09-01 魔女は復讐を完遂する
聖女の名の下に、魔女の処刑が決定したと末端の街にまで教会が告げる。
そして審判の日、私は人々の待つ処刑台へと自ら登った。
「皆様。お集まりいただき、感謝いたしますわ」
この国において絶対の存在となった聖女が、教会を代表して宣言する。
周りには予想通り多くの市民が集まり、離れた場所で貴族も様子をうかがっていた。
「本日行うのは稀代の悪女にして魔女、ヘテラの処刑を行う為です。邪悪の一端がなくなることをお伝えすべく、儀式を公開いたしました」
だが大衆の前に晒されることは想定内だし、別にやることは変わらない。
私が行うのは、あくまで復讐だ。
「しかしせっかく牢屋から逃げ出したというのに、戻ってくるなんて殊勝なことね。ヘテラ」
「取り逃がして、狼狽していたくせによく言うな。カルティ」
中央に設置された処刑台に腰掛け、私はカルティとの会話に興じる。
無能な聖女派閥は当日まで私を捕まえられず、しかも最後はこちらから乗り込んできてやった。
なので拘束具などはつけられておらず、私は自由に会話できている。
そしてカルティはいとも簡単に、私の挑発に乗ってくれた。
「なんですって?」
「図星か? カマを掛けただけだったんだが」
煽るように言ってやれば、カルティは嵌められたことに気づいて悔しげに表情を歪める。
そんな彼女を見ていると、何とも言えない愉快さが湧き上がってきた。
けれど今日は、コイツを笑いに来たんじゃない。
私は、決着をつけにきたんだ。
「この女……!」
「私は前世でずっと、お前を見ない振りをしていた。それが一番いいと思っていたから」
だがそれも、もう昔の話だ。
私の内面はずいぶんと変わっていたし、カルティだってもう少女とは言えない年齢に達している。
それでも私たちの関係は変わらず、お互いに譲れないものを持っていて。
だから、決別の時が訪れた。
「けれどもう、それも終わりだ。お前に復讐して、もうなにも壊せないようにしてやる」
「それは違うわ、みんな勝手に壊れたのよ。私は私の目的のために、頑張っただけよ」
私の宣言を聞いても自分は悪くないと、カルティは頑なに主張する。
確かに彼女は本当に、彼女なりに頑張ってきたのかもしれない。
だからなぜこんなことを言われているのか、本気で分からないのかもしれない。
けれどそうだとしても、私はもう止まらない。
彼女の被害は、私だけのものではなくなってしまったから。
「魔王を惨たらしく杖で突き刺して、従った人間を使い潰すのが、純粋な努力だっていうつもりか」
「そうよ。だってそうしなきゃ、欲しいものが手に入らないんだもの」
人間関係の座、聖女の座、愛される自分を作る為の構成素材。
それを欲すること自体は、悪いことではない。
けれど無理やり手に入れた代償として、カルティは手に入れたものを自ら壊している。
自分でも気づけないまま、最後は残骸しか残らなかった。
「でも全部、使い物にならなかったの。どうしてかしら、お前の近くにある時はちゃんと動くのに」
「ならやり方が悪いってことだよ」
自分の都合の良い様に相手を操ろうとするけれど、彼女はそれを持続させられない。
せめてもっとうまく立ち回れたなら、少しはこの結末を回避できていたはずだ。
けれどそれすらできないほど自分の為だけに生きてきたカルティは、もう手遅れだった。
「あの日の続きだ、カルティ」
そういうと、ようやくこの時が来たんだと私は目を見開く。
そして今まで使うことのなかった、魔女の紋章を発動させた。
「魔女の、髪が伸びた?」
「紋章の力を解放した影響か」
初めて自発的に魔力を通された魔女の紋章は、私に力を与える。
髪を長く伸ばし、爪を伸ばし、人とは違う何かへと私の外見を変貌させていく。
それを見た人々は恐れながら後ずさるが、私の本質はなにも変わってなんかいない。
「魔女を処刑しなさい! もう断頭台もいらないわ、即刻処分よ!」
「まだ聖女についている人間がいるのか、馬鹿だな」
変わり出した私の姿を見て、カルティが教会の信徒に指示を出す。
すると彼らは、処刑台を取り囲むようにして近づいてきた。
「我らは聖女様に力を与えられた、選ばれしものだ! 魔女など恐るに足りぬ!」
「なら、コイツも効かないんだろうな!」
そんな彼らの目の前で、私は小瓶をつかんだ右手を地面に振り下ろす。
大地へ叩き詰められた瓶が、粉々に砕け散った。
「毒薬を地面に投げつけて、割っただと」
「はっ、おおかた投げ損ねたのだろうよ!」
身構えていた信徒たちは大声で笑っているが、そのせいで体内に空気を大量に吸い込んでいる。
だから彼らは、なにも私への対策を立ててこなかったことが分かった。
これは私が最も使う攻撃手段だというのに、それすら理解できない。
「しかも中身が入っていないじゃないか!」
「瓶まで選び間違えたのか、はははははははははは、うっ……!」
中身のない小瓶を投げつけたことを指摘され、これ見よがしに吹き出す者が出てくる。
だが、それで終わりではない。
次の瞬間には、信徒たちが血液交じりの泡を吹きながら膝をついていく。
「なによ、なにをしたの……!?」
「この毒薬は気体で、信徒達はそれを吸い込んだんだよ。体を麻痺させる毒を調合してな!」
私は地面へと沈んでいく信徒たちの姿を見ながら、カルティに向かって声を上げる。
少しずつ用意していた切り札で、私は一歩ずつ連中を追い詰めていく。
「ぐ、ぅう……!」
「せ、聖女さま、たすけ……!」
カルティの近くにいた信者たちが、彼女に助けを呼ぶ。
だが長く一緒にいた幼馴染すら切り捨てる女が、ただの取り巻きなど助けるわけがない。
「おい聖女様、与えた力が足りないってよ」
「そいつら自身の力が足りないのよ! お前達、聖水を飲みなさい!」
案の定カルティは、信徒を見捨てた。
まともな解毒もせず、苦しむ彼らに向かってすぐさま次の指示を出す。
「それを飲ませたところで、聖害病が起こるだけじゃないのか」
「うまく調整すれば、服用者の強化ができるのよ。お前の毒薬だって、薬と表裏一体でしょう」
聖害を引き起こすこと自体は否定されず、けれど信徒はそれを聞きながらも聖水を飲み干す。
そして予想通りに、彼らは化け物へと姿を変えた。
「きゃあああああああああああ!」
「変異患者だ、逃げろ!」
さすがに完全な獣のような有様では、使い物にならないと判断して手を加えたらしい。
魔物と一目で分かりはするが、変異した信徒は人の形を保っている。
だがその分、俊敏性などは落ちているように感じた。
(攻撃に特化した奇形が多いな、なら起動する毒はこれでいい)
信徒の牙がこちらに届く前に、私は再び魔女の紋章を発動する。
すると信徒たちは、今度こそ地面へと崩れ落ちた。




