07-02 誰が為の戦い
「しかしこの馬車はどこに向かっているんだ、教会の方面じゃないのは分かるんだが」
「僕の故郷だよ。だいぶ遠いから、教会より安全だと思う」
イノスの言葉に、ふと思い出す。そういえば彼は貴族出身だと言っていたことがあった。
ならば彼の実家は相当大きいのかもしれない。
しかし一概に故郷と言っても範囲が広すぎる、彼が住んでいる場所とは一体どの辺りなんだろうか。
「イノスの故郷ってどこなんだ」
「それは着いてからのお楽しみってことで」
「じゃあ、魔界か?」
私の言葉に、御者の席からイノスが目を丸くしてこちらを見る。
そして次の瞬間には感心したように溜息を吐いた。
「いつから気づいてたの? 僕が魔王だってこと」
「可能性としては最初からだな。あの好感度の高さから、魔界関係の者だとは思っていた」
あれほど魔女と分かっている者を好む者が、ただの人間である可能性は低い。
それに私が探している人、という言葉からも逆算できた。
「あとさっきの結界破壊の件だな。普通の人間にあんなことできないし、できるやつは相当限られる。でもまさか魔王そのものだとは思わなかった」
「あ、僕もしかして自分でばらしちゃったのか」
どうしよう、と頭を抱えるイノスはそう困ったように見えない。
どうせ本心は気づいてほしかったとか、そのあたりだろう。
「まぁ結界を破壊したのは、用意してた魔道具だけどね。僕は魔王としての力はほとんどないから」
「で、イノスは悪いことはしたのか」
私の質問に、今度は黙り込む。
そしてしばらくすると、観念したかのように口を開いた。
だが出てきた言葉は、予想外のものだった。
「しようと思っていたけど、聖女が邪悪すぎて全然出番がなかったんだよ」
少ししょんぼりしたように、魔王である少年は話し出す。
だがイノスはもう、魔王としての自信が粉みじんになっているらしい。
「すごいよね、彼女。僕は何にもしてないのに、とんでもない勢いで世界が滅びていくんだ」
(そうなんだよな、むしろイノスは教会でめちゃくちゃ働いていたわけだし)
潜伏して人間側で動いていたイノスや私達の働きより、適当な聖水を散布した聖女の被害の方が大きかった。
それこそ世界の滅亡に繋がりかけているほどに。
「魔王の才能あるよな」
「うん、絶対僕がやるより早い」
なんだったら歴代の魔王と並べても、いい線行くんじゃないだろうか。
だって異世界転生してからまだ数カ月だ、その短期間でここまでやらかしたのは素直に凄いと思う。
「だからイノスは、今代の魔王として暗躍しなかったのか」
「ううん、それとは別問題。僕に魔王としての才能が全然ないからだよ」
てっきりカルティに任せていればいいからかと思っていたが、違うようだ。
そしてイノスは、自分の過去を語り出す。
「僕はね、期待されていない魔王なんだ。魔力も力もなくて、全てが魔族じゃなくて人間に近いんだ」
イノスは自身の手を見つめる。
そこには普通の人間と同じ肌の色と、細く小さな指があった。
それだけではない、イノスからは常に魔力を感じなかった。
「魔界では可愛がって貰ってはいた、差別もされなかった。でも何もないことが逆に、申し訳なくってさ」
虐げられれば際限なく憎むが、反対に優しくされれば返したくなるのも分かる。
それで察しがついた、イノスが人間界にいるのは魔界に何らかの利益があるからだ。
「今の魔界はね、緩やかに人間に滅ぼされてるんだ。人間と魔族の戦いは、どちらかが完全に滅びるまで続く」
「フォルドが魔界を破壊しているのか?」
もう勇者ではないと言っていたはずだが、現れない勇者の代わりに戦っているんだろうか。
しかしイノスは苦笑いを浮かべながら答えた。
「今はもうしてないよ、そもそも彼はもう勇者じゃないし。やっているのは普通の人間だよ」
イノスは普通の人間だというが、恐らく先ほど襲ってきた人みたいなことを言っているのだろう。
自己中心的で、自分の利益を先に求める、ごく普通の人々。
その中でも力を持つ、教会にいた聖女派閥の面々のような。
「今も彼らは紋章の器を作って、魔界を破壊するように操っている。本当に悪いのは紋章保持者じゃない、人間なんだよ」
(そういえばフォルドが言っていたな、紋章保持者は人間扱いされないと)
魔王を倒す為に、紋章の力を行使する造られたのが紋章の器だと。
同じ姿をさせておきながら、生まれた瞬間から差別されている被造物。
「僕は人間達から魔界の人達を守る為に、大切に育ててくれた人々に報いる為に、この国にやってきたんだ。魔力や力もなくても、なんとか自分のできる方法で人間を滅ぼそうってね」
そう言うと、イノスは一度口を閉ざす。
理由は言わずとも分かった、その行動は彼の劣等感を利用したものだろうから。
「人間達に紛れ込むのは大変じゃなかった、僕は魔族の特徴を持っていなかったからね。それを利用して、学園と教会に紛れ込んだんだ」
「それでどうやって、人間を滅ぼそうとしたんだ?」
身近な人間以外に愛着はないので、破滅へ落とすやり方を聞いたところでどうも思わない。
だから魔王として無力なイノスがどう戦おうとしたのか、そちらの方に興味が引かれた。
「力は何にもなかったから、内部崩壊を狙った感じ。薬に毒を混入させて、戦線を崩そうと思った。聖害病でそれより酷いことになってるけど」
「聖害病って、カルティの薬が引き起こした病気か」
「そう。それにこっちにいる間にヘテラちゃんたちと会って、この世界に愛着が湧いちゃったんだ」
聖女によってもたらされた疫病は、結果として魔王の計画を簡単に超えてしまった。
そして人間の世界に残ったイノスは人間を滅ぼすどころか救う羽目になり、今代の魔王は人間と共存する道を選んだ。
「あとはもう君の知ってることだよ」
「しかし随分と秘密を話したな」
いつか話すとは言われていたが、こうもいきなり全てを話されるとも思っていなかった。
けれど逆に考えれば、もうなにがバレても問題ないという意味でもあったのかもしれない。
「君は魔界に連れて行って、もう帰さないからね」
少年はいつも通り、愛くるしく笑う。
けれどその口から見える牙は、少しだけ尖って見えた。




