2話
王から聞き出した「復讐」相手は、ゴドリック・グラウス大臣とスタルク・メイソン卿の二人だった。この事実を小屋へ帰りアドニスへと伝えた。
「そうでしたか……確かにあのお二方なら権力もありますし、団長を嫌っていましたから追放を図る動機も十分ですね」
グラウス大臣の生家であるグラウス家は、古くから国を支え、王の側近として活躍し続けてきた。王が二人の言葉を聞かざるを得なかったのはグラウス家の言い分を無視することが出来なかったからだろう。
メイソン卿の生家であるメイソン家も、古くから存在している名門一家だ。さらにメイソン家は最近手柄を挙げ、国内での存在だけでなく態度まで大きくなっている。こちらも王が逆らうことが出来なかった一つの原因だろう。
「そうだな。なぜ嫌われているのかはわからんが……ただそれよりも相手が大臣クラスとなると復讐もなかなか難しい」
「団長。何のために私がいるのです。騎士団長の立場を利用すればグラウス大臣と接触することは容易です。メイソン卿との接触は少し時間がかかるかもしれませんが可能だと思います」
「そうだったな。すまないアドニス。このような役回りを任せてしまって……」
「いえ。団長の復讐実現、全力でお手伝いさせていただきます。では団長、まずはどちらを標的にしますか?」
「最初の標的はすでに決まっている。まずはグラウス大臣からだ」
グラウス大臣にはメイソン卿よりも前から受けてきた「借り」がある。今回の件にこれも含めて返さなければならない。
「だが、グラウス大臣に復讐をするのはいいがどうやって奴をおびき出すか、これが問題だ」
いくらアドニスの立場があったとしても相手は大臣。そう簡単に監視の目がない状況は作り出せないだろう。
しばしの沈黙の後、口を開いたのはアドニスだった。
「私に策があります。団長、最近グラウス大臣の黒い噂を耳にしたことはありませんか?」
「ああ。確か暗殺者を雇って同じ立場の奴を殺し、自らの勢力を強めようとしているとの噂だが」
「その噂。どうやら本当みたいなのです」
まさか俺への濡れ衣に留まらずほかの大臣暗殺とは。驚愕を通り越して最早呆れてくる。
「……大臣も堕ちるところまで堕ちたか」
「ですがこれは復讐するにはうってつけの餌です。決定的な証拠を突きつけておびき出すことに成功すれば復讐を成功させるチャンスです」
「そうだな。ではおびき出す手段についてはこれで行こう。だが証拠を押さえる必要がある。これは俺が行こう」
「わざわざ団長の手を煩わせるまでもありませんよ。こちらも私が請け負います」
「感謝する、アドニス。だがこれは俺の復讐だ。俺が何もせずのうのうとしているわけにはいかない」
すべてをアドニスに任せてしまえば俺は相手を葬り去るだけだ。しかしこれでは俺の沽券が許さないうえ、そんなものは俺の復讐とは言い難い。
俺の顔を見たアドニスは俺の心を読んだかのように微笑を浮かべた。
「分かりました。では国内への潜入の手引きはこちらで請け負います」
「ああ。よろしく頼む」
こうして俺の復讐は幕を開けた。
***********
アドニスとの計画を立ててから数日後の夜更け。俺はアドニスの手引きを受けて国内に潜入していた。
アドニスに大臣と暗殺者が密会を計画しているとの報告を受けた俺は計画通り証拠を押さえに王都へと繰り出してきたのだ。
今まで何の気なしに歩いていた道を歩くのも、今では懐かしさと憎悪を感じる。しかし今は懐古している場合ではない。俺はアドニスからの情報を頼りに密会現場へと足早に向かった。
**********
密会現場に到着すると、二階の窓の隙間から漏れ出る光とかすかに聞こえる声が今ちょうど密会が行われていることを示していた。
証拠として今回選んだのは写真。以前、俺率いる遠征隊が写真機を持ち帰り、今は国が管理しているものをアドニスに借りてきてもらったのだ。アドニスの説明では、写真を撮るには15分かかるらしい。
証拠写真を撮るためそっと忍び込み写真機を部屋の全体が画角に入るよう置いた。写真が撮れるまでの間密談の内容に耳を澄ます。
「計画が順調で何よりだ」
「こちらとしましても大臣の権力が強まることは喜ばしいことです。そのためのお手伝いならば喜んでさせていただきますよ」
「計画が無事に終わったらお主にはよい位につけるよう打診せねばなぁ」
「お願いしますよ、グラウス大臣」
まさかここまで真っ黒だとは思わなかった。だが今の俺には全く関係のないことだ。
「それにしてもよく騎士団長を国外追放までもっていけましたね」
「あの間抜けな王にはあの程度の証拠で事足りたようだ。まあ王が間抜けなおかげでこちらの計画もうまく進んでいるが」
──……クソ外道が!
