箱を持って駆け寄ってきた。珍しい、いつも昼食頃には戻ってきて一緒に食べているのだけど……
「……ありがとう。それじゃ」
「ちょっとあそこのシュの実を取ってくれる?」
天使を追って空き地に来てみると突然そう言い渡された。
見れば数メートル先の切り株にシュの実がひとつ置いてある。困惑の表情で返事をすると「ほら早く」という風な顔で返された。取る理由も謎だがまず自分で行けよ、と思う。
「はぁ〜今日はなんなんだ」
仕方なく取りに行こうとすると――
「ここから取ってみてよ」
「ひょ?」
フルクト・・・風魔法の才能があるようだ。
天使・・・フルクトが予想外の成果を出してくれてご満悦。
ママ=マムール・・・フルクトの母親。おっとりしているがどこか抜け目ない。魔法がちょっと上手い。




