『丁度いい』と『伝説の聖女』
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『王子が聖女を追放した』
その一報は、光の速さで各省庁内を駆け巡った。
「まぁ、いつかやると思っていたけどね」
「あの王子もノリがいいからなぁ」
「違いない」
ガハハと笑いながら、目的地に向かって歩いているのは神祇官達だ。
一般に神官とも呼ばれる。
「そもそもが、一人の聖女に結界を張らせようってどうしてそうなる」
「悲劇性ですかね」
「あ、ハンズ神祇官。そこ右です」
「おっと、危ない」
神祇官たちは、三人から五人で行動することが多い。
派遣される場所にもよるのだが、本人たちの能力によって組み合わせが変わるようだ。
そして、彼らが歩いているのは魔鉄塔といわれる施設の廊下である。
魔鉄塔とは、この大陸全土に結界を張るために建設された施設であり、各国が複数所有している。
結界とはなにか。
これには、魔物種という種族について語らねばならない。
彼らが住まう大陸には、魔物種と呼ばれる魔素に侵食されやすい存在がいた。
この魔物種にも一定の知能と理性があり、人慣れすれば家畜化も可能と一般的な野生動物と変わらない営みで繁殖しているのだが、魔素に侵食されると凶暴化し、本能のまま破壊行動を繰り返して絶命するという特性をもつ。
この時、魔物種は何故だが人族に対して特に攻撃的になる。この行動を危険視する意見は今もあるが、魔物種は侵食さえされなければ人族の脅威とはなりえず、魔物種と一定の距離を保ちつつ共存していこう。という考えの元、凶暴化した魔物種が人族の生活圏に侵入してこないように変異した魔素及び魔素に侵食された物体を遮断、廃絶する仕組みとして結界が開発されたのである。
そして、その結界を展開するための施設が魔鉄塔なのだ。
今は魔鉄塔にもいくつか種類が出来、結界に触れた途端に殺処分となるような過激なものは減り、展開範囲内の汚染された魔素を濾過し、清浄化するものや変質した魔素と相反する効果をもった魔素を境界に展開して都心部に近付けさせないなど日進月歩の技術革新をみせている。
なぜ魔素が変質し、汚染された状態になるのか。魔物種の暴走をくい止めるべく原因究明は勿論されたのだが、そこに亜人魔人含む人族の存在が強く作用していると結論がなされた。
魔素と、この世界に生きる生命体とには綿密な関係にあり、人族と魔物種は相容れない存在である。というものだ。
現在、人口の多さに比例して魔鉄塔は必要とされ、大都市になるほど魔鉄塔は複数建築されていたりする。
閑話休題。
『聖女』と呼ばれる存在がいる。これは男女問わず呼ばれる『聖人』の中から、女性のみを呼び分ける時に使われる言葉で、所謂、職業というか、役職というか、大して価値があるわけではない名誉称号のようなものだ。
何と言っても神祇官すべてが聖人資格を保有しており、聖人で無ければ神祇官には成れないのだ。
現在、ワロステ国の神祇庁で働く職員は五万人ほど。事務方などを除き、神祇官として登録されている人数は約四万四千人。うち三千人くらいが女性である。
ワロステ国の総人口が約千四百万人なので、多いと取るか少ないと取るかはその人次第だ。
さて。
ハンズ神祇官と呼ばれた彼を含めて、連れだって歩いている四人組。
彼らが先程から話題にしているのは、この国の王子であるジョラン殿下と聖女ソフィアの追放劇の話だ。
ソフィアというのは、少し変わった娘であった。
出自は、この国の伯爵の娘で持ち前の膨大な魔力から神祇官にどうかと伯爵自ら推挙したらしい。
控えめな性格で、本を読むのが好きな物静かな少女であったのだが、そこが災いしてか、それとも元から素養がありそれが開花してしまったのか。ある日、彼女はハジけてしまった。人が変わった。と言ってもいいのかもしれない。
魔鉄塔は、そこらかしこに建っている。王都のように人口が密集している場所なら尚更、魔鉄塔から次の魔鉄塔が見えるくらいの距離感で建っている。魔鉄塔とは、そういうものだ。複数の場所で、複数の神祇官が、定期的に魔導核に魔力を流し込み稼動させ続ける事で都市を街を村を、人々が安寧して暮らせる環境を維持し守り続ける。
神祇官の仕事はそればかりではないのだが、『神祇官といえば?』で、すぐに思いつく役割の上位に必ず入るのが魔鉄塔の管理なので仕方がない。
魔鉄塔は神祇官により管理され、彼らが日々調整と調和を保つことで結界は維持されている。
