08-04 希望は眠る、復讐が目を覚ます
それは人間界の代表とも言える教会の、しかも最高幹部の裏切りを示す発言だった。
だがレタリエは、落ち着いた表情のまま佇んでいる。
「教会の人間が、魔王を守っていたのか?」
「コイツも紋章の器であると同時に、人間を憎んでいる。だから魔王擁立者であることは、不思議じゃなかった」
私としては、もっと複雑な事情でもあると思っていた。
しかし話を聞く限りそうでもなく、彼は元々裏切るべき立場にいたらしい。
「むしろお前がおかしいんだ、フォルド。紋章保持者であるならば、私達を作った人間を憎むべきだろう」
「だから聖女の悪行も容認していたのか」
レタリエの態度からは罪の意識すら感じられず、フォルドの苛立ちが増す。
しかしその怒りをぶつけられている当人は涼しい顔で、その通りだと首肯した。
「無能な聖女と派閥に任せておけば、勝手に滅ぶと思っていたからな。だがそれもうまくいかなくなった」
「じゃあイノスを聖女が刺したのも、お前の引き金か」
あの時起こった出来事も、全て彼の思惑によるものだったのか。
しかしフォルドが問えば、それについては関与していないと返される。
「いや、あれは私の指示じゃない。聖女の私怨だな」
「……大体の状況は分かった。お前が現れたのは、俺達を妨害するためか」
これ以上会話していても時間が過ぎるだけだと判断したフォルドが、大剣を構える。
だがそんな彼に焦った様子もなく、レタリエは口元に笑みを浮かべながら告げた。
「フォルド、お前ももうやめておけ。既に紋章保持者ではないのだし、既に衰えてきているだろう」
レタリエは私たちを無視して、臆することなくフォルドだけを指差す。
その表情は楽しげですらあり、まるで友人との雑談をしているかのようだった。
「勇者の紋章は先代の魔王を倒した時点ですでに消え、お前は過去の経験で戦っているに過ぎない。お前はただの一般人だ」
「それはお前だって同じだろう、お前は俺と同じ代の聖女に仕えていたんだから」
レタリエの発言に対し、フォルドも言い返す。
だが彼は少しだけ肩をすくめ、そして自身の持つ紋章の魔力を発動した。
「私はまだ紋章を持っている。それに持っているのは、癒し手の紋章だけではない」
「――お前、なんだそれは」
(体中に、紋章が刻まれていく)
腕に、首に、顔に。
見えるところ全てに、紋章が顕現していく。
その全てが別の形をしていて、レタリエが複数の紋章を保持していることが一目瞭然だった。
「私はもう、癒すだけが能ではない。私は自分の願いを叶えるための力を得た」
「紋章を大量に身に着けたところで、魔力が尽きればそれで終わりのはず。……いや、そうか」
黒い城から生み出される禍々しい魔力が、レタリエに吸い込まれていっているのに気付いた。
彼が持つ膨大な紋章が必要とする魔力は、城から調達されるらしい。
「魔王の魔力を取り込んでいるのか」
「でも、それって汚染されるんじゃないのか?」
魔力の過剰摂取は、紋章保持者にすら毒となる。
ましてレタリエが保持する紋章を全て行使するなら、彼は間違いなく死ぬことになるだろう。
しかしそんな危険など顧みず、レタリエは更に言葉を続けた。
「完全に汚染される前に、殺せばいい」
「生きることを、諦めたのか」
他者を守ることを生業とするフォルドにとって、自分以外が傷つくことが嫌なのかもしれない。
しかしそんな彼が気に入らないのか、レタリエの言葉にも棘が出てきた。
「諦めたのはお前の方だろう。ここで私が止めなければ、紋章保持者はこれからも利用される」
紋章の所持者は人間に利用され続け、その末路は無残なものになることが多い。
そんな過去を繰り返してはならないとレタリエは決意し、阻止しようとしているのだろう。
本来敵であるはずの、魔王を利用してでも。
「その子らだって同じこと。だがお前は、子供達を戦いに向かせたな」
「俺たちは自分の意志で「確かに戦いに向かわせた、このままでは生きていかれないからだ」」
レタリエにエスターが反論しようとしたが、フォルドがそれを遮った。
フォルドの発言はレタリエの意見を認めているようなもので、エスターが不満げに眉をひそめる。
しかしそんな視線には構わず、フォルドは話を続けた。
「俺達だって、近いうちに滅びる。いつまでも閉じ込めてしまえば、争うことすらできないまま利用されて殺される」
「だから人間を殺せばいい。その原因がなくなれば、紋章保持者もこの子らも穏やかに生きていけるだろう」
(あぁ、なるほど。コイツは紋章保持者を無垢だと思っているのか)
自身の言葉に何の疑問も持っていないレタリエの言葉に、ようやく理解する。
確かに虐げられている癒しの一族はそうかもしれないが、紋章保持者全員が無垢ではないことを私は既に知っている。
「でも俺、紋章保持者に襲われたぞ。しかもヘテラも巻き添えで」
「紋章保持者が、人を襲った?」
エスターもレタリエの言葉に異を唱える、すると彼は信じられないとばかりに大きく目を見開いた。
どうやら彼は本気で、紋章保持者を無害な被害者だと思っていたらしい。
「アンタが襲ってくるんだから、不思議はないと思っていたが」
「いや、普通の紋章保持者の自我は薄いはずだ。ならばフォルドと同じように……」
今までと違って、レタリエは目に見えて混乱している。
しかしここまで、自身が統括する部門の事を見誤るものなのだろうか。
あるいは隠されていたか、今までは発生しなかったか。
そしてレタリエの様子を伺っていたフォルドも、自身の推測を述べる。
「可能性はあるだろう。俺も後天的に自我を得ている身だ」
「……だがどちらにせよ、人間は滅ぼさなければならない。その為にも、魔王の救出はさせられない」
疑惑は感じたようだが、それもレタリエを説得するには至らなかった。
むしろ彼はより強い信念を持ってしまったようで、表情が固くなっている。
「聖女が役に立たない今、人を破滅させるには魔王の力が必要なのだ」
「交渉決裂だな」
そういうとフォルドは、今までで一番長いため息を吐いた。
戦闘になるのを、少しでも後ろ倒しにするように。
だがそれも終わり、諦めたような顔でこちらを見た。
「ヘテラ、エスター。時間は稼ぐから、イノスを助けてこい」




