09-04 魔女は復讐を完遂する
カルティは信じられないといった目つきで、自分を切り裂いた相手を睨みつける。
そこにはさっきまでとは打って変わって、恐怖を浮かべた顔があった。
多分今まで、自分が見下している相手にこんな気持ちになったことなんてなかったんだろう。
「お前が今代勇者だったのね!?」
「俺も先生に教えてもらうまで知らなかったよ、首の後ろにあるのは癒しの紋章だと思ってた」
勇者の紋章はフォルドが先代魔王を倒した際に失われたが、実はエスターに引き継がれていた。
だからずっと勇者として覚醒させないように、フォルドがエスターを預かって、隠し育てていた。
勇者として覚醒すれば、彼もフォルドと同じように長い戦いの道を歩むことになってしまうから。
(だから最初の夜に、首の後ろにある紋章が光っていたんだ)
あの時のエスターは自分が紋章を持っていることすら知らなかったが、既に魔物との戦いで勇者として覚醒しかけていた。
それを恐れていたから、フォルドは過剰なまでにエスターを外に出さずにいたのだ。
「良かった、読み通りだったね」
そしてこの戦いの計画を考えたのは、イノスだった。
彼は直接戦うことには向いていないが、代わりに参謀的な役割において才能を発露させる。
「お前が勇者の紋章持ちだと知ってたら、優しくしてやったのに!」
「それはエスターじゃなくて、紋章の力が欲しいだけだろ」
癒えない傷を負いながらも、カルティはすぐに立ち直る。
攻撃が通っていないわけではなく、純粋に彼女は誰にも制御できない感情で支えられていた。
だが勇者に与えられた斬撃は、確実に彼女の体を蝕む。
「……く、う。力が、入らない」
「では異端審問の時間だ」
勇者の一撃により、弱体化は成功した。
けれどまだ倒せるほどではない。
だから確実に仕留めるための方法を、私たちはできる限り用意する。
「レタリエ、今度はお前か!」
「異端審問は、救世主召喚と対を成す。召喚された者が大罪人となった場合、行われる儀式だ」
カルティの言葉を無視して、レタリエは淡々と言葉を紡ぐ。
異世界から呼ばれる者が善人であるとは限らない、だから悪しき者が現れてしまった時の為の救済措置として異端審問は存在していた。
「散々私を利用したくせに、よくそんな非道なことができるわね!」
「非道? これは慈悲だ、初代聖女の末路を考えればな」
レタリエが話す言葉の中で気になる部分があり、思わず気が逸れかける。
だが今は、余計なことを考えている時間などない。
すぐに気を取り直して、私は意識をカルティに向け直した。
「それに俺も、犯した罪に関しては償っていく。お前一人が罪を受けるわけではない。……フォルド」
「天秤、持ってきたぞ」
がたんとひと際鈍い音がして、フォルドが大きな天秤を処刑場に持ち込む。
それは聖女を破門にした、要素を測る大天秤だった。
「天秤の皿の上に、魔王を乗せろ。そしてもう一つの皿には、聖害病を受けた人々の血を含んだ分銅を置け」
「分銅、乗り切るのか?」
あの時と同じように、天秤の皿に大量の分銅が置かれる。
だが前回と違うのは分銅が皿に乗り切らないほど、患者によって作られた石が集められてることだった。
「いやよ、離しなさい! 裏切り者!」
「暴れるな!」
勇者の剣に貫かれた女は、力のない体でなおも天秤に乗るまいと抵抗する。
その姿は無様で、滑稽で、けれど助けたいとは微塵も思わない。
「エスター、俺がやるか?」
「いや、俺がやる。ずっと許せなかったんだ」
聖女を引きずるエスターの目に浮かぶのは怯えでも恐怖でもなく、見たこともない激しい怒りだけ。
彼が他者をこんなに乱雑に扱うところを、私は初めて見た。
そして裁きは下され、天秤の皿はカルティを乱暴に持ち上げる。
「天秤、完全に分銅の方に傾いてるね」
