08-02 希望は眠る、復讐が目を覚ます
それから私たちは喫茶店の二階に登り、通りの様子を伺っていた。
降り積もる黒い魔力が段々と量を増し、場所によっては地面が見えないほど溜まってしまっている。
「さっき見た時より、城が大きいな」
私が呟くと、エスターも小さく「そうだな」と肯定した。
街は全体的に黒く染まり、少しずつその範囲を削られていっているように見えた。
反比例して城の範囲が広くなっていっているから、やはり侵食されているという推測は間違っていないらしい。
「道が川みたいになってる、通れる場所がなくなっている」
「建物同士の間隔が狭いから、板を渡して橋にするか。場合によっては屋根に上ったり、窓から飛び移る必要も出てくる可能性があるな」
そういうとフォルドは、どこからか調達してきた紙を広げる。
それは国境周りの案内で、ここ一帯の地図も一緒に描かれていた。
「できる限り安全に移動できる場所を探す、それと高い場所から町全体を見渡せる場所を探すぞ」
そういうと彼は立ち上がり、近くの店から調達してきた傘を広げながら窓を開ける。
傘の代金は律儀に、店の机に置いてきていた。
屋根の上に登った私たちは、採取した魔王の魔力で実験しながら再度作戦会議をしていた。
「ここからなら、街全体が見えるな」
「それとあそこにある花畑の植物なら、毒薬作成に使えると思う」
暴走した魔王の魔力は、少量でも勇者の魔力をあっという間に塗りつぶしてしまった。
だから純粋な魔力の塊ではなく、他の素材に混ざった魔力が必要だと結論づける。
「分かった。あとは調合用の釜が必要だな、できるだけ大きいやつ」
「薬は教会が管理してるから、薬屋とかはないよな。あとは調理器具で代用するか?」
素材はどうにかなる、ならば次は調合器具の問題だった。
薬作成は素材だけで、どうにかなるものじゃない。
素材があっても手順を踏んで調合しなければ、完成品の質は大幅に落ちてしまう。
「ならあの噴水の装飾はどうだ? 見た限り魔法で保護されてるし、毒薬作成にも耐えれるだろう」
フォルドが指差した先にあったのは、中央広場の設置された大掛かりな噴水の飾りだった。
(女性の像が持った壺か、あれなら使えるかもしれない)
あれだけ大きなものなら、一度で大量の毒薬を作成できる。
だが公共のものが、そう簡単に拝借できるとは思えない。
「魔法保護されてるのなら、そもそも取れないんじゃないか?」
「土台ごと持っていけばいい。ヘテラ、土台部分に掛ける腐食薬はあるか?」
「あぁ、持ってきている」
そういうと私は鞄の中から、既に調合した腐食薬を取り出す。
過去の依頼で納品したものの余りだが、念の為に持ってきていたのが功を奏した。
「先生、本当すげぇな。銅像担いで走るのか」
「力仕事は任せろ。じゃあ建物内を経由していくか、この辺は長く繋がっている構造だ」
そういうとフォルドは私たちと共に一度建物内に戻り、そのまま一人で噴水の元へと向かう。
そして戻ってきた時には、本当に噴水の銅像を担いで走っていた。
銅像に更なる腐食薬を掛け、フォルドが馬鹿力で取り外した壺を手に入れる。
底も抜けておらず使えることを確認した私たちは、今度は先ほど見えた花畑へ向かう。
「くそ、ここ鍵が掛かってる!」
長く繋がっている建物をできる限り選びながら、私たちは建物内から花畑へ向かう。
だが途中で開かない扉に当たってしまい、足を止めた。
「じゃあ鍵を探すか」
「いや、必要ない」
扉は頑丈で、破壊不可の魔法が掛かっていた。
だがフォルドは返事をした直後に、扉に隣接していた壁をぶち抜いた。
「いや、確かに壁に穴を開ければ入れはするが」
「手段より目的だ、入れさえすればいい」
元勇者というより賊のような蛮行だが、通れることが優先なので仕方ない。
傘の代金のように対応できるのならするのだろうが、そうでないなら仕方ないと諦めるべきなのだろう。
そして今度はもっと重要な施設に当たったようで、扉も壁も通れない場所にたどり着いてしまった。
「くそ、施設全体に強化魔法が掛かってるな。さっきみたいに壁を壊せない」
「じゃあ魔法が薄くなってるところを探すか? それとも迂回する?」
フォルドが力の限り壁に武器を叩きつけるが、ひび一つ入らない。
だが私が顔を上げると、降り続ける黒い魔力に侵食された場所があることに気づいた。
「いや。上に穴が開いてるから、登れさえすれば私が中から鍵を開けられる」
「じゃあ俺が持ち上げるよ」
エスターがそういうと私の体を軽々と持ち上げ、天井まで一気に運び上げる。
そこからはエスターの肩の上に立ち、私が建物の内部へと侵入した。
「部屋の中、危ない物とかはないか?」
「大丈夫だ、音もしない。いってくる」
私は内側から扉に近づき、錠前をくるりと回す。
するとあっけなく、カチャリという音とともに鍵が外れた。
「開いた」
「よし、もうすぐ花畑だな」
建物の屋上へ出て外に出た私たちは、花畑の近くに到着する。
幸い魔力が溢れかえっているということもない。
だが周囲の景色が歪んでいて、簡単に前へと進んではならないことを示していた。
「この辺は魔力汚染が薄いのか。ない訳じゃなさそうだけど」
「俺が様子を見てくる」
そういうとフォルドは近くの柵に手を掛けると、それをあっさりと越えて進んでいく。
しかしすぐに踵を返し、私たちの元へ戻ってきた。
「やっぱり罠だな。踏み入ると体力と魔力が持っていかれる」
「元を断てればいいが、気体が相手だとそうもいかないか」
周囲の景色を歪ませていた正体は、霧状になった魔王の魔力だった。
私も気体は攻撃手段として好んでいたが、いざ相対してみると尋常でなく厄介だ。
しかしそこで突破口を開いたのは、エスターだった。
「じゃあ強行突破しようぜ、継続回復薬がちょうどいいな」
「継続?」
疑問を浮かべる私に、エスターは荷物から小瓶を取り出す。
その中には泡立つ緑の液体が入っており、炭酸ジュースのような見た目をしていた。
そしてその小瓶の蓋を取りながら、エスターは説明を始める。
「うん。普通の回復と違って回復量は低いけど、長時間回復し続けるんだ」
「相殺しながら突き進むんだな、分かった」
継続ダメージを食らってしまっても、底をつかせなければいいという考えだ。
フォルドはその薬を受け取って飲み干すと、そのまま花畑に突っ込んでいき、花を採取して戻ってくる。
「ヘテラ、この植物なら毒薬作成に使えるんじゃないか」
「使えるが、枯れかけている。このままじゃ無理だ」
せっかく持ってきてくれたのに、素材になるべき花は萎れていた。
遠目からは判断ができず、無駄足を踏ませてしまったと唇を噛み締める。
しかし再びエスターが、薬を片手に口を開いた。
「じゃあこれはどうだ?」




