08-09 希望は眠る、復讐が目を覚ます
「処刑まで、ここで大人しくしていろ!」
「っ」
連れて行かれた場所は、教会内に隠された牢屋だった。
これまでも教会が気に入らなかった奴が、放りこまれていたのだろう。
「お前には衰弱の呪いを掛けた、ここから出られると思うなよ!」
私を牢屋に入れた男の言う通り、ずっと体が重かった。
魔力切れとはまた違う症状で、確かに体調は良くない。
(体が重い。これじゃあ毒薬を作るどころか、部屋の中を見るのも辛いな。もう抵抗する気力もないから、どうでもいいが)
幸い痛みはなく、あくまで私がここから逃げ出さない為の処置だ。
だがここから逃げ出す気はないので、嵌っているだけの首輪にすぎない。
(エスター達は、無事だろうか。脅しはちゃんと効いただろうか)
それを確認することもできず、私は牢屋の床に横たわるしかない。
けれど人間は自分達に降りかかってくる厄災に酷く怯える、それを考えれば簡単に反故はできないだろう。
(異世界に来てから良くしてくれた人はみんな、私が原因で傷つけられた。だからきっともう誰にも会えない。けれど、それでいい)
心の中で何度も呟き、自分に言い聞かせる。
水すら与えられない唇が、少しづつ乾いていく。
(カルティの目的が私を殺す事なら、もう誰も傷つかないだろう)
呪いがかかったままの状態で数日か過ごすと、いよいよ体の調子が本格的に悪くなってきた。
自力でなにもできず、地下室にいた頃を思い出す。
そしてふいに聞こえてきた音まで、同じだった。
(……外が騒がしいな)
遠くで誰かの声が聞こえたが、耳鳴りのせいで内容までは分からない。
ただ必死に叫ぶ声は、周りに何かを伝えているらしい。
「魔族が攻めてきたぞ! 戦えるものは外に集まれ!」」
(魔王の弔い合戦か、まぁ当然だな)
近づいてきた音が、ようやく耳に意味がある音として届く。
しかしその内容は、まぁ予想できたものだった。
(カルティは、それも折り込み済だったのだろうか)
正直カルティが、そんなこと考えているとは思えなかったが。
彼女は昔から勢いで動く事が多いから、後で不都合が出てくることが多い。
(私は魔女だから、魔族に助けられるのだろうか。それとも魔王を守れなかったと殺されるのだろうか)
助けられるのであれば、拒否したかった。
私が生きるのを望む度に、悪いことが起きるから。
(でもエスターは、泣くかもしれないな)
私がここに連れて来られるまでも、泣く寸前だった。
だから私の訃報を聞いた日には、彼の目元は腫れてしまうだろう。
(それを嬉しいと思うのは、やっぱり性格が悪いんだろうな)
エスターが強く私を思っているということは、私にとっての慰めだった。
理由なんて分かりきっている、けれどそれを伝える気はなかった。
(エスターには、まともに幸せになってほしい)
彼が今まで関わる人間はとても限られていた、けれどこれからはそうじゃない。
エスターは明るくて優しい子だし、寄り添う女性も現れるだろう。
その未来を思うだけで、ほんの少しだけ胸に痛みと安堵が広がった。
けれどそんなことを考えているうちに、いつの間にか呼び回っている声が変わっていることに気づいた。
「——テラ、ヘテラ! どこだ!?」
(聞き覚えのある声だ。けど、誰だ? 頭がぼんやりして、分からない)
エスターに似ているが、どうも違う気がした。
視界はぼやけ、思考にも霞がかかって、判別ができない。
けれど意識を手放すより先に、音が私の牢屋の前で立ち止まる。
「ヘテラ、そこか!」
「……コン、ヴェルト?」
牢屋の前に立っていたのは、私の幼馴染だった。
久々に見たが、前よりは健康的な生活を送っているのだろう。
血色が良くなっているような気がする。
「あぁ、今そこから出してやるからな」
「いい、もう助かりたくないんだ」
彼がここまで来てくれた理由は分かるが、それでも私は首を横に振った。
こんなことをしても誰の得にもならないし、逆に彼を危険に巻き込むだけだ。
牢屋の鍵を手にした彼は一瞬固まり、けれどすぐに鍵穴に鍵を差し込んだ。
