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09-03 魔女は復讐を完遂する

 カルティは慌てて手を振り回して火を消そうとしているが、紋章の変化が止まる気配はない。

 彼女が身に着けていた聖女の象徴が、全て崩れ落ちていく。


 そしてここにはいないはずの、紋章の持ち手となるはずだった少年の声が高らかに響いた。


「魔王の紋章はね、今代最も罪を犯した者に現れるんだってさ」


 最もその紋章を欲していた少年がどこか羨むように、変質していく聖女を見つめている。

 けれどその視線には憐れみなどは一切なく、ただ純粋な蔑みを瞳に浮かべていた。


「お前、なんで生きていたのよ! 致死量の血を流したでしょう!?」

「エスター君とレタリエが、血に代わる薬を作って補ってくれたんだよ」


 あの時のイノスは、確かに死に至る量の血を失っていた。

 聖女の杖が宝石を実らせたのは、間違いではない。


(けれど、ないものは補填すればいい)


 魔法は万能ではないが、できることだって多い。

 まして回復に精通する二人がいるのだ、あっという間に彼は回復した。

 私もそれは、一度安寧の家に帰ってから知ったことだったが。


「余計なことを……!」

「化けの皮が剥がれたね。しかも魔王の紋章に選ばれるなんて」


 イノスが、黒ずんだ魔力に彩られる紋章を見て笑う。

 彼がどんなに欲しても手に入らなかったものは、よりによって人間の希望に現れた。


「魔王の紋章の発現条件はね、大罪を犯すことだったんだ。やっぱり君は、僕なんかよりよっぽど魔王の才能があったんだね」

「嬉しくないわよ、そんなこと言われても!」


 今までの悪行もあるだろうが、多数の人間に渡る薬を害したことが引き金になったのだろう。

 魔王の名を冠した罪の印は、今代で一番の悪役を選定する。


「どいつもこいつも邪魔ばっかして! もういい、私が戦うわ!」

「やっと降りてきたか、遅いぞ」


 焼け焦げたドレスを着て、隠すことなく殺意をさらけ出した女がようやく処刑場に降りてくる。

 この世界に聖女はいない、いるのは世界を恨む魔女が二人。


「お前のことは、最初から嫌いだったわ」

「奇遇だな、私もだ。だがなにが気に食わなかったんだ、私はお前に全て奪われていたのに」


 これは私が昔から、ずっと考えていた疑問だった。

 幼馴染を奪い、同級生に忌避させ、それでもなお止まらなかった理由はなんだったのか。


(私は自殺と、殺人にまで手を染めたのに)


 前世での最後の出来事は、確かに私が起こした殺人だ。

 直接カルティを屋上から突き落としたわけじゃない、でも落ちるように誘導した。


(けれどカルティはそれから恨み始めたんじゃない。それよりもずっと前から、私を恨んでいるといっていた)


 そこに、私達の齟齬がある。

 なぜ私は、カルティから恨まれなければならなかったのか。


(彼女が私をそこまで嫌ったのか分からない以上、もう直接聞くしかない)


 最も簡単で、ずっと行わなかった手段。

 けれどいざ実行してみれば、信じられないくらいちっぽけな答えが返ってきた。


「でもお前はあらゆる人に愛されてたじゃない、私はそうじゃないわ!」


 その正体は多分、ただの逆恨みだった。

 カルティにとって手に入らない幸せを、たまたま私が手にしていただけ。

 でもそれが彼女の心に影を落とし、全てを滅ぼす魔女へと変貌させた。


「私はずっと親が転勤続きで仲のいい友達もいなかったし、その親も仲が悪かった! だから私だけの、私だけ好きになってくれる人がほしかった!」


 ならばその寂しさを埋めるために、もっと優しくしてやればよかったのか?

 そう言いかけて、口をつぐむ。

 いや、そうしてズタズタになったのがコンヴェルトだ。


「だからコンヴェルトを奪って、お前を嫌ったの! なのにお前は平気な顔で、他の人と仲良くしてた!」

(私、やっぱり平気に見えてたのか。諦めてただけなのに)


 自分としては常に精神がすり減っていたけれど、誰にもそうは見えなかったらしい。

 でもそれは仕方がないだろう、私は徐々にそれを隠すのが上手くなったんだから。

 そうして愛着を手放していなければ、苦しいままだったのだから。


「手に入れたはずのコンヴェルトはずっとお前のことを考えてるし、取り込んだ人間はすぐ私から離れていく! 残ったのは、私を利用しようとする人ばかり!」


 どうすれば良かったのか、未だにわからない。

 けれどただ一つ分かるのは、誰にもカルティを助けられないということ。

 陳腐な言い方だが、カルティが変わらなければ誰も救うことはできない。


「異世界に来たら、全てが変わってうまくいくと思っていた! なのに、何も変わらなかったわ!」


 結局のところ、私達は大して変わらない。

 力を得ても、人とのつながりを得ても、やっていることは互いに無様な泥仕合。

 だから違いは、些細なことの積み重ね。


「私の周りは、聖女として利用しようとする人だけ! それに対してお前は、色んな人に愛された!」

「私が魔女として迫害されてたのを忘れてないか?」


 エスターとフォルドが救ってくれたのは確かだが、だからといって迫害がチャラになるわけではない。

 迫害がなければ二人には合えなかった、でもそれで迫害があって良かったとは到底言えない。


「でも最後は、助けられたじゃない!」


 断末魔のような、子供の駄々のような、区別のつかない叫びが処刑場に響き渡る。

 カルティが感情的になることは多々あったが、ここまで何かを訴える姿を見るのは初めてだ。


「だから私はお前の持つ、全てを奪う権利があるわ! いいじゃない、奪っても! どうせまた手に入れられるんだから!」

(あぁ、そういうことか)


 長い問答の末に、ようやく私は答えが得られた。

 カルティが私から何度も執拗に人を奪い続けたその理由。

 これはきっと、私でなくても起こっていた事件だった。


「やっと分かった。そう思っているから、全てがダメだったんだろうな」

「なんですって?」


 聞き返すカルティには、本当に自覚がないのだろう。

 だからこそ、ここまで他者を巻き込んでしまったのだろうけど。


「お前が救いを自覚せず、捨てていた理由が分かった。いい人間関係が、勝手に出来上がっていくものだと思っているだろ」


 しかも即席で。

 だから他人のものを奪っては、捨てていく。


「偉そうに、許さないわ!」

「今だ、エスター」


 カルティが完全に我を忘れて、どす黒い魔力を片手に向かってくる。

 けれど、この時を私達は待っていた。


「魔王なら、勇者の相手だな」


 武器を持ち慣れていない美しい手が、ぎこちなくも剣を振るう。

 それは横薙ぎに、黒い紋章ごとカルティを引き裂いた。


「きゃあああああああああああああ!」


 耳をつんざく、若い女が害された声。

 けれどその声に、誰も同情しない。


「うそ、傷跡が治らない! なんでよ!?」

「勇者の紋章は、持つ武器全てに魔王特攻を付与する」


 剣を携えたエスターが、ゆっくりと私の前に出る。

 そしてその体には、失われていたはずの勇者の紋章が顕現していた。


「勇者の紋章がつけた魔王への傷跡は、治らないんだ」

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