俺は心の中でそう叫ぶ。こいつの会話などもう聞きたくはない。だが証拠のため。腹の底から憎悪と殺意があふれ出そうになるのを必死にこらえる。時計を確認すると写真機を設置してから5分がたっていた。
残り10分。俺はこの時間を感情に任せて腰の剣を振るわないように制御するので手いっぱいだった。
写真を撮るのに十分な時間がたち、写真機を回収しようとしたその時だった。
「あれ?おかしいな。ここの扉こんなに開いていましたかね?」
「この話を聞かれていたのでは都合が悪い。確認して処理してこい」
まずい。ここで気づかれてしまえば復讐はおろか、二度もこの外道の手にかかってしまう。そのような失態は確実に避けなければ。
俺は素早く、しかし丁寧に写真機を回収し、脱兎のごとく密会現場を後にした。
「逃げ足の速い奴です…私はすぐに奴を追いかけます。今日のところはお開きにしてまた次回作戦をしっかりと練ることにしましょう」
「そうだな。始末のほう、頼んだぞ。では次の話は…」
かすかに俺を追いかけるよう指示する声が聞こえたが、その声も遠ざかっていく。この調子ならまくことも容易だろうが油断はできない。俺は町を走り抜けた後、アドニスに写真の現像を任せて山の小屋へ無事帰りついた。
こうして俺は大臣を脅迫するのに必要な密会現場の写真を手に入れたのだった。
****************
「ふむ、次の会合はいつにするべきか…」
私は約一週間前に謎の侵入者によって中断された会合の予定を検討していた。予定が詰まりすぎていて予定を考える時間も少ないのだ。
「今週は…いかんな。来賓との会食の予定が入っている。来週は…うむ。この日ならば問題ないな」
そのとき扉がたたかれて召使が部屋に入ってきた。召使は今日届いていた書類やら手紙やらを机の隅に重ねていき、そのまま部屋を後にした。
「そうだった…書類仕事がまだ残っていたのか…仕方があるまい。これを片付けるのを面倒臭がっていてはより高い地位になったとき示しがつかんからなぁ」
私は一つずつ書類に目を通していく。その中に一つだけ妙に胸騒ぎを覚える手紙があった。吸い込まれるように手紙を開けるとその中には、『貴様の悪事は知っている。この写真を国中にばらまかれたくなければ密会を行っていた次の週の同時刻、同じ場所へ一人で来い。一人で来なかった場合、写真をばらまき貴様の権威を失墜させる。』と書かれた紙と一枚の写真。写真には会合現場がしっかりと収められていた。
「くそ。あの暗殺者め、侵入者の始末に失敗しおった。手紙には一人でと書かれているがまあ良い。奴を連れていき始末させれば問題ないだろう」
この写真がばらまかれてしまっては権威の失墜は免れない。これはどんな手を使ってでもこの犯人を処理せねば。
私は増えてしまった仕事に頭を抱えながら予定の調整と暗殺者への連絡を急いだ。
*************
犯人に指定された、密会を行ってから一週間後の夜更け。私は密会現場へ到着した。だが、もちろん一人というわけではない。背後の暗闇には暗殺者が潜んでいる。次こそは確実に仕留めてもらわなければ。
私は手で暗殺者へ合図を送り、呼び出し場所へと足を踏み入れた。室内は暗かったが、前回密会をしていた部屋から光が漏れていた。その部屋に犯人がいることを確信した私は再度手で暗殺者へ合図を送る。暗殺者を先にけしかければ私が危険にさらされることはなくなる。背後からゆっくりと暗殺者の足音が扉に近づいていく。
暗殺者が扉を勢いよく開け飛び込んでいった。が、飛び込んですぐ金属が打ち合う音が聞こえた後、目の前に鮮血が飛び散ったのが目に入った。暗殺者が犯人を処理したのだろう。私の邪魔をするからこのような羽目になるのだ。
私は犯人の死と顔を確認するため部屋へと足を踏み入れた。その瞬間目の前には血だまりが広がっているのが目に入った。その血だまりの中には飛び込んでいった暗殺者の遺体が沈んでいた。
「なぜだ…こいつは国でも有数の手練れのはず…いったい私を呼び出したのは誰なのだろうか…」
「一人で来いと言ったのに人を呼び、ましてや刺客を差し向けるとは愚かな…場所を変える。貴様には少し眠っていてもらおう」
その言葉が聞こえたのを最後に私の意識は途絶えた。
***************
「流石は団長です。大臣を捕縛するだけではなく不意打ちでかかってきた刺客をいともたやすく葬ってしまうとは」
「あの大臣が手紙に素直に従って一人で来るはずがなかったからな。警戒をしていたのはやはり正解だったようだ。では俺はこいつを予定の場所まで運ぶ。アドニスはこいつの処理を頼む」
「分かりました。ではすぐに処理に取り掛かります」