のだが。件の聖女は、なぜか自分一人により結界は維持されていると語るようになった。
何故だ、解せぬ。
彼女が任された魔鉄塔は、元が小規模なもので王城とその周辺に作用する通称浄化塔と呼ばれる浄化用の魔鉄塔だった。
魔素の変質を抑えるため魔導核は常にアクティブ状態を保たなければならないが、幸い魔鉄塔の密集地に建設されている為、彼女が管理している塔が何らかの事情で魔力供給が断たれ、緊急停止したとしても周囲の魔鉄塔が肩代わりするので問題はない。
そのように貴族の子女であり、年頃の未婚の女性である彼女の勤務先は、随分と優遇されたものであった。
しかし、そんな環境も誤解を生む。
なぜ誤解に繋がったのかは分からないが、とにかく彼女は誤解してしまった。
自分は聖女という特別な存在で、この塔に封じられるように仕事をさせられている。と。
魔鉄塔には、塔を円滑に運営するための技術者や事務官、警らなど男性が多く働き、女性を見つけることは難しい。同僚の神祇官は、勇退間近の年配者が二人。それもよくなかった。礼儀と礼節を弁えた男性陣が神祇官という謂わば上司たる彼女に対して不遜な態度をとるはずがないし、年寄りは無責任に優しい。
すべてが悪循環であった。
彼女が塔で働く女性たちと会話が弾むような既婚者だったなら、または庶民階級からの特進だったなら、少しは関係が変わっていたのかもしれないが。実際の彼女は大切に育てられた未婚の女性で、そして貴族階級の生まれだった。
もしもを語ったところで現実は変わらない。
なんにしろ、彼女はハジけてしまった。
『私は聖女の役目として国に結界を張り、魔物の侵入を防いでいます。しかし、真の聖女が現れたからお前とは婚約破棄だと、いつの日かこの国から追放されてしまうのです』
真の聖女とは?
彼女の涙ながらの告白を聞いた者たちは、ただ愕然とした面持ちでさめざめと泣く彼女を眺めるに留まった。
いや、誰か突っ込んでやれよ。
そんなワケで、ただちょっとした区画を任されていた筈の彼女は、何故か国全体を覆う大結界を張る事ができる超ウルトラハイパーミラクルグレートデリシャスサイコクラッシュディストラクションな人間捨ててる聖女様になってしまっていた。
誰か訂正してやれ。
とはいえ、彼女は至って真面目で、何かしら心の病を抱えているわけでもなく日常生活には問題がない。仕事も真面目にこなす。ただ少しだけ、夢見がちなフワッフワとした女性というだけだ。
夢想する以外は問題を起こすわけでもないので、そのうち少女期を脱して羽化するだろうと周囲は触れないことにした。
結果。
『聖女ソフィア! 貴女との婚約を破棄し、王都からの追放を言い渡す!』
ソフィアの勤務地である魔鉄塔の魔導核が置かれた管理制御室で聖女の追放劇が起こった。
単なる解雇である。
ちなみに、ジョラン王子はソフィア嬢の婚約者ではない。
というか、ソフィアに婚約者はいない。時代が違うのだ。生まれてすぐに婚約するとか、幼少期から婚約者選びが始まるとか、今の世では児童の権利問題とされる。児童は、適切に養育されなければならない。児童は、その生活を保障されなければならない。愛され、保護されなければならない。保護者には、児童が心身ともに健やかに育成されるよう良好な環境を保つ義務がある。
と、言うものだ。
よって、上流階級や中流階級の一部上層などでは子女が十七となり、恋愛対象となったお披露目会であるデビュタントを果たしてからではないと正式な婚約は結ばないようになった。
しかして、話は戻る。
夢見がちな聖女は、物語の主人公のように振る舞う。
それを面白がって、彼女の世界の登場人物に進んで参加したのがジョラン王子殿下(三十一歳・既婚・二児のパパ)である。
「オモシレー女」
彼は王族にあってなかなかの暴れん坊で、王室の問題児と言われた十代を過ごし、二十四歳で結婚するとそれまでの放蕩が嘘のように消えた『女で男は変わる』典型のような人物であった。そんな彼だが、破天荒時代を含め、家族を愛する今の姿も共感を呼び庶民からの人気は高い。
所謂コミュ強な彼は外交向きで、親善目的であるなら分からなくもないが、魔導創造検討会議なる国際協調の場に出席して、国同士の関係を飛び越えて友人をつくって帰ってくる男だった。
そんなフッ軽オトコの友人が、自国の魔鉄塔運用の見直しでワロステ国に視察に訪れていた。ジョランが学生時代に遊学していた三つ向こうの国の次期伯爵で、現在は付随称号の子爵位を譲られスクアード子爵を名乗るケルジェフ・ポーカロ。
