07-07 誰が為の戦い
「それは迫害以外にか」
紋章を持つ者が差別されるのは、それが異端の力だからだ。
だがそれ以外の負の面は、聞いたことがない。
しかしエスターは寝転がって、天井を見つめながら話を続けた。
「そう。紋章って魔力も与えるけど、呪いも授けるんだ。だからあんまり使いすぎると精神に異常をきたしたり、肉体がぼろぼろになったりする」
「知らなかった。でも私は魔法を使っていないから大丈夫か」
毒薬作成に魔力を使うことはあっても、魔法を使うことはほとんどない。
魔女の紋章について少しずつ調べたりしているが、普通に毒薬を作る分には必要ないと判断している。
「うん。毒薬作成も厳密には魔法だけど、あの程度なら気にしなくていい。俺も長いこと薬を作ってるけど、不調にはならないから」
そう同意すると、エスターはくわぁと欠伸をする。
確かに今日はかなり歩いたし色々あったので、私も疲れていた。
「じゃあ、明日は早めに出るからそろそろ寝ようか」
「あぁ、お休み」
部屋を照らしていた灯りを消して、暗闇に寝転ぶ。
けれど疲れているはずなのに、きちんと眠りに落ちることができなかった。
(イノスは、……いや、本当に考えるのはやめよう。きっともう、討伐されている)
国境から離れてから、それなりに時間が経っている。
もしかしたらフォルドだって、帰り支度をしているかもしれない。
そう考えていると、隣から長い腕が伸びてきた。
「ヘテラ、ちょっと寒いから抱きしめていいか?」
「……あぁ」
了承すると、エスターが私の身体を引き寄せたので大人しく従った。
だが、彼の手が背中を軽く叩く度にくすぐったさを感じてしまう。
(嘘だな、そんな温度じゃない。でもエスターが来てくれて、助かった)
一人で眠れないと考え込んでしまうし、余計なことまで思ってしまう。
けれどこんな時こそ誰かと一緒にいるべきだと、エスターは言外に教えてくれる。
(もうカルティを、見ない振りはできないな。前世でも、最後はそうだったし)
喪失の感覚からは逃れられないが、それでも大切なものを奪ったカルティに復讐してやろうと思う気力が戻ってくる。
ここ最近は比較的穏やかに生きていたが、それでも当初の目的を忘れてはいない。
(もはや懐かしいな、あの瞬間も。……?)
転生直前の記憶を再び探ろうとしたが、外の小枝を踏む音に意識が戻される。
小さな音だったが今は深夜で出歩いている人は多くないはずだ、それに見回りならもう少し堂々とした足音のはず。
「ヘテラ、音がしないか」
「起きてたのか」
「外で、魔力の気配がするから」
隣で寝息を立てていたはずのエスターが、体を起こす。
だが魔力の気配とは物騒だ。
もう家事を行う時間じゃないから、それ以外のことに魔法を使おうとしていることになる。
「様子を伺ってみるか。それと、これを撒いておくからな」
そういうと私は香水瓶に似た、ポンプ付きの容器に入った毒薬を取り出す。
そして天幕の隙間から何度も外に吹きつけ、空気に交わらせた。
「あ、できたんだ。それ」
「試作品だけどな。あっちが攻撃してこなければ、何も起こらない」
対話の為の準備を終えて、私たちは天幕の外に出る。
すると紋章保持者保護部門の人たちが、私たちのいる天幕を取り囲んでいた。
「おや、起きてしまいましたか」
取り囲む中の一人が、笑顔で話しかけてくる。
その男は先程案内してくれた男性で、相変わらず人が良さそうな顔をしていた。
「嵌めたのか?」
「魔女殿を傷つける気はありませんよ」
(なら狙いはエスターか)
エスターは攻撃手段を持たない、だが時間さえ稼げれば逃走できる。
そしてその準備は、既に終わっている。
言わなくても状況を理解したのか、エスターは私の背後から男を睨みつけた。
「どうして俺を狙うんだ? 別に傷つけたりしないし、嫌なら追い出せばよかったんだ」
「いいえ。我らは散っていった同胞の為に、復讐を果たさなければなりません。紋章は人間が生み出したものですから」
そういう男の瞳から光が消えていく、心を失ってしまったかのように虚ろだ。
それは他の人たちも同じで、全員が無表情のままこちらを見つめている。
「魔女殿、彼をお引き渡しください。魔女殿にとっても人間は、滅ぼすべき者のはずですよ」
「人間が紋章の器に酷いことをしていたのは確かだろう、でもコイツは何もしていない。ずっと見てたから知っている」
私だって人間が嫌いだ、だが全員ってわけじゃない。
紋章の器であることを隠しているが、エスターやフォルドが人間でも嫌いにはならなかった。
領主もまごうことなき人間だが、人々のために働くいい人だ。
(イノスが言っていたのはこういうことか)
イノスは私よりもずっと行動範囲が広い、だから私が思っている以上の交友関係があるのだろう。
だから全ての人間を殺したいわけではないという意味を、ようやく実感する。
だが目の前の集団に、そんな理論は通用しない。
人々に傷つけられ続けた紋章の器たち、私と同じ復讐鬼。
「人間は一人残らず、苦しませて殺すべきです。それに紋章の罪は、人間全体の罪ですよ」
(方向性は違うが、コイツらも聖女派閥と変わらない差別主義者か)
紋章至上主義者たちの思考回路は理解できないわけじゃないし、それ自体を否定する気はない。
だが紋章を付与を計画した人間や迫害してきた人間ならともかく、何も知らない人間まで積極的に巻き込むのは違う。
だから交渉することはできない、そう判断して前を見ながらエスターに小声で話しかける。
(エスター、逃げるぞ。あいつらが魔法を撃った瞬間だ)
(分かった)
エスターの返事を確認してから私は視線だけを動かし、周囲の状況をもう一度確認する。
天幕の周囲を囲む奴らは皆一様に紋章を輝かしていて、いつでも魔法を発動できる状態になっていた。
「条件をのんでいただけないようですね、残念です。……お前達、「今だ!」」
男が合図を出すと同時に、私たちは一斉に走り出す。
それと同時に紋章保持者保護部門たちは一斉に魔法を放ち始めたが、どれも不発に終わる。
いや、正しくは暴発したと言った方がいいだろう。
「ぎゃあああああああああああああ」
「なんだ、なにが起きている!?」
私たちに魔法を放った奴らは突如として全身から血を吹き出しながら倒れていき、悲鳴を上げ始める。
その光景を見たことで私たちを囲んでいた彼らは動揺してしまい、包囲が緩くなった。
だからその隙をついて、私たちは一気に突破する。
「良かった、成功したみたいだな」
「あれ、死にはしないんだよな?」
私達に襲い掛かってきた奴らだというのに、エスターは若干心配している。
だがこの毒薬は命を奪うものではないし、後遺症も残らない。
少しの間、激痛に苦しむだけだ。
「死なない。あれは気体の毒薬で、吸い込んだ者の魔力に反応し、痺れさせる」
私は香水瓶に似た容器を指差しながら、説明する。
毒薬を作り始めの頃に失敗した経験から発想した毒だ、効果には自信があった。
そして毒の作成を実現する素材は、フォルドが土産として持ってきてくれた。
「雷の海水が役に立ったな!」
「あぁ、悪くない結果だ。……待て、何か聞こえる!」
包囲網を突破して少し休もうかと考えてきたときだったが、遠くから足音が聞こえてくる。
だがそれは足音だけではなく、不規則に何度も爆発する音を伴っていた。
「待てええええええええええ! 裏切り者めええええええええ!」