「私が生きたいと思ったから、イノスが死んだ。エスターも、フォルドも傷ついた」
「……イノス、死んじゃったのか」
(そうか。コンヴェルトとイノスは親交があったんだった)
イノスの死が確定したわけじゃないが、カルティは採取した魔王の血が致死量だと言っていた。
魔法がある世界だといっても、万能ではない。
それをよく、私は知っていた。
「私のせいだ」
「それは違う。イノスを殺したのはカルティだし、逃げた俺も悪い」
以前とは違う、強い口調でコンヴェルトは断言した。
私が驚いていると牢屋の扉が開けられて、コンヴェルトが中に入ってくる。
「昔からずっと近くにいたのに、止められなかった。それこそ小さい時から一緒にいたのに」
「年齢と住んでる場所が近いから、一緒にいただけだろう。友達と言えるかすら、怪しかったじゃないか」
私を助け起こしながら昔話をするコンヴェルトに、思わず反論してしまう。
確かに私たちは幼馴染だ、けれどそれは本当に幼かった頃だけの話でもある。
(そもそも私は早い段階から疎外されて、最近の二人の仲は知らない)
それ以外で知っているのは、学園に通っていたイノスから聞いていた話と村での騒動以降に見たものだけだ。
だから前世のコンヴェルトは、カルティと常に一緒にいると言うことくらいしか知らなかった。
「俺、本当は二人に仲直りしてほしかったんだよ。最初はみんなで遊んでたじゃん」
「一瞬だけな」
コンヴェルトが少し寂しげに言うのを、つい冷たく切り捨ててしまう。
しかしこれは仕方ないと思う、あの頃の記憶は私にとって良いものじゃない。
けれどそんな私の態度にも、コンヴェルトは静かに同意するだけだった。
「うん、いつかはまた元に戻れると思ってた。でもさすがに、もう無理なことには気づいてる」
ここに来てコンヴェルトは、ようやく私とカルティの関係が戻ることはないと理解したらしい。
それが分かった瞬間、ふと思考がはっきりしていくのを感じた。
「全て救おうなんて、無理な夢だった。だからヘテラを助けにきた」
(……体が、軽くなっていく)
コンヴェルトが、何かしらの魔法を私に掛けているらしい。
そしてその魔法のお陰か、先ほどまでぼやけていた五感が鮮明になっていった。
「回復魔法を掛けた。ちょっとは楽になった?」
「解呪魔法じゃなくて、回復魔法なのか。私は呪いの魔法を掛けられてたんだが」
確かに体調は戻ったものの、コンヴェルトの言葉に引っ掛かりを覚えて尋ねてみた。
何かを治すときは、原因によって解決方法が異なる。
(私とエスターで、できることが違うのと一緒だ。だからきちんと治せているのに、なぜ混同しているのだろうか)
これでは、自分が何をしているのか分かっていないように見える。
そう指摘すると彼は驚いたように目を見開き、それから申し訳なさそうに眉を下げた。
「ごめん。カルティについてばかりだったから、魔法の知識が全然ないんだ。もしかしたら今のは解呪魔法かもしれない」
(コイツはそんな適当に、魔法が扱えるのか)
コンヴェルトは紋章を持っていない、だからこの魔法は純粋に彼の努力の賜物だ。
しかし本当にそうなら、彼はとんでもない天才の可能性がある。
「元気になったのなら外に行こう、見張りが戻ってくる前に」
「いや、私は出るなんて一言も」
私への回復作業が終わるなり、いきなり手を引いて走り出そうとしたコンヴェルトに抗議の声を上げる。
けれど私の抵抗を無視して、彼は強引に私を引っ張って牢屋を脱出した。
「俺にヘテラを救わせて。ずっと、心残りだったんだ」
「……分かった。でもエスターたちのところには戻らない、それは危なすぎるからな」
調子が戻った頭で考えたが、フォルドの傷は多分エスターによって治されているはずだ。
だから聖女派閥が約束を反故したとしても、フォルドがみんなを守れる確率が高い。
なのにそこへに私が戻ってしまえば、再び彼らが危険に晒されてしまう。
「うん、じゃあそれ以外の場所に行こうか。俺に任せて」
条件付きだが私が了承したことを確認して、コンヴェルトが改めて走り出す。
あまりに慌てていたのか、何度も転びかけたのがやけに記憶に残った。




