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会社の先輩「実は俺さ、自殺して異世界転生したいんよねぇ」 俺「えっ」

作者: 本郷隼人

練習として書きました。感想を待っています。

 唐突な告白に缶コーヒーを飲む手を止めた。

「いや、だって異世界って面白そうじゃん?魔法とか使えるし?憧れちゃうよそりゃ〜」

 楽しそうに異世界を語る先輩は、まるで好きなヒーローになりたい無邪気な子供の様な、そんな印象を受けた。


 繁忙期が終わり仕事にも余裕が出てきた今日この頃。俺と先輩はオフィスの出入り口に設置された自販機で飲み物を買い、休憩がてら二人で談笑していた。

 話題はライトノベル。別に俺は好きではないのだが、先輩はもっぱらラノベオタク。何やら最近『異世界モノ』というジャンルにハマっているらしく、自然とその話題を話し出した。

 異世界モノについては俺も風の噂で少し知っていた。

 色々と種類があるらしいが、基本的には主人公がこの世界とは違う世界に転生してチート能力で無双する…………みたいな認識だ。

 先輩が言うには「主人公がモンスターになっちゃうヤツもあってー」とか、「異世界生まれの主人公が活躍するヤツも良くてー」とか、「今は令嬢が国外に追放されるヤツが熱くてー」とか語ってくれた。そんな溢れ出てくる異世界愛を、興味無い俺は「そっすかーそれはすごいっすねー」と適当に相槌打っていた。

 が、相槌専用botになっていた矢先、突然の自殺したい発言を先輩がぶっ込んで来たのである。

「い、いや〜なんすかそれ〜。先輩冗談キツいっすよ〜」

 取り敢えず苦笑いで軽くツッコんだ。返答が返ってくる。

「ん?いやいや、俺本気だから」

 本気らしい。訳が分からない。

「ほ、本気って……じ、自殺して異世界に?」

「行きたい。俺もやっぱチートでハーレムしてぇもん。こう、魔法とかでバァ!っと敵一掃してさ!剣とかも振り回してぇもん!」

 納得するようにうんうん頷く先輩。ますます訳が分からない。何故そんな真剣な目をしているんだ。自殺して異世界転生?大の大人が?流石に冗談キツ過ぎだ。

 だが先輩の顔は揶揄ってるそれではなかった。目がマジだ。とても嘘をついている感じには見えない。

 そもそも先輩は他人を困らせるような冗談を言わない。仕事にはちゃんと真面目だし、人当たりも良いから周囲も好印象。個人的に尊敬できる人格の持ち主だ。

 じゃあ何故こんな事を?と思考を巡らして、俺はある結論に至った。

「せ、先輩。聞くの失礼かもっすけど、もしかして最近嫌な事でも……?自殺したくなっちゃうくらいの何かが……」

 慎重に、恐る恐る俺は聞いた。

 俺も詳しくは知らないのだが、なんでも異世界モノを取り扱う作品には『現実に絶望して自殺→異世界に転生して幸せな人生を送る』というシナリオが多く、人気があるらしい。

 このストレス社会、人生に絶望したが故に来世に期待して自殺…………ありそうな話だ。一定数共感を得そうだし、人気なシナリオになるのも納得出来る。確かに先輩も『結婚してぇな……相手見つかんないけど』と悩んでいたし、もしや人生に絶望して、

「ほえ?いや別に特には」

 あっれぇー違うのかー。

「じゃ、じゃあ何で」

「イヤだから!無双とかしたいんだって!チートしたいのさ!」

 な、何だそれ。えーと、つまり生活に嫌気がさしたから異世界転生したいんじゃないって事か?純粋に?ま、まぁ病んでないなら良いんだが…………いや良くはないな。

「えっと、じゃ、じゃあ別に自殺したい訳じゃないんすか?」

 ごくごくスポドリを飲む隣の先輩に聞く。先輩は不思議そうに首を傾げた。

「いやしたいよ?じゃなきゃ転生出来ないじゃんか」

 返答を聞いて、一間あって、俺は頭を抱えた。

 どうやら本当に転生したいから自殺するらしい。うーん、あり得ない本心だ。

「あー、えーと。それなら別に自殺しなくても良いんじゃないっすか?アレっすよね?なんか魔法陣とかで転生する作品もあるらしいじゃないすか」

 一応先輩の話に乗っかり提案してみる。先輩は笑った。

「あははは!いやー俺も最初考えたけどさぁ。魔法陣とか都合のいいものある訳無いし。神様に召喚されるって手も考えてたけど、それもちょっと現実味ないしさぁ。となると『やっぱ自殺しかなくないか?』みたいな?」

