08-06 希望は眠る、復讐が目を覚ます
階段を駆け上がっていくと、次々に城から魔物が生み出されていく。
しかし今度は迷いなく、先行するエスターが切り伏せていった。
「そういえば、魔物が倒せるようになったんだな」
「あぁ。聖女が破門された後に、どうしても戦えなかったのが悔しくて先生に教わったんだ」
聖女破門騒動はカルティだけではなく、人質となってしまったエスターにも深い傷を残していた。
けれど彼は自分の無力を嘆くだけでなく、ちゃんとフォルドと向き合って解決策に辿り着いている。
「でも無茶はしない、戦わなくていいならその方法を取るよ」
「その様子だと、今まで戦えなかった理由も教えてもらったんだな」
そう聞くと、エスターは走りながらも笑顔を見せる。
ようやく彼は、求めていた答えを得られたようだ。
「うん。でもまだ色々考えてるから、自分の中で答えが出たらヘテラに言うよ」
「分かった、待ってる」
そんな話をしながらも、私たちはひたすら階段を上っていく。
だが城は思いの外大きく、未だ目的の場所には到達できない。
「あと今の先生とレタリエって人、どっちが強いと思う?」
「さぁ。経験は間違いなくフォルドだろうが、魔力を存分に使える紋章の器が相手だからな」
口ではそう言うものの、それに関しては私の中で既に答えが出ていた。
(フォルドは、レタリエが私達に追いつくのを許した。それが答えだ)
だが疑問もあった、フォルドはそんなに弱かっただろうか。
確かに魔力を無制限に使える複数の紋章持ちなんて、正真正銘の化け物だ。
だがフォルドは化け物相手に何度も戦っている。
なのに今回に限って、なぜレタリエを止められないのか。
(殺したくない理由があるなら、拘束すればいい。だがそれすらしていないから、できない理由がある)
そしてエスターのことに関連して、一つ思いついたことがある。
先ほどは抜け出すために聞けなかったが、どうしても気になっていることがあった。
先ほどのエスターの様子では知らないように見えたが、念のため口に出しておく。
「そういえばレタリエが癒しの一族って言っていたが、同郷なのか?」
「昔過ぎて覚えてない。そもそも関わりがあったのかも怪しい気がする」
私の問いに首を捻りながら、エスターが答える。
しかし幼少期の記憶など朧げなことが多いから、仕方ないだろう。
エスターが覚えていない以上、ここで解決することは無理だと考えて良さそうだ。
「まぁ、そんなものか。――魔物の鳴き声か、今の!」
背後から聞こえてきたのは、何かが壊れるような音と駆けずり上がってくる音。
振り返ると案の定、魔物がこちらに向かってきていた。
「後ろから聞こえる! でも通ってきた時には、いなかったのに!」
「どっかに隠れてたのか!?」
あるいはまた魔力溜まりから発生したのか、分からないがとにかく今は考えている暇はない。
しかし追ってきている魔物は、今までと明確に違う点がある。
(くそ、使えるものはあるか!? というか人型か!)
今までの魔物は様々な姿をしていたが、人の形だけはしていなかった。
しかし今回はまるで人間のように服を着ており、しかも二足歩行で階段を上がって来ている。
そして気づいた、あれは見ず知らずの魔物ではない。
「……あの服は、レタリエのものだ」
ぼろ切れになってしまっているが、あの装飾は教会の高位の者しか身につけられないものだ。
つまりあの人間は間違いなく、レタリエだった。
「魔力に飲まれて、魔物になったのか」
「じゃあ先生は!?」
エスターの言葉に、一瞬血の気が引く。
だがすぐに化け物と成り果てたレタリエを見て、気を取り直す。
どうせ今更引き返せない、ならば前に進むしかない。
(それにレタリエの服に血はついていない、だから……!?)
そこまで考えたところで、レタリエのまた紋章が輝く。
てっきりこちらに魔法で攻撃してくるのかと思ったが、振り向くとレタリエは正気に戻っていた。
「っはぁ、はぁ。……気を、失っていたのか」
「レタリエ。今の魔法は、聖女の魔法じゃないのか」
今の魔力の輝きは、見覚えがある。
カルティが転生した直後に私を苦しめた、あの忌々しい聖女魔法と同じものだった。
だが肝心のレタリエは、意味が分からないと言わんばかりに呆然と首を振る。
「……? いや、私は何もしていないが」
(魔法を使った自覚がない。じゃあ、なにがレタリエを操った?)
それにしたって聖女の紋章を持っていないレタリエが、どうしてそんな魔法を使えたのか。
近くにカルティがいるのだろうか、でも容赦のないカルティならレタリエを化け物のまま放置するだろう。
「君が治したんじゃないのか?」
「違う。私たちの目の前で、お前が自分で治したんだ」
「そんなことは、…………ぐっ」
急に、レタリエが苦しみ始める。
その顔には大量の汗が流れ始め、明らかに異常だ。
だがレタリエ自身も訳が分かっていないようで、困惑ながら倒れてしまった。
しかし床に打ちつけられる前に、追いついたフォルドがレタリエの腕を掴んで引き上げた。
「お前達、大丈夫か!?」
「先生、良かった!」
やはり死んではいなかったようで、フォルドは息を切らしながらも私達に呼びかける。
だがその表情は晴れず、視線は私たちからすぐにレタリエへ注がれた。
「俺のことはいい、それよりレタリエがおかしい」
「みたいだな。しかもこの人は今、聖女の魔法を無意識で使った」
「なんだと?」
私の言葉にエスターが驚愕し、信じられないと首を振る。
だが詳細を話す前に、再びレタリエが苦しみ出した。
「う、あああああああああああ!」
「レタリエ、何が起きている!? これは魔王の魔力のせいじゃないのか!?」
フォルドの呼びかけにも、レタリエはまともに返事を返せない。
だが肉体的変化はなく、どうやら原因は心因性のもののようだった。
「記憶が、知らない記憶が流れてくる! これは誰だ、お前は誰だ!」
「……完全に錯乱してるな。お前たち、今のうちに先に進め」
フォルドはそう言うが、またレタリエが化け物になったら彼は無事でいられるだろうか。
エスターも同じことを考えているようで、心配そうに顔を歪めている。
「でも、先生」
「もう暴走したコイツを、俺が抑えておくのは難しい。だから下手に今治すよりは、イノスを助けてからどうにかする方がいい」
レタリエと自分の状態を鑑みて、判断を下したのだろう。
幸いレタリエは体力が尽きたのか再び発作が落ち着いて、浅い呼吸を繰り返している。
……ここまで力が削れているなら、手負いのフォルドでもなんとかなるか。
「分かった。行くぞ、エスター」
「先生、危なくなったらちゃんと逃げてくれよ」
まだ不安げにしているエスターを促し、私たちは階段を登り始めた。
後ろ髪を引かれている様子を見て置いて行こうかとも考えたが、その前にきちんと彼は前を向いた。
「お前にそう言われる日が来るとはな」
「私からも頼むぞ。まだ死なないでくれ」
軽口を叩くフォルドに、私からも釘を刺す。
すると今度はしっかりと言葉が伝わったのか、苦笑しながらも力強く答えてくれた。
「あぁ、気をつけるよ」




