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09-02 魔女は復讐を完遂する

「ぐ、あああああああぁぁああああああぁあああああ!」

「魔力が、魔力が消えていく! なぜだ!? 新しい毒など身に受けていないのに!」


 信徒たちが先ほどよりも遥かに大きい悲鳴を上げながら、もがき苦しむ。

 私はそんな彼らを眺めながら、にやりと口角を上げて喋りだす。


「毒が一種類だなんて、誰が言った? さっきの毒に麻痺だけでなく、魔力喰らいの毒も混ぜたんだよ」

「じゃあなんで一緒に発症しなかったのよ! 聖水を飲む前なら大した魔力もないんだから、ダメージも少なかったのに!」


 カルティが負け惜しみのように叫んでいるが、疑問自体は正しい。

 そして今発症させた毒は、遅効性ではない。


「魔女の紋章は、毒に関する力を与える。そのうちの一つが、発症時間の操作だ」


 私が発動させた魔女の紋章は、毒に対する様々な操作を可能とさせる。

 その一つが発症時間操作で、即刻毒を効かせることもできれば、発動させずに終わらせることもできる。


「ちなみに高度な毒の複合調合も可能とする、だから今の毒以外も私の一存で発症するぞ。……しかしカルティ、お前だって似たような力を持っているはずだ」


 私の言葉に、カルティは目を見開く。

 やはり自分の能力であるにも関わらず、彼女はそこまで行きついてなかったようだ。


「知らないわよ、そんなの! また狡いことをしたのね!」

「違う、お前がサボっていただけだ」


 この能力は最初からあるわけではないが、普通に努力していれば手に入るものだった。

 現に過去の聖女のほとんどが、薬効時間の制御と複合調合が可能であると本に書き残されている。


「聖女と魔女の紋章は姉妹紋章だ。癒しか病かの違いはあれど、基本は同じ」


 見られ方の問題があったとはいえ、実は紋章保持者としての私達のスタートラインは同じだった。

 だからこうも差がついたのは、どれだけ生き汚く足掻いていたかの差でしかない。


「私がどれだけ悪意の相手をしてきたと思ってる? お前を倒すために、どれだけ心血を注いできたと思っている?」


 煮えくり返る憎悪を再確認しながら、私は聖女を指さす。

 信徒は先ほど使い潰された、彼女を守る人間はもういない。



「だから、そこから降りてこいカルティ。私が相手をしてやる」



 唯一最初から持っていた感情と共に、私はカルティへと再び宣戦布告を行った。

 だが処刑場の最上階にいるカルティは、なおも降りてこようとはしない。


「私がお前と同じ場所まで降りる必要なんてないわ! これを見なさい!」

「……? 教会が作ってる薬の貯蔵槽だろ」


 カルティが指し示す先にあるのは、大きな試験管のような貯蔵槽だった。

 教会は薬の作成を制限する代わりに、癒しの一族に品質の安定した薬を作成させてそこに保管している。

 教会が支配するこの街においては、なにも珍しいことなどない。

 けれどカルティは、更にその内部で輝くなにかを指し示していた。


「じゃあ、その上にあるのは?」

「なるほど。聖水で、貯蔵槽を汚そうって魂胆か」


 事前にふたが開けられた貯蔵槽には、聖水が入った瓶がいくつも浮かんでいる。

 つまり自らの作り出した薬が毒だと開き直った聖女は、正しい薬を汚染してやると脅すことにしたらしい。

 だがこうなると被害を被るのは、私ではない。


「聖女様、なぜです!? なぜ魔女のような真似をするのですか!? このままでは、我らの権威が」


 倒れながらも様子を見守っていた教会の連中が驚き、聖女に縋りつく。

 これ以上聖女の矛先が自分たちに向くとは、思いもしなかったのだろう。

 けれどこの女は、役に立たないと判断したものに対してどこまでも冷徹だ。


「私を侮辱するのも大概にしなさい。これは天罰でもあるのよ、私の役に立たなかったお前達のね。恨むなら自分達の非力を恨みなさい」


 聖女に慈悲はなく、あるのは責任転嫁と八つ当たりの感情だけだ。


「使えない道具に、用はないわ」


 理由はどうであれ、信じていた人たちが捨てられていく。

 瓶が割れる音と共に、薬は美しく穢されていった。


 けれどあまりのことに言葉すら失った民に対して、聖女は優しく語りかける。


「でも見にきた民の皆様まで、被害を受けるのは本望ではないの。だから私に忠誠を誓うなら、どんな病だって私が紋章で治してあげるわ!」


 自ら薬をダメにしたというのに、とんでもない言い草だ。

 その笑み自体はまさしく聖女そのものと言える慈愛に満ちたもので、思わず私は舌打ちしてしまう。

 けれど民衆が聖女に縋る前に、貯蔵槽の影から一人の男が現れた。


「従う必要はありませんよ、皆さん」


 現れた男に、カルティの顔が引きつる。

 彼は過去に自分の身を賭して、聖女に一矢報いた男だ。

 もしかしたらトラウマになっているのかもしれない。


「お前、この間の領主か!」

「ご無沙汰しております」


 丁寧に一礼した彼は、変異した村で出会った青年だ。

 村での騒動後も私の薬を服用し続けたので、今や健康体と言っていい状態になっている。

 下手をすると本人の行動力とも相まって、常人よりも元気に見えるときすらあった。


「ヘテラさん、じゃあ浄化しますね」

「あぁ、頼んだ」


 そんな領主はカルティを無視して、私に話し掛ける。

 それに私が応えると、領主は自身に付与されている水の紋章を起動させた。


「薬の色が戻っていく……」

「今度はどんなズルをしたのよ!」


 貯蔵槽の薬を汚染していた妙な輝きは鳴りを潜め、元の状態へと戻っていく。

 それを見て怒り狂いだしたカルティに対して、領主は自慢げな表情を浮かべながら口を開いた。


「魔女であるヘテラさんの毒を混ぜ込んだ水を、私の紋章操って薬の質を戻しました」

「お前が村を聖害で壊した時の対処法を、そのまま行っているんだ」


 聖女の要素を殺す偽薬を作った、あの村での経験が役に立った。

 聖水の改良をしたと聞いた時には対策を練られているかと冷や汗が出たものの、それは杞憂だった。

 でも、それでいい。


「お前がなにかしらの犠牲を強いてくるのは見えてたからな。先に思いつく対処を考えて、先手を打っておいた。案の定だったな」

「魔女風情が……!」


 そう呻くカルティを、もう誰も庇わない。

 今回彼女は、ついに民衆にまで害を加えてしまったから。


(今代聖女を信じている者は、本当にもう誰もいなくなった)


 あとは可能な限り、聖女としての信憑性を叩き落としてやるだけだ。


「そもそもカルティ、お前に聖害が治せるのか?」

「治せるわよ。馬鹿にするのも大概に、…………ぎゃあ!」


 反論しようとしたカルティの服が、突如燃え上がる。

 流石に驚いて私もその様子を見守るが、燃えているように見えたのは炎ではなく紋章だった。


(なんだ、あれ)

「熱い、痛い、なんなのよ!?」


 焼け焦げた服の隙間から見えた聖女の紋章が黒ずんで、形を変えていく。

 羽の生えた神々しいそれは、禍々しい角の生えた黒い王冠へと、完全に変化する。

 そして誰ともなく、呟いた。


「あれは、魔王の紋章か?」

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