 なんだか真面目な返答が返って来た。何が"みたいな?"だよふざけてんのか。あーいやふざけてはないのか。

「でさ、ちょっとお前に質問なんだけど」

 俺の苦悩も梅雨知らず。先輩はこっちを指差した。

「どんな自殺したら、異世界転生出来るかなぁ」

「……………………」

 ぶっ込んできた。更に衝撃の発言を。

 えぇ……自殺の手段と来たかぁ。中々ヘビーな質問するじゃん。仕事の後輩にさぁ。

「個人的にはやっぱ王道のトラックに轢かれるのか、高層ビルの屋上から飛び降りが無難かなぁとは思うんだけどさ。でもトラックは運転手に迷惑かけちゃうし、飛び降りも人目がねぇ〜。なんか他人に迷惑かけないで転生出来そうな自殺ない?」

「『ない?』って聞かれても……えぇ……」

 俺は流石に戸惑ってきていた。コレは流石にどうするべきだろうか。ちょっと本格的に不味い方向に進んでる気がする。

 あの頼り甲斐のある先輩が、異世界転生したいが為に本気で自殺を考えている。変な状況だがこのままじゃ本当に自殺し出すかもしれない…………なんだか段々信憑性が増してきた気がする。いや信じたくはないが。

「あ、あの」

 決心する。流石にもう見過ごせない。俺はコーヒーを飲み干し、先輩に思いを伝える。

「ちょっと、いい加減にしてくださいよ。異世界に行きたいから自殺自殺って。自分の言ってる事分かってるんすか?」

「えっ」

 呆気に取られて目を丸くする先輩。しかし俺は続ける。

「冗談キツすぎっすよ流石に。勘弁して下さいって。異世界が羨ましい気持ちも分からなくないですけど、大の大人がその為だけに命を捨てるってヤバすぎますって。本当にやめて下さい。こんなこと言いたくないっすけど」

「……………………………」

 黙ってしまう先輩。流石に強く言い過ぎただろうか。

 いや、異世界転生の為なんて軽い理由で自殺していい訳無い。仲のいい人なら尚更だ。例え逆ギレされようとも誰かが言わなければならないだろ。

 少し間が空いて、先輩が口を開く。さぁ来い、たとえキレられても俺は反論するぞ。


「…………ああ、そうだな。うん、そうだ。すまん俺が間違ってるな」

「えっ」

 しかし、返って来たのは謝罪の言葉だった。

「流石に冗談が過ぎたな。ごめん、ちょっと揶揄ってみたかっただけなんだ、本心じゃねえよ」

 先輩は申し訳なさそうに頭を掻き、恥ずかしそうに笑う。

「あ、え、せ、先輩……」

「ちょっと異世界モノ読み過ぎたかなぁ。いや行きたいのは本心だけどさ?流石に死んでまで行きたいとは思ってねえって!あーうん、忘れてくれ今の話!すまんすまん!」

 先輩は空になったペットボトルを自販機横にあるゴミ箱に捨てる。そして俺の肩をポンと叩き、

「さっ、そろそろ仕事戻るか。さっさと片して早く帰ろうぜ」

 と言って自分のデスクへと歩いていった。

「えーと」

 じょ、冗談。冗談なの、か。

 まさか先輩もあんな冗談言うなんて。そういう気分にでもなったのか?ちょっと真剣過ぎて、本気なのかと思ったけど……。

「冗談、なのか」

 ま、まぁそうだよな。マジで考える訳無いかそんなの。うん、そうだよな。アハハ……。

 取り敢えず納得して、俺は缶コーヒーを捨ててからデスクへと戻っていった。





 数日後、先輩は行方不明になった。


 ☆


 そして、先輩失踪から3ヶ月経った。季節は真冬。寒空の下、仕事を終えた俺は一人夜の街を歩いて帰宅していた。

 何故先輩が失踪したのかは分かっていない。あの異世界モノの話をしてから数日後、先輩はパタリと会社に来なくなった。

 不審に思った会社側は先輩の住むアパートに行くも鍵は空いており不在。警察は事件と事故の両方を視野に入れて捜索しているみたいだが、手掛かりも無いため発見には至っていない。

