07-03 誰が為の戦い
「エスターとフォルドには会いたいんだが」
こっちの世界に未練はない、だがあの二人には愛着がある。
それはイノスも分かっているはずだが、無理だと首を横に振った。
「会うだけなら機会は作れるけど、連れていくのは難しいよ。元勇者と癒しの一族って肩書きは、魔界じゃ歓迎されないから」
「……そうだよな」
人間界と魔界では、立ち位置が逆になる。
魔女である私は優遇されるだろうが、紋章の器であるエスターやフォルドはどう思われるか分かったものではない。
「ちなみに私が拒否したらどうするんだ?」
「僕自身に止める力はない、けど戻る場所ももうないでしょ?」
改めて自分の状況を鑑みて、なるほどとつぶやいてしまった。
確かに今、逃げたところで暴徒に捕まるだけだ。
だがそれでも冷静でいられるのは、イノスが私を害することはないと確信できているからだった。
「あの二人と合流するにしても、今は僕と一緒にいた方がいいと思うよ」
「それはそうだな」
今もイノスは、エスターやフォルドと引き剥がそうとはしていない。
だからこそ私も、今はイノスに大人しく従っている。
「僕が魔王として覚醒できれば、有無を言わさず連れて行ったんだけどね」
「魔王の才能が後天的に開花することもあるのか?」
魔王は生まれつきの才能で、後から目覚めることなんてないと勝手に思っていた。
だがこの様子だと、例外もあるらしい。
「うん、でも条件は不明だからどうしようもないんだ」
(とはいえ、それを知ったところで私にはあんまり関係ないんだよな)
本人は気にしているようだが、魔王として覚醒していないイノスが私にとってのイノスだ。
むしろ余計なことを考える必要がなくなったせいか、心持ち楽になったとすら思える。
「あ、そろそろ街道に入るよ。そうしたらゆっくり休もう」
「一気に魔界まで行くんじゃないのか」
イノスに促されて窓の外を見ると、いつの間にか景色が変わり始めていた。
だが国境と思わしき壁は確かに遥か遠くで、門は豆粒より小さい。
「さすがに距離があるよ。この後もいくつか街道を経由して行くから、思ってるよりも時間が掛かるかもね」
そう言うとイノスは速度を落とし始め、やがて馬車が完全に止まった。
そして扉が開かれて、外から声を掛けられる。
「降りて、ヘテラちゃん。今日はここに泊まるよ」
街道沿いにある宿場町で、私は宿の一室に案内された。
魔族の女将が案内をして、人間の従業員が働いている。
だがそのやりとりを見ていても、同族同士でやり取りしているようにしか見えなかった。
「なんだか不思議な場所だな。魔族と人間が混在している」
「うん、魔族と人間の恋ってのもなくはないからね。あと交易商が多いからかな」
宿の窓から行き交う人々を見ていても、誰も誰かの容姿を気を止めない。
手足が複数あったり、目の数が違う程度では目もくれていなかった。
「魔界じゃ人間の物は高く売れるし、逆も然り。ここはそういう意味でも文化が混じっている」
「問題がおきることはないのか」
ここに火種がなくても、外から持ち込むやつはいるだろう。
そんな私の心配は他所に、イノスは問題ないと答えた。
「そういう人こそ、逆に叩き出されるよ。それにそういう場所だから、詮索されることもないしね」
「へぇ」
そう言いながら、イノスは部屋に入る前に調達してきた食事を取り出す。
といっても、彼の好みでほぼお菓子なのだが。
「魔界まではまだ遠いから、色々見てまわろうね」
その後も私たちの、空飛ぶ馬車の旅は続く。
次に到着した場所は、小さな集落のような場所だった。
「ここは魔族の住処か? にしても怪我人が多いな」
「ううん、違うよ。治すことを諦めた聖害病患者が、魔界へ向かう時に使っている拠点」
森の中にひっそりと作られていたその場所は、とても静かで寂しい場所だった。
だが木の葉に隠された入り口は、知っている人以外気付けない。
「魔界は聖害病患者を受け入れているのか」
「聖害って、結局魔力汚染だからね」
聖女のもたらした薬は、魔族の攻撃と同じ効果を生み出した。
けれどどんな理由であれ罹患してしまえば、差別を受けることは免れない。
「ねぇ、人間と魔族の違いってなんだか知ってる?」
「さぁ。魔族の外見って色々あるよな」
角があったり翼が生えていたり、部位の数が人間と違ったり。
けれど法則性は見えず、どれがあると魔族なのかはわからない。
だがイノスの話によると、違いはもっと根本的な部分だった。
「実は外見って関係ないんだ。魔族は魔法が使える者のこと、人間は魔法が使えない者のことを指す」
「それだけなのか」
でも言われてみれば、イノスも人間と見た目は同じなのに魔族だという。
そしてエスターやフォルドも紋章の器で、人間とはまた別の存在だった。
(なら私はどうなんだろうな)
後天的にだが私も紋章から魔力を得ている、そして聖女であるカルティも同じだ。
その場合は魔女も聖女も、人間ではないのだろうか。
だから人々は、魔女も聖女もあんな勝手な扱いをするのだろうか。
「そういえば魔力が得られるんだったら、イノスも聖水を飲めば良かったんじゃないのか」
魔族の魔力は先天性のものかもしれないが、聖水は後天的に魔力を与えるものだ。
普通の人間ならば忌避するものだが、イノスは力を求めている。
だがそんなことは当事者が最初に思いつく事だろうから、やはり何か問題があったのだろう。
「試したけど、ダメだった。本当に、なんの才能もないんだよ。僕は」
「計略の才能はあるんじゃないか? この間の聖女破門の騒動は驚いたぞ」
慰めるというよりカルティが破門された時の感想になってしまったが、あの計画には感心した。
見事カルティは破滅し、私は解放され、聖女派閥も弱体化できた。
「あれは聖女が勝手に自滅しただけだよ。僕はそのお膳立てをしただけ」
協力者もいたしね、とイノスは領主のことも付け加える。
「それでも計画をしたのはイノスだ」と私が言うも、彼はあまり嬉しそうな顔をしてくれない。
「むしろ人間の世界を滅ぼすなら、そのままの方が良かったんだ。ね? やっぱり僕は才能がない」
それは否定できなかった、確かにカルティをそのまま放置した方が世界の破滅はより加速する。
けれどそうしなかったのは、私を優先してくれたからだ。
そしてイノスは会話を打ち切り、話題を変える。
「じゃあ次のところに行くよー。もうちょっとしたら魔界に着くからね」




