08-10 希望は眠る、復讐が目を覚ます
牢屋から脱出した私たちは、人々が逃げ惑う都市の中を駆け回る。
さすが教会がある場所で、今まで見たどの場所よりも繁栄していた。
(魔族の侵攻で混乱しているな)
この混乱では、誰も私たちを見咎めるようなことはない。
みんなそれどころではなく、家財を持てるだけ持って街の門に目掛けて走っている。
「これからどこに行くんだ」
「正直、ちゃんとは考えてない」
私たちは逃げ惑う人々に対して逆走し、空になった街の隙間に潜伏する。
本来いるはずのごろつきなどの類も、今はもぬけの殻だ。
「助けに来たんじゃないのか」
「半分嘘だよ、本当は誘拐も兼ねてるから」
ここに来てコンヴェルトが、悪びれもせずにそう答えた。
どうやら純粋な人助けで、私を解放したわけではないらしい。
「なんの為に? やっぱりまだカルティと繋がっているのか」
「違う違う、謝る為だよ!」
懐に残っていた毒薬を手に持ち、コンヴェルトから距離を取る。
だが彼が慌てながら両手を上げて、加害の意図はないと主張した。
「召喚の時に庇えなかった事、本当に後悔してるんだ。だから、謝りたくて」
「それを今更謝られても、どうしようもないんだが」
あの時のことはもう忘れたいし、そもそも私は彼を恨んでいない。
恨んでいるのはカルティと聖女派閥の奴らで、コイツが全力で声を上げてくれたのは覚えてるから。
けれどそれを説明しても、コンヴェルトは納得しない。
「それでも罪滅ぼしをしたかったんだ。それにカルティに追い出された俺を助けてくれただろ、あれが嬉しかったんだ。だからその分、ヘテラに返したい」
そういいながらコンヴェルトは、私を段差の上に座らせる。
そして自分は跪いて、回復薬を使った怪我の治療を私に施していった。
「これ以上、傷はないか? 治せるから、遠慮なく言えよ」
「あぁ、大丈夫だ」
そう言いながら私は、普段は見えないコンヴェルトのつむじを眺める。
立っているときは身長的に気づかなかったが、染められた金髪が少しずつ地毛の黒に戻り始めていた。
「髪、黒に戻ってきてるな」
「前はカルティに言われて染めていただけだよ、もう染めない」
コンヴェルトの髪に、そっと触れてみる。
座っている彼の身長は小さく見えて、少しだけ昔のコンヴェルトを幻視してしまった。
「私はこっちの方が好きだ、昔みたいで」
「俺も。正直、金髪が似合ってたと思えないんだ」
コンヴェルトが、髪を弄る私を見て小さく笑い声をあげる。
確かに彼は、昔のような地味な見た目の方が似合っていた。
「しかし私の世話以上に、自分の世話を焼いた方がいいんじゃないのか。頬がこけてるぞ」
(幼馴染だから甘えてしまうな、もう随分まともに話してないのに)
助けてもらってると言うのに、どうしても感謝の言葉が出てこない。
素直になれず、つい憎まれ口を叩いてしまう。
けれどそんな言葉も、コンヴェルトには通じなかった。
「俺は大丈夫だよ。カルティから離れてから、精神的にも楽になったし」
(目の隈も隠せてないのに、良く言う。それだけ回復に時間がかかるということか)
私の治療が終わったのか、コンヴェルトが立ち上がって伸びをする。
それからしばらく食事を取っていなかった私に、携帯食を取り出して少しでも食べるように促した。
「最後に一緒に遊んだのは、海に行った時だっけ。ヘテラはもう覚えてないかもだけど」
(前世の話か)
差し出された携帯食料を齧りながら、私はコンヴェルトの話を聞いている。
どうやら彼は、私と過ごした日々を忘れていなかったようだ。
「覚えてる、孤立して自殺しようとしてた時だから。お前がいたからできなかったけど」
「は?」
私の一言に、コンヴェルトが固まる。
けれどそんなに驚くことでもないだろう、彼は私の前世を知っているのだから。
「まさか、自殺未遂を何回も」
「してない、そのまま踏ん切りがつかずに生きてきたから。転移前のあれが最後だ」
前世の最終日は私がきちんと自殺できた日で、海に行った日は初めて自殺を試みた日だった。
けれどコンヴェルトにとってはよほど衝撃だったらしく、心配そうな表情でこちらを見つめている。
「そんなこと、知らなかった。あの日はたまたまヘテラを見かけて、ついていっただけだったから」
「言ってないからな、誰にも」
あの日の真実は、今の今までずっと胸の奥にしまっていた。
言ったところで助けてもらえるわけでもないし、知られれば余計な干渉が増えるだけだったから。
けれどこうして話してしまうのは、私が最後まで助けてほしかった幼馴染だからだろう。
「やっぱり、思いつめてたのか。ヘテラは一人でも大丈夫だと思ってたけど」
「誰も助けてくれないから、言わなかっただけだ。届かない悲鳴に意味はない」
けれど前世の私の声なんて、誰一人として聞いてくれなかった。
それがとても悔しくて、だから私は自分で自分を楽にしたかった。
その手段が、自殺だっただけだ。
「その結果が学校の屋上で起こした、カルティの目の前での飛び降り自殺だ。カルティも、止めようとしたお前も、まとめて落ちたけど」
それが異世界転生を起こすきっかけになった、前世最後の日の出来事だ。
それ以上でも、それ以下でもない。
「遺書をちらつかせて落ちたから、カルティも必死だったな。まぁその罰として、私は魔女に落とされたわけだが」
私が殺人者でないと否定できないのは、それが理由だ。
コンヴェルトはともかく、私は明確にカルティを道連れにしようとした。
「でも後悔はしていない。やり返せず死ぬくらいなら地獄から這い上がることを選ぶし、実際そうした」
転生する前もした後も、私の根本は変わっていない。
私の死に場所と、復讐するタイミングが変わっただけだ。
「けれど、もういい。自分だけ傷つくならまだしも、これ以上他人を巻き込めない」
未練がないわけじゃない。
これだけ好き勝手されたのに黙って引き下がるのは、はらわたが煮え繰り返る思いだ。
でもその報いを、エスターたちを犠牲にしてまで行う気はなかった。
「じゃあ、このまま一緒に逃げようよ。聖女も魔女も関係ない場所を探して、世界の滅びは見届ければいい」