「ハァ……寒い」

 冷たい風が吹き、俺は身を縮こめた。今年は例年と比べ一段と冷えている気がする。

 先輩はどこに行ってしまったのだろうか考えると、俺の頭にはやはり『異世界転生の為に自殺する』というあの話が離れない。

 やっぱり冗談では無かったのだろうか。先輩は本気で異世界転生を考えていて、誰もいない場所で、ひっそりと、自殺をして…………。

「どこ、行っちゃったんすか。先輩」

 誰にも聞こえないくらいの独り言を吐き捨てて、最寄りの駅へと歩いて行く。

 もし、もしも、俺があの時他の言葉を掛けていれば、もしかしたら先輩は。

 自分の中に、確かな自責の念が存在していた。

「あっれー?おーい久しぶりー!」

 考え込んでいると元気よく誰かから声を掛けられた。こんな気分なのに何だよと面倒く下がりながら振り返る。


「ははは、元気してたか?」

 先輩だった。満面の笑みを浮かべて手を振っている先輩だった。

「え、えええ、えええええええ!?せ、先輩ぃ!?」

「うお、どうしたどうした?驚き過ぎだろお前?」

 ど、どういう事だ?幽霊か?何でこんなところに。しかもピンピンしてる。元気そうだった。

「先輩!い、今までどこ行ってたんですか!心配したんですよ!」

「え?あぁそっかそっか、すまんすまん。()()()じゃ失踪扱いだよな、俺って」

「ん?こ、コッチ?それってどういう……」

 そう俺が問いかけた次の瞬間、向こうから誰かが走ってくるのが見えた。

「チョットーッ!サガシタヨ、ダーリンッ!」

「ん?あっ、アリシア!おいおいどこ行ってたんだよ!探したんだぞ!」

「モウ!サガシタノハコッチ!ミンナサガシテルヨ!」

 そう言って、走って来た人物は息を整えながら先輩に怒る。

 えらく整った顔立ちに、ブロンド色の長い髪。片言の日本語。…………そしてエルフのように長く尖った耳に、ヒラヒラ輝きを放つドレスを身に纏っている。

「あ、あの先輩、そちらの方は……?」

「ん?ああコレ俺の嫁。アリシア」

「え、え!?嫁!?」

「おう。異世界行った先で結婚してさ。一応エルフ族の王妃な」

 なに、言ってるんだ。

「あっ、つかお前に言ってなかったな?そうそう!俺この3ヶ月間異世界転生してたんだよ!念願のさ!」

 先輩は、豪快に笑いながらそう言った。

「いせ……かい?」

「そ。3ヶ月前お前に言われて俺、『自殺せずに異世界転生出来ないかなぁ』って考えてさぁ。そんでさ、あったんだよぉ〜。自殺しないで異世界に行く方法」

 軽快に語る先輩。こちらを指差して結論を述べる。

「ズバリ、寝る!いや〜良くあるじゃん?『寝て起きたら異世界でした』みたいなの!だから俺も『異世界転生しろ!』って強く願ってたら行けててさぁ〜!盲点だったよねぇ」

「…………………………………」

 言葉も出なかった。色々ツッコミを入れるべきなのだろうが、でも呆気に取られ過ぎて、無理だった。

「そんで()()()で勇者になって、女の子3人とパーティ組んで、魔王がいるっていうから討伐して、んで丁度2日前にコッチに帰ってきたんだよ。あ、パーティの三人とは全員結婚してさ。アリシアはその一人ぃ〜。僧侶なんよ〜」

 先輩が嬉しそうに、アリシアという女性の肩をポンッと叩いた。アリシアは頬を膨らませる。

「モウ!ワラッテナイデ!ハヤクホカノフタリトオチアオウ!」

「あ、そうだったな、ヨシじゃあ……」

 先輩が空に右手を伸ばした。手を開いて、そして綺麗な夜空に、

「燃えよ!ファイアーボール!」

 そう叫んだと同時に、右手から火の玉が出現して、花火のように打ち上がって夜空に散った。

「これで居場所が分かったろう。すぐここに来るぞ」

 先輩はそう言った次の瞬間、二人の女性が物凄い速さでこちらに駆けて来た。片方は猫耳の生え、もう一人は甲冑を着けていた。

「サガシタゾ!」「モウ!シンパイシタンダカラ!」

「なーに言ってんだよ、探したのはこっちなんだからな?たく……」

 そう言いながらも先輩は嬉しそうに笑っている。

 な、何だ、何なんだこの状況は。目の前には失踪した先輩に、変な格好の片言で喋る三人の女性。そ、そして極めつけにさっきの火の玉…………。

「あ、なぁなぁ!お前これから時間ある?久々にサシで飲み行こうぜ!奢るからさ!」

「え、飲みっすか?いや、よ、予定は無いっすけど……」

 混乱している俺に、唐突に先輩はそう提案して来た。

「チョット!ワタシタチ、コレカライエニカエルトコロナノヨ!」

「ええー良いじゃんかアリシア。俺だって久々に後輩と会ったんだし、二人で飲みたいんだって」

「デ、デモ〜」

「マアマア。アイツノイッテイルコトモワカル」

「ソウデスヨアリシア。ツノルハナシモアルデショウシ」

「ウーン……エリストシーナガイウナラ……」

 そう言って3人は先輩に手を振り、仲良く住居へと帰っていった。

「……と、いう事だからさ!これから飲みに行こうぜ!異世界の話もしたいしさ〜!」

「え、えーと。まぁそれは良いんすけど……」

「よーし!じゃ早速行こうぜ!いつもの飲み屋で良いよな?」

 こうして、俺はなんか訳のわからないまま、その場の流れで先輩と飲みに行くことになった。

「あー、えっと、先輩金あるんすか……?」

「あっ、そっかコッチは"円"か!アッチだと"ゼニー"でさぁ。ヤベェ〜ATMで下ろさねぇとな〜」


 寒空の下。先程と変わらずやはり風は冷たいけど、今は一人ではなく二人だし、自責の念もいつの間にか消えていた。

 この数分で訳の分からない事が怒り過ぎた。のだがしかし、ま、まぁ?と、取り敢えず?先輩が無事とそうなので良しとするべきかな。



 いや、するべきなのかなぁ。

読んで下さりありがとうございます。感想、批評、是非是非気軽にお書き下さい。

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