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07-01 誰が為の戦い




 安寧の家の周りを、ぐるりと人が取り囲んでいる。

 それは魔王や賊といった敵ではなく、救いを求める人々だった。


(聖女破門から魔女と糾弾されなくなったが、代わりに聖女として求められることとなった)


 教会で私が依頼を受けるようになってから、しばらく経った。

 依頼をこなすうちに、人々は私を頼ってくるようになった。

 そこまでは良かった。


「聖女様、この子を助けてください! 聖女様ならできるでしょう!」

「うちの娘の手が腐り落ちそうなんだ! 助けてくれ!」


 もちろん誰かが頼ってくるのであれば、出来る限り応えたいとは思っている。

 けれどできることには限度がある、そしてその依頼は日に日に度を超してきていた。


(手が足りないのもそうだが、できないことをさも当たり前のように求められることがきつい)


 毒薬作成を通してこの世界の事を学んだが、完全な死者蘇生はまず不可だ。

 そして回復魔法は魔女の紋章を持つ者には使えないし、失った部位を再生させるなんて以ての外。

 それでも彼らは私を聖女と呼び、存在しない奇跡を求めてくる。


「その子供は既に死んでいる、死んだ者は聖女であっても蘇らせられない!」

「あなたには聞いてません! 聖女様、お願いです! 私にはこの子しかいないんです!」


 人々が安寧の家に入らないようにフォルドが門番をしているが、効果は薄い。

 魔物狩りをしているフォルドを知っているのは前線に出ている人間などで、しかも勇者の役目を終えてからそれなりに経つ。

 しかも本来人々を守る勇者だったフォルドでは、村人相手では相性が悪い。


「偽物の聖女のせいで、うちの家族は死にかけているんだ! どうか慈悲を!」

(勝手なものだ、しばらく前までは私のことを嘲笑っていただろうに)


 門の前で嘆く人々は家族や自分を守るために来ているのだろうが、あまりにも身勝手だ。

 そもそも依頼するのに家まで押しかけてくるのは、相手を聖女だと考えていようと非常識でしかない。


「ヘテラ、アイツらは悪意がないから結界が効かない! 別の結界も張っているが、今すぐ教会まで逃げろ!」

「分かった、エスターも既に逃げているんだな!」

「あぁ、俺も後から合流する!」


 教会の敷地内はここよりも強い結界があるため、それを越えれば追ってこれないはずだ。

 あんな暴徒をまともに相手にするほど、私は優しくない。


(滅茶苦茶だ、もう)


 そう思いながら振り返ると、安寧の家を取り囲んでいたはずの人々の姿にひびが入っていた。

 眼を疑うのと同時に、何かが割れる音がする。


「――!? ヘテラ、結界が壊された!」

「あれ、そんなに脆いものなのか!?」

「まさか、本職の一級品だ! だが実際に壊された、早く二階に行け!」


 魔物に対して絶大な効果を誇っていた魔力の壁が、粉々になって崩れ去る。

 その光景を見て呆然としていると、安寧の家の門が強引に開かれたのが見えた。


「すまない、フォルド!」


 元々家の中にはいたが、フォルドの声を聞いて少しでも暴徒の手から逃れられる場所を探す。

 最悪の場合、屋根に上って飛び降りる必要があるかもしれない。


(安寧の家が、壊されていく。私を癒し、守ってくれた場所が)


 カルティのせいにしたいが、きっと原因がカルティじゃなくてもこうなっていた。

 魔法どころか薬の在処すら制限されている世界で、救いがあればしがみつくに決まっている。


(カルティも、こういうものを相手にしていたのだろうか。同情はしたくないが)


 あれはまともに作れなかっただけの気もするが、今はどうだっていいことだ。

 一階で騒ぐ人々の声を聞きながら、階段を駆け上がっていく。


「――ヘテラちゃん、どこ?」

「イノス?」


 最も奥の部屋に向かう途中の窓から、くぐもった声がした。

 窓越しだから声での判別が難しいが、私をちゃん付けで呼んでくるのは一人だけだ。


「こっちだよ、窓を開けて!」

「分かった!」


 勢いよく窓を開けると、そこには空飛ぶ馬車に乗ったイノスがいた。

 黒い羽の魔物に馬車を引かせ、私に手を差し出している。


「迎えに来たよ、ヘテラちゃん」

「イノス」


 差し出された手を握り返すと、馬車の中へと引っ張られた。

 そしてすぐに扉が閉められて、外から人々の怒声と鍵がかかる音がする。


「早く! すぐ逃げないと!」

「待ってくれ、フォルドも連れて行ってくれ!」


 下には人々を留めているフォルドがいる、彼を置いて行くわけにはいかない。

 しかし私が降りようとする前に、イノスは首を横に振った。


「フォルドさんは一人なら逃げられる、だから大丈夫!」

「……分かった」


 確かにフォルドは一般人相手じゃ戦えないが、逃げるだけであればどうとでもなる。

 それができなかったのは、私がいたからで。


(無事でいてくれ)


 黒い羽の魔物が嘶いて、馬車が出発する。

 安寧の家が見えなくなるほど離れていく中、私はずっと祈り続けていた。




(あの人たちは、本当に死者蘇生をできると思っていたのだろうか)


 喧騒から離れた馬車の中で、私はふと思い至る。

 魔法のある異世界だが、けれど実際には使えないものや制限されているものが多い。

 そしてその中の一つに、知識があった。


(人々は魔法があることは知っている、けれどどこまでが無理な事かは知らなかった)


 仕組みを知らないから、存在しないと分かっているものを探そうとしてする。

 それとも私も知らないだけで、死者蘇生の奇跡があるのだろうか。


(分からない、けどもう疲れた)


 エスターとフォルドに保護されてから、人間嫌いは随分とマシになったはずだった。

 だがここに来て、また元に戻りそうになっている。


「ヘテラちゃん、大丈夫?」

「少し、参ってる」


 イノスの問いに、顔を覆いながら答える。

 今更、どうしてこんな目に遭わなくてはいけないのか。

 もう救われたと思っていたのに。


「この馬車の中なら静かだから、ちょっと休むといいよ。彼らは見たところ一般人だったから、この馬車を撃ち抜くとかもできないだろうし」

「助かる」


 馬車の内装は小さいながらもしっかりしていて、防音もされているようだ。

 おかげでかなり気が楽になるし、このまま眠りたい気分だ。


(いや、眠るのはまずいか)


 いつ何が起きるか分からないし、そもそもまだ何も解決していない。

 だがイノスは私が次に話しかけるまで、ずっと黙って御者としての役割を果たし続けてくれていた。

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