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【完結済】魔女ヘテラは、聖女への復讐を完遂する  作者: 不揃いな爪
02.魔女は安寧から逃げ出すか
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02-01 魔女は安寧から逃げ出すか




「…………寝てしまった」


 目を開いて、体調が良くなった体に絶望する。

 警戒心のなさが命取りだなんて、痛いほど分かっているはずなのに。


(何をされるか分からないから、一晩起きているつもりだったのに)


 陽は既に真上に登っており、朝日というには強い輝きを放っていた。


(今は真昼か)


 朝食はあったとしても、既に片付けられている時間だ。

 そんなことより、私には確認しなければならないことがあった。


「何もされた形跡はないな」


 体を丁寧に確認し、外傷などが増えていないかを確認する。

 目に見えない魔法などがかけられていたらお手上げだが、確認しないよりはマシなはずだ。


「起きたか!」

「うわ!」


 確認が終わる直前に、エスターが部屋を覗き込んできた。

 ノックもなしかと思ったが、外の音が聞こえやすいように昨日自分で扉を開けたことを思い出す。


「全然起きないから心配したぞ! でも目の下の隈とか、だいぶなくなったな!」

(商品チェックされてるのか、これは)


 先ほど自分で確認した部分を、再度エスターは包帯を巻き直しながら確認する。

 包帯には何か仕掛けがあるのか、触れた部分から痛みがマシになっていく。


「あぁ、お陰様で随分と体調はマシになった」

「なら良かった! でも昨日はごめん、辛い思いをさせちゃったな」


 一瞬何のことか分からなかったが、昨日重い夕飯を出したことを悔いているようだった。

 だがあれは毒が入っていたわけでもなく、単純に私の体調の問題で受け付けなかっただけだ。


「別に、悪気があった訳じゃないのは分かってる」

「あぁ、でもあれで分かった。本当に酷い目に遭ったんだな」


 そういうと、エスターは私を抱きしめた。

 消毒液のような匂いが鼻先を掠めて、途端に落ち着かなくなる。


「おい! 抱きしめるな!」

「もう大丈夫だからなー、先生が守ってくれるからなー」


 抵抗する私をものともせず、エスターは私の背をさする。

 もはや病人というよりも、子供扱いだ。


(くそ、びくともしない! 昨日私を持ち上げたのといい、結構筋力あるな!? というか先生って誰だ!?)


 質問したいことはいくつもあるが、口が追いついてくれない。

 しかし私が話しかける前に、エスターは私を抱いたまま立ち上がる。


「あ、起きたんなら食事にしようぜ! 昨日の事反省して、柔らかめの食事を作ったからな!」

「分かったから離せ! 違う手も引かなくていい、子供扱いするな!」


 軽々と抱き上げられて、わたしは部屋から移動させられる。

 恥ずかしいのではなく、無力を思い知らされているようで嫌だった。




「お、随分顔色が良くなったな」

「だよな、先生!」


 地下室から出る直前に見た顔が、じっと私を見つめている。

 結局降ろされることはなく、居間まで抱き上げられたまま移動した。


「なんで起きたばかりでこんなに疲れるんだ……」

「エスターは事情があって箱入りなんだ、諦めろ。害はない」

(確かにエスターに、悪意は感じない)


 黙っていれば美しい貴婦人に見える青年は、私を見ながらにこにこ笑っている。

 中身は大型犬のようだが、見た目だけなら上品で上流階級の女性にしか見えない。


(ならば先生と呼ばれている、こっちの男の方がボスか)


 視線を向ければすぐに見返してくる、眼光が鋭い長髪の男。

 背は小さいが腕が太く、筋肉質に見えた。

 エスターはともかくこの男の方は油断できないと、私の勘が告げていた。


「あと紹介が遅れたな、俺はフォルドだ。この安寧の家の主人で、お前たちの保護者だ」

「そうか。私は、…………ヘテラだ」


 最初は偽名でも名乗ろうかと思ったが、散々エスターが名前を呼んでいたことを思い出して諦める。

 得にならない嘘をついて疑われるのは、今は避けた方がいい。


「で、私は何をしたらいいんだ。用があるから私を引き取ったんだろう」

「お前の今の仕事は安静にする事だ、あとたくさん食え」


 怪我人であり、子供である私に、フォルドは無難な言葉を掛ける。

 それは仮初でも優しさなのかもしれないが、今の私が欲しい言葉じゃなかった。


「なら、体調が戻ったら何をさせようとしている?」

「そんなに俺達が信用ならないか」

「あんた達だけじゃない、この世界が信用ならない」


 私はこの世界に来た瞬間から魔女と言われ、その言葉通りの扱いを受けていた。

 だからその世界出身である彼らの言葉を信じる理由は、何もなかった。


「なるほど、魔女であれば確かにそうだ」

「ヘテラ、ここは安全だ!」


 エスターが私の言葉に、声を荒げる。

 だが私がじろりと睨むと、怯えたように一歩下がった。


「エスター、ヘテラはお前が想像している以上に酷い目に遭ってきた。今すぐに信じるのは無理な話だ」

(同情して、信用させようとしているのか? ……くそ、コイツらの目的が見えない)


 フォルドに感情が乱れる様子はない。

 だからこそ、エスターよりもよほど恐ろしいと私に感じさせた。


「だが何をするにしても、今のままじゃ無理だ。警戒したままでいいから、大人しくしてろ」

「……分かった」


 フォルドの言葉に、私は素直に頷く。

 本意じゃない、けれど今反抗したところで得はない。


(確かに、このままじゃ逃げる事もできない。体が弱りすぎている)


 階段から転がり落ち、抱き上げられても抵抗すらできない体だ。

 まだ試していないが、もしかしたら走ることも難しいかもしれない。


「あと容体が安定したら服を買いに行くぞ、今のお前の服はエスターのお下がりだからな」

「別に要らない、このままでいい」


 私は自分の服を摘まみながら答える。

 元々着ていた拘束服はかなりボロボロになっていたが、今着ているものは特に汚れなどもない。


(下手に与えられて、恩を着せられても面倒だ)


 丈はあっているものの、肩幅が合わないので少年用の服かもしれない。

 けれど今までからしたら雲泥の差で、着れさえすれば文句はなかった。


「だが大きさが合っていないから、ぶかついてるぞ。……おっと」

「うわわわわっ!」

(ズボンが落ちたか)


 ばさりと音がして、下半身が涼しくなる。

 下を見ると、包帯を巻かれた貧相な足が見えていた。


(色気も何もない)


 肉付きのない足は、自分から見ても哀れという感想しか出てこない。

 慌てているのはエスターだけで、フォルドはズボンを上げて腰との隙間を確認していた。


「丈は大丈夫だが、腰が細いんだな。腰紐で締めるか」

「早くしてくれ、先生! ……痛いっ」


 ごちん、という鈍い音に振り返ると、エスターが壁にぶつかっていた。

 黙っていれば妖艶にすら見えるのに、非常に残念だ。


(……騒がしいな、気が抜ける)


 昨日までとの、あまりの環境の違いに眩暈がする。

 これでは助かったのだと勘違いしてしまいそうになる。


(そんな保証、どこにもないのに)

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