08-07 希望は眠る、復讐が目を覚ます
疲れ果てながらも、私たちは黒い城の最上階に辿り着く。
息も絶え絶えだが、それでも私達はここまで来ることができた。
「でも邪魔がなくて良かった、汚染を少しづつ浄化したのが良かったんだな」
暴走したレタリエ以上の問題は起こらず、私たちは長く続いた階段を登りきる。
そして最上階の部屋には魔力で汚染された玉座と、眠るように目を閉じた魔王の姿があった。
「やっと見つけた、イノス」
「よかった、無事みたいだな」
二人して、友人がまだ生きていてくれたことに喜ぶ。
だが本人からはまだ濃い魔力が溢れ続けていて、簡単には近づけない。
「僕を殺しに来たの?」
「違う、助けに来た」
ぱちりと目を開けたイノスの顔色は薄暗く、どこか虚ろだ。
意識はありそうだが、いつもの明るさはどこにも見当たらない。
「僕が望んでこのままになったとは思わなかった?」
それは、確かにイノスの本心なのだろう。
誰にも共有できない、世界でたった一人の魔王である彼が望まれ続けた役割。
だからこの悲惨な状態は、彼の悲願でもあったのも分かっている。
けれど私もエスターも、この状態のイノスを祝福することはできなかった。
「ヘテラちゃんには話したけど、僕は魔王として認められたかった。だからきっかけは偶然だったけど、これは僕の望む姿でもあったんだよ」
「じゃあ、私の手は取らないのか」
私は問いかけながら、エスターと共にイノスの魔力へ浄化薬を注いでいく。
少しづつ、拘束している縄を解くように。
「……ずるいなあ、その言い方は」
「知ってる。でも私はここに、イノスを助けに来たんだ」
私にとってイノスは友人だ、それは彼にとって望む結果ではないのだと思う。
けれど私が友人というくらいに、その命が知っているのに失われるのは避けたかった。
「人間を滅ぼすのは、好きにしたらいい。けれどその手段が、どうみてもイノスの自殺にしか見えなかった」
「そうだぞイノス、顔色が真っ青だ」
エスターの声でふと視線を向けると、自身の魔力に侵食されているのかと思うほどイノスの肌色が悪い。
それを見てエスターは焦り、イノスの症状を少しでも和らげられる薬を探し始めた。
「優しいね、エスター君も。だから僕は、ずっと半端なままなんだ」
慌てるエスターを眩しそうに見つめながら、イノスがぽつりと呟く。
もしかしたら彼はエスターを羨み、憧れたことがあるのかもしれない。
「魔王として役に立ちたかったことは嘘じゃない。けれど同じくらい、君たちが大好きなのも確かなんだよね」
彼は自分の感情をやっと自覚できたのか、ぽろぽろと涙を流していた。
それと同時に強い魔力が弱まり始め、彼の呪いが解ける兆しを見せる。
「僕は生まれてから、好きなものがどんどん増えていく。本当はいい事なんだろうけどさ」
「考えるのは、戻ってからでもいいだろう。レタリエの様子もおかし「レタリエに何があったの!?」」
今までぐったりとしていたイノスが、突然大きな声を上げる。
思わず驚いて肩を揺らしてしまったが、それほど彼にとっては大事なことだったようだ。
「イノスの魔力を使いすぎて、異形化したりしてる。でも聖女の魔法を使って、自分で治してもいる」
「……あ、分かった。それは初代聖女の――うあ」
エスターの話を聞いていたはずのイノスが再び倒れ込みそうになるので、慌てて支えに入った。
最初は魔力からようやくイノスを引き剥がせたので、重心を崩して倒れたのだと思っていた。
けれど私の服についた、イノスが吐いた血がそうではないと証明する。
「イノス!?」
「今回はちゃんと致命傷ね、やっと殺せたわ」
イノスの背後から姿を現したのは、逃げたはずの女だった。
追ってきていたのか、潜伏していたのか。
どちらかは分からないが、抜き身の短剣を握った元聖女がそこに立っていた。
