10-03 復讐の、その後は
初代聖女の紋章を消滅させた私たちは紋章保管庫から出て、安寧の家へと向かう。
救いを求めた人々に破壊された家も、少しづつ修復が進んでいた。
「エスターを立ち合わせないで正解だったな、同情で殺せない可能性があった」
「そうだな。それがいいところでもあるが、あれは解放しない方がつらいだろう」
死を望んだ初代聖女を生かし続けるのは、善意であっても憚られる。
もう眠りたいと言っている奴には、どうこう言わずに布団を掛けてやるべきだ。
本気じゃないなら抵抗する、けれど彼女は静かに受け入れた。
「しかし懐かしい場所だな、安寧の家は」
「来たことあるのか、レタリエ」
不可思議な花が咲き誇る薬草園を抜けて、私たちは家の中へと入る。
めちゃくちゃに踏み荒らされた場所もあるが、暖かな日が差し込む穏やかな場所だというのは変わっていない。
「あるもなにも、元々は私達が戦っていた時の拠点だぞ」
「じゃあもしかして、温室にある釜もアンタのか」
「懐かしい、まだあったのか」
ここに来て、また新たな事実を知る。
安寧の家は随分と長い間、ここで紋章保持者を暮らさせていたらしい。
「釜、今は私が使っているぞ」
「構わない、だがあれで随分フォルドの治療薬を作ったものだ」
そういうと懐かしそうに、レタリエが目を細める。
遠い昔を思い出すように寂しげで、なんとも言えない情感が見え隠れしていた。
「あの時の私は戦えなかったからな、どうしても戦う力がほしかったんだ」
エスターと同じ癒しの一族だったレタリエは、やはり剣を持つことに向いていなかった。
代わりに薬を作って補助をしていたようだが、それでも納得はできなかったのだろう。
「あいつはいつも一人で戦う、勇者は罪を共有させてはくれなかった」
「じゃあ、これからは一緒に戦っていくか? レタリエ」
声のする方へ振り向くと、フォルドが壁に寄りかかりながらこちらを向いていた。
長年無茶したせいで肉体の損傷が激しく、こちらへ向かってくる動きも鈍い。
けれどそれを悪いことだとは、さほど二人は思っていないようだった。
「償いの旅に出るんだろう? なら俺も同行する、俺も昔ほど一人では動けないしな」
「……あぁ、そうだな。今度は二人で行こう」
長い年月を経て、ようやく先代勇者たちも同じ場所に立てた。
これからは共に支え合い、自分たちで決めた旅を初めていくのだろう。
和解した大人たちに先へ向かうと伝えて、私は騒がしくなっている居間へと向かう。
中では領主とイノスが、大量の報告書に埋もれていた。
「教会の状況酷すぎませんか? これ本当に組織として成り立ってます?」
「成り立ってるわけないじゃん、教会はいつだってめちゃくちゃだよ! だから立て直すんでしょ!」
さすが長年教会にいる少年だ、言葉の重みが違う。
そんなことを思っていると、私が部屋に入ってきたことに気づいた二人が振り向いた。
「忙しそうだな」
「とんでもない忙しさで笑いが出てくるよ、もう!」
実際には強めのため息が出ているが、疲れている割には顔は明るい。
色々なことはあったが、そのおかげで腐敗しきった組織を叩き潰せたからだろう。
「というか魔王が、教会の立て直しに関わってていいのか」
「残念ながらレタリエを除いて、今は僕が一番教会に詳しいんだ。それに僕は魔王の器であって、結局魔王ではなかったんだよ」
確かに紋章がなくなった今のイノスはただの子供に過ぎず、誰かを害することもない。
国境での騒ぎも詳細は私たちしか知らないし、今のイノスにいなくなられると一番困るのは教会だ。
そして家の外からカラカラと、車輪の鳴る音が聞こえてくる。
「イノスくん、頼まれてた薬の材料持ってきたよ」
「あ、ありがとう! 次に頼みたいのはね」
馬車の積荷をおろして部屋に入ってきたコンヴェルトは、駆け寄ってきたイノスと親しげに話し始めた。
カルティに追い出された後、彼らは随分と仲良くなったようだ。
「コンヴェルト、元気になったみたいだな」
「うん、ヘテラが助けてくれたからだよ。ありがとう」
私が声を掛けると、コンヴェルトは少し照れくさそうに笑ってみせる。
こうしてみるとただの健康そうな青年に見えるが、彼もまだカルティが原因でついた傷が癒え切っていない。
だからちょっと注意しながら、私はコンヴェルトの様子を見ていた。
「コンヴェルトさん、すごい優秀ですよ。頼んだこと大体できてますし、速度も早いです」
「今までは身代わりの魔法で体が痛くて、できない事が多かったからね」
にこにこと笑いながら、コンヴェルトはとんでもないことを言う。
身代わりの魔法を習得していること自体は知っていたが、危ない魔法をそんなに高頻度で使っていたのか。
「身代わりの魔法って、そんなにずっと使うものなのか?」
「カルティが傷を治したように見せる為、使ってたんだ。だから体の回復が追いつかなくて」
(カルティが破門された後、街に戻ってこれた理由がやっと分かった)
まともな役割を果たさない聖水で仕事は果たせなかっただろうが、こういう形で奇跡を偽装しているとは思わなかった。
しかし最初はうまくいっているように見えてもコンヴェルトが倒れれば、結局ボロは出たに違いない。
「……本当に酷い状況だったんだな」
「でも今はちゃんと治ってきてる、だから心配しないで」
随分と包帯が少なくなったコンヴェルトが、へらりと笑う。
その笑顔も引き攣っておらず、経過は良好のようだ。
「しかしヘテラちゃん、結局聖女冠名はしないんだね。みんなに願われたのに」
「私は魔女だ、絶対に聖女にはならない」
きっぱりと、私はイノスの言葉を否定する。
聖女という言葉には、魔女以上に碌な印象がない。
だから呼ばれたところで無視するし、応える気もなかった。
「だから代わりに毒薬の作り方を人間に伝えていく。それで少しは、人間も戦えるようになるだろう」
私の毒薬作成の能力自体は、実は紋章の力とは関係がない。
魔女の紋章はあくまで毒の力を強化したり、変質させるだけだ。
だから紋章がなくとも、私は普通に毒薬が作れるようになっていた。
(少しづつ紋章に頼らない能力を人々につないでいく、次の魔王と戦えるように)
けれど、伝えるだけだ。
それでも戦わないというのなら、勝手に滅べばいい。
(あと、やるべきことは一つだな)
美しい、戦いとは無縁であったはずの穏やかな青年。
私が傷つけてしまった、彼を解放しなければならない。