アドニスに始末した刺客の処理を頼んだ後、俺は国から離れた森の中で発見した砦に移動をはじめた。この砦は俺が遠征隊を率いていた際に発見し、宿営所として利用したものだ。しかし俺が騎士団にいた間、宿営地として利用したのはその一度だけ。アドニスに確認したところ、俺がいなくなってからも砦を宿営地や拠点として利用することはなかったという話だったので、人目につかず国からも離れているという点で復讐の舞台として利用することにしたのだった。
無事に大臣を運び終えた俺はそのまま磔にするように壁へ縛り付ける。今すぐに切り殺してやりたいほど憎いが、共犯者の情報も聞きださなければならない。殺したい衝動を必死に抑え、大臣が目を覚ますときを今か今かと待ちわびる。
そしてその時は訪れた。
「ここは…どこだ?おい犯人!私が国の大臣だと知っての愚行か!私を殺せば貴様も暮らすこの国がどれだけの危機にさらされるかわからないのか!」
「ええ。わかっていますとも大臣。いや、グラウス。お久しぶりですね」
そういうと俺は着ていた外套のフードを脱ぐ。今まで隠れていた俺の顔を見た大臣は言葉を失い、目を見開いた。そしてやっと言葉を絞り出した大臣は驚愕の声を上げた。
「なぜ…国外へ追放された貴様がここにいる!オーウェン・グランツ!」
「なぜって…あなたに復讐するためにここにいるのですよ。心当たりがあるはずですが?」
「心当たりなど…あるわけがないだろう!貴様に復讐されるようなことを私は何もしていない!」
「あくまでもはぐらかすつもりですか…あなたが俺を国外追放する打診をしたということはわかっているのですよ。もう言い逃れはできません。なぜ国外追放をしたのか、それに関することについてもきっちり話してもらいます」
「話すだと?貴様に話すことは何もない!さっさとこの縄をほどけ!」
現状を理解していない大臣に嫌気がさした俺は外套を脱ぎ去り腰の剣を抜いて首へ近づけた。
「いい加減にしろ。今の状況が分かっていてその言葉を吐いているのか?貴様に自由を乞う権利などない。今貴様は俺の質問に答えればいい。分かったか」
そう言い放つと大臣はおびえた顔でうなずいた。
「わ、分かった。私が国外追放の打診をした首謀者だったことは認めよう。だが打診に賛同したメイソン卿も同じく王へ打診したのだ」
「すでに王から聞き出して知っている。メイソン卿にも同じく復讐をする予定だ。」
「あの愚王が…やはり今の王は王として相応しくない。やはり殺して政権を奪うべきだったか…」
「そのようなこと今はどうでもいい。なぜ私を国外追放することになったのかきちんと説明してもらおうか」
「なぜ国外追放したかだと?それは貴様がどんどんと出世していく様が憎たらしかったからだ!」
「出世が早すぎたからだと?なぜそんなことで俺は国外追放されなければならんのだ!」
「貴様は急に頭角を現し、それが理由だ」
「そんなことのために俺は国外追放され、地位も名誉も奪われ、そして妻も殺されたのか…」
「貴様の妻?知らないな。私は殺していない。」
「何?リリアを殺していない?」
俺は不意を突くその言葉に驚きを隠せなかった。てっきりリリアは俺のことを嫌った大臣とメイソン卿が共謀し、殺されたのだと思っていた。
その時大臣は俺が狼狽えたのを見て余裕を取り戻し、持ち前の毒舌を発揮した。
「だが貴様の妻も愚かだな。貴様を結婚相手に選んだばかりに殺されるとは」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中で抑えていた感情が一気にあふれ出した。悲しみ、憎しみ、そして怒り。その感情に支配された俺は腰の剣を抜き、大臣めがけて振るった。振るった刃は大臣の胸を切り裂き、辺りに血を飛び散らせ、大臣の叫び声を響かせた。
「グラウス…俺を馬鹿にするのはまだ構わない。だが妻を…リリアを愚弄することだけは絶対に許さん!」
「私は国の大臣だぞ!私を殺そうものなら国が相手となる。今度は国外追放では済まされんぞ!」
「そんなもので俺が貴様を殺すのをためらうとでも思ったか!貴様がリリアを殺していないとしても!貴様が俺の国外追放を企てなければリリアは死なずに済んだかもしれんのだ!貴様を生かしておく価値など少しもない!」
そう言い放つと俺は剣を振るいグラウスの首を刎ね飛ばした。
俺はしばらくの間血にまみれた剣を持ったまま立ち尽くしていた。
「団長。復讐は遂げられたようですね。」
立ち尽くす俺にアドニスが声をかける。俺が国で葬った刺客の処理が終わったのだろう。
「俺を国外追放した首謀者グラウスへの復讐は遂げた。だがリリアを殺したメイソンがまだ残っている。俺の復讐はまだ終わっていない。リリアの敵を取った時、そこが俺の復讐の終着点だ」
「…そうですね。団長にはまだリリアさんの敵討ちが残っていますから。このフィリップ・アドニス、今回のグラウス大臣への復讐と同じようにメイソン卿への復讐も全力でお手伝いさせていただきます」
「ああ。次が最後だ。よろしく頼むぞ、アドニス」
メイソン卿。リリアを殺したその報いその身をもって受けてもらうとしよう。
同じ苦しみを味わわせてやる。