07-08 誰が為の戦い
「嘘だろ、追いかけてきている!」
その正体は管理人の男で、満身創痍ながらも私たちを追いかけてきていた。
男との距離はまだ離れている。
だが傷つきながらも魔法で身体を強化しているのか、あと数分で追いついてしまいそうだ。
「なぜ魔女が裏切るうううううううううううううう! お前は同胞だろうがあああああああああ!」
「お前が同胞とか勘弁してくれ! それに私の仲間は、私が決める!」
復讐を忘れたわけじゃない、ただ復讐のためだけに生きるのは止めた。
私は自分の意思でエスターたちと居たかったからこそ、その選択肢を選ぶことにしたんだ。
「でもこのままじゃ追いつかれるぞ! 痺れを上回る魔力で身体強化して、追いかけてきてる!」
「くそ、大人しく潰れとけ!」
(毒を直接ぶつけるか? いや、感覚が麻痺した状態で効くとは思えない)
麻痺毒で対処したことが、裏目に出た。
私達を追ってきている男は魔法の暴発で怪我をしているが、その痛みも麻痺してしまっている。
そして麻痺毒を上回る意思で、体を動かせてしまっていた。
「っ」
「ヘテラ!」
男の手が私を掴む、それを振りほどこうとしたが転んで地面に叩きつけられてしまった。
当初の目的はエスターだったはずだが、もはやどちらでもいいらしい。
「い、ってぇ! くそ離せ!」
「離すものかあああああああああああああ! 貴様を地獄に落とすうううううううううううう!」
「ヘテラを離せよ、お前の目的は俺じゃないのか!?」
私は地面を這いながら、何とか逃げようと抵抗を続ける。
だがそんな私の努力を嘲笑うかの様に、男の手にますます力が籠っていった。
先を走っていたエスターも転んでしまった私に気づいて、慌てて戻ってくる。
「裏切り者に人権などない! 全員まとめて殺してやる!」
(本当に見境ないな、この野郎!)
心の中で悪態をつきながら、私は必死にもがく。
だがいくら力を込めてみても、拘束は解けない。
「貴様ら人間のせいで、我ら紋章保持者は冷遇されてきた! 人間の為に戦い、殺されてきた! このままでいられるか!」
「復讐するなと言ってるんじゃない! 相手が間違ってるって言ってるんだ!」
「いいからヘテラを離せよ!!」
男は怒り狂いながら、ただ私たちを殺したいと叫んでいる。
エスターが必死に引き剥がそうとしているが、残念ながら男の手は全く離れない。
背はあるもののエスターは戦闘要員じゃないし、こんな気の狂った男の相手なんて無理だ。
「いや、それとも人間と長くいて、洗脳されたか? それなら仕方あるまい、もう一度教育せねば」
(――まずい、指から魔力侵食される!)
掴まれていた指先から、私は異物感に襲われる。
男は魔力を媒介にして、私を塗り変えようとしていた。
「魔女殿、誰にでも過ちはあります。すぐに我らの教えをお伝えしましょう」
「冗談じゃない、誰がお前らの仲間になんかなるか!」
ただでさえ激しかった拘束がより強くなっていき、私に激痛を与え始める。
それでも私は毒薬の瓶で男の頭を殴りつけて抵抗していたが、――その視線の先が不意に銀色に光った。
「ヘテラを離せって、言ってるだろ!」
(男の腕が、半分千切れた)
続いて赤色の液体が溢れて、私を拘束していた手が震える。
しかし私の体は、まだ解放されない。
「ぎ、ああああああああああああああああああああああああああああ!!! 私の、私の腕が!」
「くそ、離せ! 離せよ!」
男は痛みに耐えながらも、まだ私を離さない。
そのせいでエスターは、何度も男の手首を剣で叩いていた。
そして何度目かの殴打で、手首がついに宙を舞う。
「――――ああああああああああああああああああああああああああああ」
(コイツの腕はどうでもいい、それより)
ようやく解放され、すぐさま顔面蒼白のエスターに駆け寄る。
返り血に塗れたその姿は、忘れかけていた彼の美しさを壮絶に引き立たせた。
「エスター、お前戦えないんじゃなかったのか?」
(剣を持つ手が震えている、慣れてる訳じゃない)
癒しの一族には戦う才能がないと聞かされていた。
だから背負った剣を見た時も脅し用の飾りだと思っていたのだが、違ったようだ。
現に彼は今こうして、目の前の男の手を斬り落としている。
「この間から、先生が許可を出してくれた。でも、許可がなくても、戦ったよ」