「カルティ! またお前か!」
「大層な被害者面ね、お前のせいだというのに」
私に声を荒げられたカルティは、苛立ちを隠しきれずに顔を歪める。
だが次の瞬間にはいつも通りの笑みを浮かべ直し、イノスの血がついた短剣を満足そうに眺めた。
「ヘテラになんの原因があったっていうんだ!」
「みんなみんな、独り占めするからよ。お前にばっかり、人が集まる」
エスターが薬を取り出してイノスの治療を始めるが、それをカルティは笑いながら見ていた。
邪魔をする素振りもなく、治療が無駄に終わることを知っているかのように。
「エスター、お前のことも諦めてないわよ。絶対潰して、また私のものにしてやるわ」
「それは私が人と関わるのをやめたら、止まるものなのか」
カルティの言葉を信じるなら、行動を止める一番有効な手段は私が人に関わらないことだ。
それはエスターやフォルド、今まで関わった人々との縁を切ることに等しい。
(けれど、このままじゃずっとカルティは諦めない)
友人達を狙う理由は私を揺さぶるためでもあるのだろうが、一番の目的は私から孤立させること。
そうすれば私一人を排除することなど、取るに足らないことだと考えているのだろう。
「ヘテラ、こんな奴の言うことなんて聞く必要ない!」
「でも、私が原因なんだろう」
エスターが擁護しようとしてくれているが、ここで突っぱねたところでまた手を変えて同じことが起こるだけだ。
それならばもう折れて、エスター達に害のない方法に少しでも向かう方がいい気がしていた。
「そうね。お前が処刑されるのなら、これ以上傷つけないでやってもいいわ」
「処刑はもう撤回されただろ! それにそんなことする力は、もう聖女派閥にはないはずだ!」
カルティの言葉を聞いて、今度は私より先にエスターが反論し始める。
けれど彼女は短剣とは反対の手で握っていた、大ぶりな杖を掲げて見せた。
「これから復権するのよ、魔王の命をもってね」
その言葉でカルティ以外の、この場にいる全員の顔色が変わった。
ここにきてカルティが私ではなく、執拗にイノスを狙った理由。
こんな危ない場所にわざわざ戻ってきたわけが、全て理解できたからだ。
「聖女が魔王を倒した。それだけで私も派閥も、力を取り戻せるのよ」
「なんでそんなに聖女に固執するんだ、人を殺してまで!」
カルティのせいで起こっていく惨劇に耐えきれず、エスターが悲鳴のような声をあげる。
けれどそれを見て嬉しそうにしている彼女に、もはや言葉が通じるとは思えなかった。
しかしカルティはエスターの言葉を聞くと、少し考え込んでから口を開く。
「その女が憎いからよ、昔から」
「……昔から?」
それは、予想外の理由だった。
前々から私が目障りなんだろうとは思っていたが、憎まれているとは思わなかった。
しかも昔からと言うことは、転生前のことも含まれているはずだ。
「そうよ。お前ばっかり人に好かれて、狡いじゃない。それに私を殺したわ」
最後の言葉も、問題だった。
現にエスターも、その言葉に揺らいでいた。
「ヘテラが、カルティを殺した?」
(そういえば、エスターは知らなかったか。いや、私も意図的に隠していた)
今までずっと見えないようにしていた、私たちが転生してしまったきっかけ。
教会とは関係ない、私たちの死因。
「そうよ、知らなかったの? それが原因で、ヘテラは魔女の紋章を与えられたんだから。でしょ、ヘテラ」
「……そうだな、それは本当だ」
自白剤を飲まされたわけじゃない、けれど勝ち誇ったカルティの言葉に頷くしかなかった。
どうせ、ずっと隠し通せるものでもなかった。
けれどエスターはまだ私を信じてくれているようで、カルティではなく私を見つめていた。
「じゃあ、理由はなんなんだ。それを教えてほしい」




