08-03 希望は眠る、復讐が目を覚ます
それは一見ただの回復剤だった。
だがエスターが栓を抜いて枯れた植物に吹きかけると、みるみると花が咲き誇っていく。
花の成長を早送りしているかのような光景を眺めながら、私はふと一つの可能性に気が付いた。
「それ、植物用の栄養剤か」
人ではなく植物に向けた、成長を促す魔法薬。
前世でもあったものだが、こうも即効性は強くなかった。
「庭園の薬草が暑さにやられた時とかに使ってるんだ、持ってきておいて良かった。散布するから、離れていてくれ」
「気体に変換して、一気に回復させるのか」
フォルドが採取してくれた花の量は、実はかなりの量がある。
今回復させたのはひとつだけで、まだ周囲には多くの萎れた花が残っていた。
「そ。あと誰でも一回限り魔法が使える魔力符があるから、それで気体の流れを植物周りで固める。これでどうだ?」
「すごいな、大丈夫だ」
ここまで準備が整えば、あとは実行するだけだ。
少し離れた場所に花を移動させて、霧状にした栄養剤をエスターが散布して周囲の空気を固める。
すると瞬く間に萎れていた花は生き返り、花びらをひらりと風に舞わせた。
「じゃあこれで調合する感じだな」
「忘れてた、先生ずっと壺担いでたんだったんだな」
「この辺に降ろすぞ」
がん、と重量感のある音と共に壺がフォルドによって地面に下ろされる。
その間に私は必要な材料を集めてきて、さっそく作業を始めていった。
しかしここまで来ても、まだ問題は解決しない。
(勇者の魔力だけじゃ、魔王の魔力が収まらない)
効いてないわけじゃない、けれど既に紋章を失っているフォルドの魔力では足りなかったらしい。
だから私は懐に隠していた、小さな石を取り出した。
「ヘテラ、それは?」
「聖女の要素が入った分銅。この間の聖女破門騒動の時に貰ったんだ」
教会から正式に謝罪された時に、私はこの小さな石を要求した。
聖女の要素を含んだ素材などそうそうないので、教会が強く出られない間にそれをもらうことにしていた。
(カルティの魔力というところが気になるが、貴重なことに変わりはない)
教会も要求を渋々受け入れ、今は私の手で眠っている。
しかしこうして役に立っているなら、貰っておいて正解だった。
「聖女の要素も、魔王の要素に強い。ほら、この毒薬の要素を打ち消してる」
「これで浄化薬を作るんだな」
「そう。本来聖女の持つ癒しの力は使えないが、今回は魔王の魔力を殺す力だからな」
巨大な壺に分銅をいくつか放り込み、できた薬を複製する。
魔力を合算された薬はみるみるうちに色を変えていき、透明に近い白に変わった。
「よし、毒薬は作成できた。後は城に近づいて、流し込むぞ」
「待って、魔物が出てきた」
毒薬が完成してようやく動き出せると思った矢先に、今度は魔物が現れた。
その魔物は溢れ出した魔力から発生していて、城への道を塞いでいる。
「じゃあ潰す。お前たちは後ろから、後ろからついてこい」
邪魔なものは全て壊していくまでとばかりに、フォルドが大剣を振りかざす。
そして次の瞬間にはその攻撃によって、全ての魔物が肉塊へと変わっていた。
(本当に敵なしだな)
一方的過ぎて緊張感の欠けた戦闘風景を眺めながら、私たちは城への道を突き進む。
そして浄化薬の効き目も問題なく、今度はあっさりと黒い城の前まで辿り着くことができた。
「魔力汚染が止まったな、じゃあ魔王の城に入るぞ」
「分かった」
城の近くで浄化薬を散布すると、降り続けていた黒い魔力が消えて城の増殖が止まる。
そして薬を含んでしまったせいで、城の壁にも脆くなった箇所がいくつか見受けられた。
「適当な場所から中に入るぞ」
正面の大きな扉にも穴が開いており、フォルドが壊す必要もなく侵入できる。
建物内は灯りもなく薄暗いが、窓から入る光がわずかに室内を照らしていた。
(しかしどこかで見た事ある気がするな)
魔王の城など来たことがないはずだが、既視感を覚える。
どこだったかと思い出そうとしてふと隣を見ると、エスターもなにやら考えているようだった。
「綺麗な場所だな、教会みたいだ」
(そうか。明るさが違うだけで、外見はほぼ一緒だ)
エスターの言葉に、やっと思い出す。
ここは転生した直後や聖女破門騒動の時に訪れた教会内に、よく似ていた。
「魔王の城は、作った者が長くいた場所が複合して作られる。おそらくこれは魔界と教会が合わさっているな。……誰だ、そこにいるのは」
室内を眺めていたフォルドが、一瞬で大剣に手を掛ける。
その直後、部屋の奥の扉が開いて見たことのある男性が姿を現した。
「久しぶりだな、フォルド。いや、この前も顔は合わせたか」
「お前か、レタリエ」
聖女破門騒動の際に、イノス経由で私に力を貸してくれた人物。
そんな彼が今、魔王の城で私たちを迎えていた。
「元気そうで何よりだ、ヘテラ嬢。エスターもな」
「なにをしに来たんだ、こんな辺境の場所に」
詳しくは知らないが、彼は教会の中でもそれなりの役職にいると聞いている。
だからこんな場所にくるような人間ではないはずだ。
だが暴走した紋章保護部門と繋がってる可能性も否定できず、私は少し警戒しながら彼に問う。
「もちろん、部下のイノスを助けにだ」
「魔王だと分かっているのに?」
この場所にいるということは、イノスの正体を知らないわけがない。
いくら部下だと言ってもフォルドが討伐判断を下すくらいだ、教会の人間が助けに来るとは思えない。
そしてフォルドも、私の考えに同意した。
「ヘテラ、その質問は正しい。恐らくこいつは、最初からイノスが今代魔王の器であることを分かっていた」




