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10-02 復讐の、その後は

「それは、そうだが」


 エスターが安寧の家から出て、自由に生きたかったのは分かっている。

 けれど私と共にでなくても、良かったはずだ。

 色々危ない目に遭って、挙げ句勇者として覚醒しなくてもその道はあった。


 だがレタリエはそれを知っているはずなのに、私を否定することはない。


「これからもエスターと、仲良くしてやってくれ。自分の行いを、後ろ向きに考えないでくれ」

「……待て、集めた紋章が復活したぞ」


 うまい返事が思いつかず、代わりに輝きを取り戻した紋章の方へ話題を振る。

 どうしても私は、一番大事な時に話すと及び腰になってしまう。

 だがレタリエはそれ以上は気を遣ってくれたのか、答えを求めることはなかった。


「やはりか。人間側の紋章は、初代聖女の紋章を分割して作ったものだ。分割した紋章を集めれば、逆に初代聖女の紋章が出来上がるのではないかと思っていたが」


 実際に復活した初代聖女の紋章は複雑に組み合わさり、たった一つでありながら完全性を感じさせる。

 きっとその感覚に違わず、この紋章はあらゆることを可能にさせるのだろう。


 そして私も既に魔女の紋章を手放し、この初代聖女の紋章に組み込んでいる。


『貴方が、今代の聖女?』

(紋章自体に、初代聖女の意志が宿っているのか)


 初代聖女は既に故人になっていると思っていたが、まだこの世界に魂は残っていたらしい。

 紋章の輝きが人の形を象り、とうに失われたと思われていた女性の声を響かせる。


「いや、私は魔女だ」

『いいえ、聖女と魔女は同一のもの。使う力の方向が、反対なだけよ』


 初代聖女の言葉が、すとんと腑に落ちる。

 確かに、その感覚は前からあった。

 使える能力が似通っていたり、聖水か毒薬かの違いはあれど根本は同じだ。


『でもあなたが魔女だというのなら、私を殺してくださらないかしら。私は罪のない器達を、たくさん傷つけてしまったの』


 その言葉には強い後悔があり、嘘偽りなど感じられなかった。

 しかし初めて聖女として認められた女性が、どんな罪を犯したというのだろうか。


『私は一人で魔王を倒した、最初は器なんて存在しなかったから。そして魔王を倒した私は、聖女の役目から解放されるのだと思っていた』


 けれどそれは甘い夢だったと語るように、初代聖女の声が揺らぐ。

 魔王を倒し、英雄となり、それから彼女はどうなったのか。


『けれど人間は聖女を長く使う予定だったから、自殺できないように呪いを掛けたの。人間は自分達で戦おうだなんて、思っていなかったから』

(だから最初の貴族の家で、私は自殺ができなかったのか)


 安寧の家に引き取られる前の、貴族の地下室を思い出す。

 人がどの程度で死ぬのか詳しくは知らないが、確かになにをしても死ぬことはなかった。


『だから絶望した私は聖害の呪いを撒き散らして、魔女して処刑されたの。その時生まれたのが、魔女の紋章よ』

「そしてアンタの力と意思は初代聖女の紋章に封印され、代わりに人々は紋章の器を作って戦わせてきたのか」


 初代聖女が使い物にならなくなり、封印せざるをえなくなった。

 そうして生み出された存在こそが、紋章の器だった。

 器は初代聖女の代わりに分割された紋章を与えられ、自我がないまま戦いに向かわせられた。


『えぇ。だから自我のない器は私の慈悲じゃなくて、器の反逆を恐れた人間の仕業よ』

「聞けば聞くほど、胸糞悪い話だ」


 レタリエが、人間を殺そうとしていた理由が良く分かる。

 なにからなにまで、人間が自分たちのために仕組んだことだ。

 それを同胞にまで押し付けられるくらいならばと、皆殺しの道を選んだのだろう。


『でも、そう言ってくれる人がいて嬉しいわ。私の周りに、味方は誰もいなかったから』


 この女性は急に異世界に飛ばされ、聖女として担ぎ上げられ、死後も利用された。

 きっとその孤独は、想像を絶するものだっただろう。


『だから、私を殺して。魔女の魔力には聖女への呪いがつまっている、だから跡形もなく消し去れるわ』

「分かった。でも初代聖女、最後に一つだけ」


 紋章がなくても、私の中にはまだ魔女の要素を含んだ魔力が根付いている。

 だから私は初代聖女の紋章に触れて、けれどそれを解き放つ前に声を掛けた。


『なにかしら。こんな罪を犯したんだもの、どんな言葉でも受け入れるわ』

「私は色んな人に助けられて、どうにかして生き抜いた。一人だったら、とても生きてこれなかった」


 聖女と魔女が同一の存在だったとしても初代聖女は、私やカルティとは全く違う部分がある。

 それは他者の介在だ。


「だからあんたが一人で戦い抜いたことに、敬意を。それに人々を呪ったことは当然だと思う」


 私なら、一人で人間の為に戦うなど絶対にしなかった。

 けれどこの女性はそれを成し遂げた、後から呪ったとしてもそれは当然としか思えない。

 なら私の感情からあふれるのは、尊敬だけだ。


『…………ありがとう』


 その言葉を聞き届けた私は、原初の姿に戻った紋章から魔力を解放する。

 すると女性は段々と、輝きを失っていく。


 音もなく、紋章と女性はこの世界から消えてしまった。


(普通の女性だったな。それが人々に利用されて、歪んだのか)


 初代聖女の言葉を直接聞いたが、邪悪なところなど全くなかった。

 魔女に堕とされたのだって人間の都合だ、彼女が悪いとは思えない。


(みんな一緒だな)


 私も、初代聖女も、……もうカルティを入れてもいいだろう。

 みんな自分ではない、誰かの都合で利用された。

 けれどたった今紋章は破壊され、後に器が生み出されることもない。


「あとは人間が余計なことをしなければ、平和になるだろうな」


 魔王の紋章が異世界へ行ってしまったことを知った魔族は特に何もせず引き上げていった。

 てっきり侵攻ついでに暴れていくのかと思ったが、そんなこともない。

 もしかしたらイノスが生きていたことが、影響したのかもしれないが。


 だからこれから危険なのは魔族ではなく、むしろ余計なことをしでかす人間の方だった。

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