「……よく、頑張ったな」
とぎれとぎれの言葉で伝えるエスターは、とても苦しそうだ。
だがそれは恐怖ではなく、自分の手で人を傷つけたことへの後悔なんだろう。
「逃げよう、今のうちに」
震えるエスターの手を今度は私が取って、走り出す。
背後からは男が叫び声を上げているが、無視してひたすら走る。
もうあの男に用はない、ならば逃げる方が得策だった。
結局夜通し歩き回る頃になり、泊れる場所を見つけられたのは明け方だった。
血塗れの私達でも細かいことを聞かれないのが、辺境の街の良いところだ。
(自分が傷つけたわけでもないのに、ショックを受けている)
宿の一室に入り寝台に腰掛けたところで、ぼんやりとそんなことを思った。
確かに昨日の光景はショッキングだったが、あの男と戦ったことを気にしてはいない。
私の心に残っているのは、血に塗れたエスターの事だった。
(私、本当にコイツにこういうことやらせたくなかったんだな)
エスターは私にとって日常の象徴で、その彼が血を流すことは耐え難いことだったらしい。
けれどエスター自身は憔悴こそしているものの、意外にも平然としていた。
「俺、自分の為に戦ったんだ。ヘテラは気にしないでくれよ」
(死にそうな顔して、良く言う。でも今回、そうさせたのは私だ)
私を助けるために、エスターは剣で人を傷つけることになった。
どうしてエスターが攻撃できたのかは分からない、だがその事実は私にとって衝撃的だった。
彼は、私が守らなければならないと思っていたから。
「分かってる。でもお前のおかげで助かったんだ、それだけは分かってくれ」
「うん」
エスターの顔色は悪いままだが、恐らく私の顔色の方が冴えない。
窓から入って来る爽やかな朝焼けも、今の私たちにとってはただ眩しいだけだった。
「それに殺したわけじゃないし、元々アイツが悪い。だから傷つく必要もない」
そう言いながらも私がぶっ殺せばよかった、と後悔する。
そうすればコイツにこんな顔させずに済んだ。
でもこの答えはエスターにとっては喜ばしくないことも、もう分かっている。
「俺、後悔してないから。だからもう戦わせないだなんて、思わないでくれよ」
「……そうだな、悪かった」
さっきの戦いの否定は、エスターの決意を侮辱することになる。
コイツは自ら、戦うことを望んだんだから。
(そうでなければ安寧の家に閉じ込められていた時と、同じになってしまう)
それでも心配なのは、変わりないけれど。
でも今はそれ以上に、エスターが自分なりの戦い方をしたことに感謝すべきなんだろう。
だが私が口を開く前に、窓の外が暗くなった。
「……待て。なんだあれ。黒い城?」
窓から入ってくる陽の光を遮っていたのは、見上げるほど大きな黒い影。
それは私達が逃げてきた、国境近くの街から出現していた。
「魔王の城だ。魔王の魔力で作られて、中で破滅魔法の準備をするって聞いたことがある」
エスターの言葉は人間の破滅と同義だ、だが私はその情報に内心喜んでしまった。
人間が滅ぶからじゃない、諦めていた少年の生存の可能性があったからだ。
「じゃあ、イノスはまだ生きているのか」
「可能性はある、代わりに先生が危ないかもしれない」
(確かに。あの城があるということは、フォルドが阻止できなかった理由があるっていうことだ)
さすがに死んでいる可能性は低いと思うが、理由もなくフォルドが魔王を野放しにしているとは思えない。
私達を帰したのだから、戦いづらくて殺せないという線も薄い。
「俺、先生のところに戻るよ。心配だ」
「そうだな。私も戻りたい」
まだ間に合うかもしれない、逃がしてくれたフォルドには悪いけど。
その思いだけで私達は、宿の部屋から飛び出していく。
「足手まといになるようなら、すぐ逃げる。だけど、力になれるようなら」
「なりたいよな、ずっと戦えなかったんだから」
手には、剣と毒を。
私達にできることなど本当に少ないが、行けないよりはずっとマシだ。
「戦おう、一緒に」
完全な望む未来は手に入らないかもしれない、それでも少しでも希望が手に入るなら。
そう信じて、私達は黒い城が聳え立つ街へと引き返した。
7章完結です、ここまで見ていただいてありがとうございます!
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