07-06 誰が為の戦い
エスターに連れられて、私は国境の街から離れた。
彼がどこに向かっているか良く分からないが、今はついていくことしかできない。
「適当に馬車を見つけて帰ろう。それまでは幾つかの街を経由したり、野宿もするかも」
「分かった」
私が疲れた顔をしていたからだろうか、エスターは心配そうにしゃべり続ける。
それをありがたく思いながらも、私の頭からはイノスのことが離れない。
(多分、カルティの襲撃は回避できなかった。でも国外追放されたんだから、あそこにいる可能性は考慮すべきだった)
もしかしたら聖女の名目を失ったカルティも、魔力持ちとして迫害されていたのかもしれない。
そう考えれば聖害病患者に紛れて、魔界に渡ろうとしていた可能性だってある。
「あんまり考えすぎない方がいい、ヘテラ」
「あぁ」
返事はする。けれど分かっいても、考えるのをやめられない。
どうすればあの瞬間を避けられたのか、そんなことばかりを頭の中で繰り返している。
どれだけ考えたところで、もうどうしようもないことくらい理解しているのに。
(逆恨みで私かイノスを追いかけてきたんだろうか。それにエスターとフォルドがいなければ、私も殺されていたかもしれない)
私が憎いのであれば、イノスではなく私を刺せば良かったのに。
絶対に許さないし死んでもやり返すが、それでも目の前で友人が刺されるよりはずっとマシだった。
(フォルドは、イノスを殺すんだろうか)
その答えは分かり切っている、だからこそ私達を帰したのだろうから。
結局どんなに強がっても、私はずっと望む未来に辿り着けない。
「……なあヘテラ、あんな所に街ってあったっけ」
「え?」
ぼんやりとしていた私を引き戻すように、エスターが前方を見て言う。
それにつられて顔を上げて、彼の視線の先に目を向けた。
遠くの方にあるそれは、色とりどりの幕が集まった建物のように映っている。
「いや、ないな。少なくとも私がイノスと一緒に通った時には何もなかった場所だ」
空飛ぶ馬車の中から長く下の世界を見ていたが、あんな目立つ建物は初めて見た。
そしてその集落からは焚き火のような光も見え、人がいることは明らかだった。
「行ってみるか? どうせ街には暗くなる前に、辿り着けそうにないし」
「そうだな」
今は少しでも、気を逸らすものが欲しかった。
だからとりあえず向かってみることにする。
そして私達は色とりどりの幕の集まりに、近付いていった。
それは近づいていくほどに、正体が明らかになる。
巨大なテントの集合体であり、中にたくさんの人々が集まっている。
「即席の天幕がいくつも張られているな」
「移民か? 随分色々な人がいる」
集団の規模はかなり大きそうだが、意外だったのは聖害病患者はいなさそうであることだ。
てっきり魔界に向かう聖害病患者が集まって、互いに身を向かいながら国境に向かっているのだと思っていたのに。
(けどその割には、魔法を使う人が多い。迫害対象なのに)
人間の世界では聖女を除いて、魔法を使うことを良く思われていない。
だが目の前の集団は人目も憚らず、料理のために炎を生み出したり、洗濯のために水を出現させたりしている。
「おや、こんなところでどうしました。魔女殿」
「っ!?」
真後ろからかけられた声に振り向くと、そこには壮年の男がいた。
だが私とエスターはその存在に気づいていなかったので、飛び上がってしまった。
いや、それより。
(紋章を隠してるのにどうしてばれ、いや、もう冤罪はないからいいのか)
慌てて逃げようかと考えたが、レタリエが処刑撤回の話をしているので逃げる必要はないと思い直す。
しかし警戒する心まで消え去ったわけではないので身構えていると、代わりに様子を伺っていたエスターが話しだした。
「俺達は街道の方まで戻る予定なんですが、思ったより進まなくて。それで人がいそうな場所に寄ってきたんです」
それを聞いて、男は納得したという表情を浮かべる。
そして天幕の方を見たかと思うと、そのうちの一つを指差す。
「ではここに泊っていくといいでしょう。もうすぐ夜ですからね」
「ありがとうございます!」
どうやら彼は、ここの管理者らしい。
私達が礼を言うと、にこやかな笑みで応じてくれた。
「あなた方はどういう団体なんですか」
「私達は、紋章保持者保護部門です」
(イノスの所属部門か)
それならば、安心していいかもしれない。
イノスやレタリエと近しいのかは分からないが、今のところ紋章保持者保護部門の印象は悪くない。
しかし彼らも、完全な慈善団体ではないらしい。
「ここでは利用されたり、迫害された紋章保持者や器の保護を行っています。本来なら魔女殿も保護対象ですが、あなたは違う」
「まぁ、俺はただの人間ですから」
ここにきてエスターが癒しの一族であることを隠しているのが、裏目に出てしまった。
だが簡単にバラすわけにはいかない、下手に知られれば聖女派閥に囚われていた癒しの一族の二の舞になりかねない。
「えぇ、ですからあまり長居はおすすめできません。それにあなた方の目的は、帰ることのようですからね」
どうやら彼は、私達の目的を察していたようだ。
そしてそれは当たっているので、私達は無言で頷いた。
「周りを覆った天幕を一つ用意します、本日はそこでお休みください。食事は後でお持ちします」
男性が案内してくれたのは、集落の橋にある天幕だった。
中にはたくさんの寝具が用意されており、今夜はここでゆっくりと体を休められそうだ。
(男女で部屋を分けるように言っていたが、そこまで甘える気はない)
私たちは一緒に寝ることに抵抗がないし、何かあった時に離れているのは不安だ。
それに紋章の器の保護を行なっているのであれば、急に場所が必要になることもあるだろう。
「しかし臆面もなく、魔法が飛び交うな」
「俺はちょっと故郷を思い出して懐かしいかな。って言っても基本回復魔法しか使ってなかったけど」
最近知ったことだが癒しの一族は見た目の割に頑丈で動きが早い代わりに、攻撃するのが苦手だ。
だが回復においては右に出るものはいないという、救護に特化した一族でもあった。
「でもこれだけ魔法が飛び交ってるのは心配だな、紋章っていい側面だけじゃないし」




