06-06 聖なる病と破門騒動
この病は聖女の聖水で回復可能どころか、本来は完治まで見込めるものだ。
だが実際には知識不足で被験者を聖女の魔力で汚染し、魔女の魔力で打ち消したことになる。
「村の人たちの異形化は、聖女が村をまわって聖水を与えたから起こったことだった。だから魔女の毒薬が効いたんだ」
「えぇ。それを今、この身をもって証明いたしました」
その言葉に周りで見ていた貴族たちがどよめく。
彼らは昔から伝わる、聖女という存在を信じ切っていたから。
そして聖女の存在によって、魔物の脅威が取り除かれるのだと疑いもしなかった。
(けれどそれは、ただのおとぎ話だった)
聖女の力を使いこなせるならば、村人たちが異形化するはずがない。
だからカルティの力は魔物を倒すのではなく、魔物を生み出す力なのだと認識されてしまう。
「違うわ。最初の薬は私が作ったんじゃない、だからコイツらの罠よ!」
まだカルティはわめいているが、貴族たちの目は怯え切っている。
そして今まで黙っていたレタリエが、教会の不備を指摘されたことで口を開いた。
「最初の薬の毒物鑑定は聖女部門、及び紋章保持者保護部門で行っている。故にそれはあり得ない」
「信じられないわよ、そんなの!」
レタリエの言葉にカルティは激高するが、既に彼女の言葉を信じる者はいない。
だがまだ諦めない彼女は、力を貸してもらったはずのエスターや癒しの一族を指差して叫ぶ。
「エスターだわ、この男の罠よ!」
「では聖女がそう訴えるなら、薬の証明を行おう」
エスターや私が反論する前に、レタリエがそう告げた。
すると彼の部下らしき人物が何人か現れ、見覚えのある天秤を持ってきた。
(あれは、要素天秤か)
私たちが普段薬を作るときに使っているものに似ているが、最大の違いはその大きさだ。
安寧の家にあるものは私でも片手で持ち運べるものだが、これは大人の男が数人がかりで運んでいる。
「聖女はこの石に血を垂らし、分銅にして天秤に置くように。もう片方には被験者の血を垂らした分銅を、同じように天秤に置くように」
(変異患者の血ってことか)
魔力そのものではないとはいえ汚染されないようにだろう、慎重に分銅が運ばれてくる。
近くを通られた気の弱そうな貴族が小さく悲鳴をあげ、不安げな表情で震え上がった。
「痛いのは嫌よ、無礼者! 離しなさい!」
「指先でいい、切れ」
そして暴れるカルティを抑えながら、レタリエの部下はナイフを取り出し彼女の人差し指を切る。
赤い血が流れる細い指先を彼は乱暴に掴み、傷口を透明な分銅に擦りつけた。
「きゃあああああああああああああああああああ!」
(大げさだな)
痛いのは確かだろうが、殺される寸前の悲鳴にしか聞こえない。
だがレタリエの部下に悲鳴で動揺する者はおらず、淡々と作業は進められていく。
「患者たちの保有する病の原因が聖女のものであれば、天秤が釣り合う。これで証明されるだろう」
「いや、やめなさい! 私は聖女なのよ!」
「それをこれから証明する、真実であれば恐れることはない」
必死に抵抗するカルティを無視し、手際よく作業は進められる。
そして分銅が置かれた天秤は、静かに揺れて答えを出す。
(天秤が釣り合った)
つまり聖女の薬による汚染を示す証拠が出た。
これでカルティは自分の罪を認めざるを得ない。
(だがこの程度で認める女なら、ここまで拗れていない)
転生直後もそうだったが他者がカルティに騙される一つの要因として、自分に対する自信がある。
自分の言葉や行動は全て正しいと思い込んでいるからこそ、その迷いのない態度をみんな信じてしまった。
だがここまで証拠が揃ってしまうと、もう誰も彼女を庇うことはできない。
「こんなの嘘よ! そうだわ、この天秤に細工されているのよ」
「この天秤は細工付与の魔法が厳重に掛けられている、それにもう君の言葉に効力はない」
白い部屋で、誰もがカルティの言うことを信用しない。
それは人を代えた、あの日の再現のようだった。
「なんと言うことだ、我らは魔女を信仰していたのか」
「紋章は、紋章はどうなっている!?」
聖女についていた者たちは錯乱し、今まで崇めていたはずのカルティから手を切る。
そして一人の取り巻きが紋章のことに気がつき、カルティの服に手を掛けた。
「なにするのよ変態、……きゃあ!」
「紋章が、変質しているな」
カルティは必死に隠しているものの、あの日神々しく輝いていた印は色褪せてしまっている。
半裸に剥かれた羞恥でカルティは赤くなっているが、全員体ではなく、紋章に目が向いていた。
そしてその目は、いとも簡単に色を変える。
「コイツは魔女だ、即刻首をはねろ!」
「我らは関係ない、魔女が我らを騙したのだ!」
(思い出すな、転生初日を)
今もまたカルティが魔女であると訴え、自分たちは被害者だと主張している。
コイツらは変わらない、何一つ。
「この裏切者ども! 散々私を盾に好き勝手していた癖に!」
カルティも負けじと言い返しているが、どっちもどっちだ。
私としては、両方地獄に落ちてくれるとありがたい。
そしてイノスの企てた計画は完了し、レタリエが裁定を下す。
「証明は成された。故に教会から、聖女の破門を言い渡す」
「そんな!」
先ほどの作った悲鳴ではなく、正真正銘の叫びがカルティの口からあがる。
更にレタリエの断罪を聞いた貴族たちも、意向が決まったのか次々に声をあげた。
「私の領地からの献金も、やめさせていただきましょう。代々支払ってきましたが、それはまともな聖女様の献身に対してでしたから」
「そうだな我が領地も、悪魔に払う金はない」
貴族たちの言葉に、聖女の取り巻き達の顔色が一気に悪くなった。
おおかた、問題になった聖女さえ切ってしまえば問題ないと思っていたのだろう。
「今一度お待ちを! 全て聖女が勝手にやっていたことです! 我々は騙されていたのです!」
「聖女派閥も同じく破門だ。真実の聖女を見極められない者に、価値はない」
「慈悲を! 今一度の許しを!」
取り巻き達がレタリエに縋りつこうとするものの、彼の部下達が取り押さえて連行していく。
しかし同じ教会内のはずなのに、部署によって随分と違うようだ。
そして部屋の中が静かになった頃、レタリエが私に話しかけてきた。
「ヘテラ嬢。魔女疑惑に関しては、教会から正式に撤回と謝罪を行う。本当にすまなかった」
「今更だ。それに魔女であること自体は、嘘じゃない」
ある程度の力をつけた今、むしろ魔女であることを利用して戦うこともできる。
だからここまで来てしまうと、撤回されたところでほとんど何も変わらなかった。
「だが処刑の撤回は必要だろう。もう君が隠れて生きていく必要はない」
「どうも。それよりエスターは、大丈夫か」
悲願だった処刑が回避できたことより、今は大事なことがある。
喜ぶのは、それからでも遅くない。
「迎えに来たぞ、エスター」