彼は、ワロステ国で運命の出会いを果たす。
相手は、聖女ソフィアであった。
と、言うことで。
『丁度いい』が揃うと策を講じてしまうのは人の性というもの。
ソフィアが十八歳の誕生日を迎える前日、彼女は魔鉄塔を追放された。
神祇官の登用試験を受けれるのは十七歳からであり、推薦による採用でも同年齢からなので彼女は実質一年も聖女を務めていないのだが、魔鉄塔運営についての基本知識は一通り身に付いた頃なので他国に渡っても上手くやっていけるだろう。
長年身を粉にして尽くした国に裏切られる形となったソフィアだが、そこに颯爽と彼女の王子様が現れる。
遠い異国から聖女を求めてやってきていたケルジェフ・ポーカロ。
彼は、献身的で心清らかなソフィアの善性に惹かれ。しかし、婚約者のいる身と知って諦めようと苦悩するが、身勝手な王子による一方的な婚約破棄、更に王都からの追放と悲劇に翻弄される彼女を目の当たりにして心の底から湧き出る愛と情熱を抑えきれず、傷心の彼女の前に膝をつき愛を乞い願うのであった。
しかし、ソフィアはケルジェフの愛を信じられない。
彼女は単に自分の聖女としての実力を買われたのだと誤解し、彼の国へ渡ることを了承する。
追放されたおっとり天然聖女は、腹黒伯爵に溺愛される。戻って欲しいと言われても旦那様に愛されてハピネスフラッシュ☆なので帰りません。
という、寝言を叫んでいたと自国に戻ったケルジェフから手紙で知らされたジョラン王子が「羽ばたいているなぁ」と、呟いたとかなんとか。
ソフィアの父親であるルーベラ伯爵は、内向的で物静かだった娘がある日突然ハジケた事に気を遠くしたものの、ケルジェフという救世主の登場に「どうか娘を、末永く宜しく頼みます」と、男泣きに泣いて託したそうだ。
確かにソフィアは、個性的な娘であった。
普段なら発給までに半年以上は待たされると有名なガルジャジャ国の長期滞在査証と滞在許可証、労働許可証が最短記録更新の二週間で発行され、ワロステ国発給の身分証明書は三日という早さでルーベラ伯爵の手元に届いた。高速発行の裏に、面白がったジョランが見え隠れするが気にしたら負け。
それら一式はケルジェフがまとめて携え、ゼロからスタートな追放劇に心ときめかせているソフィアから片時も離れないと誓い、彼女を連れケルジェフはガルジャジャ国へと帰っていった。
夢想脳には、恋愛脳をぶつけるんだよ。
「魔導回路の通りが悪くなっていないか?」
魔導核を観察していたハンズは、魔導回路の魔力伝導率が前回より弱まっているような気がして他の神祇官に意見を求めた。
魔導核の中で注がれた魔力は、液状化と気体化を果たす。この液体と気体のバランスを均等に保つことでエネルギーを生み出し魔鉄塔は各種結界を張り巡らせている。
「あー、少し刻印が薄くなってきてますね」
言われた神祇官は、核を守る外殻に刻まれた呪詞が経年劣化ですり切れ、文字が薄くなってきていることに気付いた。
「ここも隨分古いからなぁ」
「そうですね」
「代わりの石板発注しておきますね〜」
仕方がないと肩を落とす二人と対照的に、最近神祇官になったばかりのサーシャはテキパキと発注書にペンを走らせる。
「ま、来年には建替えも終わるからな」
「搭載される魔導核は、最新型なんですよね」
「今までとは結界の広がり方が違うらしいぞ」
「楽しみですね〜」
少し個性的が過ぎた聖女は、暫くは同じ職場で働く人の口にのぼるかもしれない。もしかしたら、伝説の聖女として語り継がれるかもしれない。
素材をすべて殺して、自分の個性だけ活かす。そんな彼女でも、望まれた新天地では幸福な生活が待っているだろう。他者からの評価は関係ない。そのように彼女は望み、行動し、掴み取った未来だ。
すべては巡り合わせであり、世の中は案外上手く収まっていく。
なんだかんだ言ったところで。
人間、そこそこが『丁度いい』には、かわりがない。
その『そこそこ丁度いい』が一番幸福に近く、また一番収まるには難しいさじ加減なのだけれど。
お時間いただき有難う御座いました。
新生活は色々あるとは思いますが、楽しいことを見つけていきましょう。
擬音が多い名古屋弁育ち故に申し訳ありません。
漫画の擬音で出てくる「フワッ」でフワッっとしたなので自分的には誤字ではありません。
しかし、度々誤字報告頂くのでフワッフワに直しました。
オノマトペというより口語文なのかな?
なんとも言えないものを目撃した時の「フワッ……っとしてんなぁ」のフワッっとです。