「結果は出た、これにて断罪を行う」
レタリエが天秤に掛かった魔法を起動して、魔法陣を展開させる。
天秤はかたかたと動き出し、あっという間にその姿を変貌させた。
「天秤が処刑台に変わったぞ!」
(正確には、扉に刃がついた何かだな)
前世でいうギロチンのような何かが、処刑場の真ん中に現れる。
それは元々用意されていたものを潰して、自らこそ正当な審判者だと主張せんばかりに存在感を放っていた。
「なによこれ、誰の魔法よ!? 私に枷をつけるなんて!」
「世界を守る天秤の魔法だ、誰のものでもない」
いつの間にかカルティの腕にも、ギロチンと同じ素材で作られた拘束具がつけられていた。
更に拘束具には鎖が繋がっていて、少し身じろぎをするだけで重たい金属音をかき立てている。
そして鎖の先は、聖女を断罪するための処刑台へとつながっていた。
「お前はこの世界に不要と、いや、害を成す者と判定された。よって、この世界からの追放刑に処す」
「いやあああああああ! お願い、誰か助けて!」
鎖が処刑台に巻き取られ始め、カルティが少しずつ引きずられていく。
彼女は何とか抵抗しようとしているようだが、エスターによってつけられた傷が思ったよりも深く、うまく体が動かせないでいた。
「ヘテラ、お願い助けて! 謝るから、許すから!」
「ここに来て許すってのが、反省してない証拠だろうな」
必死の形相で叫ぶカルティの姿を見ても胸は痛まず、ようやく終わるのかという実感の方が湧いてくる。
随分薄情になったものだと自嘲しながら、私は彼女の最期を見つめていた。
「まあ反省してても、許さないが」
その段階は、とうに過ぎてしまっている。
今更彼女を救おうという気持ちは、誰にも残されていなかった。
「どうして私ばっかり! 私はただ、普通に愛されたかったのに!」
「もうダメだよ、カルティ」
涙ながらに訴える彼女に唯一悲しげな目をしていたのは、カルティを支え続けたコンヴェルトだった。
コンヴェルトを見つけたカルティは安堵し、助けを求めるように彼を見る。
だがコンヴェルトから、手を差し伸べられることはなかった。
「コンヴェルト、助けて! ずっと一緒にいたじゃない!」
「でも君のことはなにひとつ分からなかったし、君も他人のことなんて分かろうとしなかっただろう」
コンヴェルトのいつも穏やかだった表情は、もう曇ってしまっている。
その代わりに、自分の力不足を嘆く悔しさが滲んでいた。
「最初から俺が言うべきだったんだ。だから今更だけど、言うよ。カルティ、君は間違っている」
「あ……」
誰になにを言われるよりも、傷ついた顔をしたカルティが言葉を失う。
自分がどんな罪を犯したのか、やっと気づいたのかもしれない。
けれど、もう遅い。
手遅れになってしまった。
だから聖女は、自覚をもって全てを壊すことにした。
「やっぱり、私には誰も味方してくれないのね。じゃあ全て、壊れなさい!」
「伏せて、魔王の破壊魔法だ!」
処刑台の間近で、カルティが紋章に魔力を通す。
すると彼女が今まで溜め込んだ魔力は解放され、処刑場は轟音と砂埃に包まれていった。
(まずい、今の衝撃で離れた場所に吹き飛ばされた!)
視界を遮る砂埃は、すぐに晴れた。
だが、同時に今の爆風でフォルド達が私から離れた場所に飛ばされてしまったことを知る。
カルティの近くに残されたのは、エスターと私だけ。
「ヘテラ!」
そしてカルティの視線は私の方を向き、憎悪に染まった瞳が向けられた。
それを遮るようにエスターが私に覆いかぶさるが、その程度で彼女から逃れられるわけがない。
「お前も死になさい!」
「う、あ」
エスターを通した衝撃が私を揺らし、こぼれ出した声が事態を知らせる。
私の上から崩れ落ちたエスター越しに見えたのは、血に濡れた短剣を握るカルティだった。




