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06-05 聖なる病と破門騒動




 二度と見たくもなかった教会にいると、やはり嫌気が差してくる。

 神々しい光を放つステンドグラスや、祈りを捧げる誰かの像が、私は大嫌いになっていた。


「皆様方、お集まりいただけて感謝いたします」

(まるで見世物だな。いや、本当に見世物なのか)


 集まった人々の前で、中年の男が挨拶をする。

 背が高くて少し頬がこけた、神経質そうな男だった。


「本日は我が教会の聖女による奇跡の一端をお伝えすべく、儀式を一般公開いたしました」

(とは言っても、ここに来られる者は一部の貴族だけだけどな)


 一般公開と言っても、平民が入れるのはせいぜい入り口にある広間くらいだ。

 ここは教会内で言えば比較的外側にある部屋だが、それでも招かれた者しか出入りできない。


 そして男の喋りを聞いていると、仕込みを終えたイノスが私の隣から顔を出した。


(今喋ってるの、僕の上司。レタリエっていうんだ)

(じゃあ紋章保持者保護部門の人か)


 未だに名前しか知らない教会の部署だが、聖女派閥との癒着はないのだろう。

 そうでなければ、今回手をまわしたイノスが黙っているわけがない。


(そう、聖女派閥の人じゃ公平性はないからね)

(なら大がかりな小細工はできないな)


 聖女派閥の妨害を念頭に置いていたものの、そこまで気にしないで良さそうだ。

 だが油断する気もない、用意がなくてもカルティはその場で暴れる可能性が高かった。


 まぁ今は状況の悪さを悟ったのか、彼女は真っ青な顔で黙っているが。


(震えてるカルティはどうでもいい、だが)


 その横で下を向いている、エスターが心配だ。

 カルティになにかされたのかもしれない、ひどく落ち込んでいるように見える。

 あの輝かしい美貌にも影が落ち、見てるこちらの心をざわめかせた。


(ヘテラちゃん、抑えて)

(分かってる)


 本当は今すぐにでも攻撃にまわりたいところだが、今回はイノスが作戦を立てている。

 ここで暴れてしまえば、水の泡になってしまう。


(でもエスターの相当顔色が悪い、もしかしたら見えない所を殴られているかもしれない)


 エスターは自分の怪我を治せるだろうが、精神に負った傷は一人じゃどうしようもない。

 それはエスターとフォルドに救われた私が、良く分かっている。


(早く、解放してやりたい)


 近くに行って、もう大丈夫だと抱きしめてやりたい。

 私はそうやって救われた、同じようにはいかないかもしれないが、少しでも力になりたい。

 けれど、その願いはまだ叶わない。


(それに被検体もだ、こんな見世物に自らなるなんて)


 今回の被検体はかなり危ない橋を渡ることになる、だが彼は自ら立候補したらしい。

 本当は私が止めるべきだったのだろうが、エスターを助けるために無茶を願ってしまった。

 だから私は、とにかく被検体の無事を祈るしかない。


「では聖女様、この方に聖水を」

「わ、分かったわ」


 イノスの上司であるレタリエがカルティに指示を出すと、彼女は怯えながらも瓶を手に取る。

 しかしぱっと見、その薬に奇跡が宿っているとは思えなかった。


(あれは聖水じゃないね、効果は相当高そうだけど)

(エスターたちに作らせたんだろうな)


 見た限り品質は至高、だが症状と一致しないのであれば効能が高くとも意味はない。

 ならばカルティは本当に聖水を作成できないのではないか、――しかしそんな考えは、カルティの暴挙でどこかへ行ってしまった。



「――ちょっと待て! その濃度の薬を一気に投与したら」


 エスターが慌ててカルティを止めようと声を上げるも、時すでに遅し。

 カルティは躊躇なく、薬を被検体に振りかけていた。


 そして、異変が起きた。


「ぐ、ううううぅぅううぅうううっ」

「ひっ」


 被検体が突然起き上がり、唸り始める。

 その声を中心に、観客は次々に仰け反って下がり始めた。


「馬鹿! そのままだと彼は死ぬぞ!」

「なに言ってんのよ、不良品を渡したのはアンタたちでしょ!?」


 エスターの怒鳴る声と、カルティの責任転嫁する声。

 その間にも、被検体の身体からは黒い煙が立ち上っていた。


「他人に作らせたの、もうバラしちゃったんだ」

「そんなこと言ってる場合か!」


 妙に冷静なイノスの声に、私はつい大声で返してしまう。

 確かにこれは作戦内の出来事ではあるが、被検体にとって危険には違いない。

 そして慌てたカルティは、いよいよ隠していた薬を取り出した。


「じゃあ、これを飲みなさい! 貴重なんだから、感謝しなさいよ!」


 カルティは薬の蓋を開けると、それを無理やり被検者の口に押し込んだ。

 すると、今度は被験者の全身から白い光が溢れ出した。


「あれは本物の聖水か」

「うん、でもどうでるかな」


 イノスは私の疑問に答えつつ、興味深そうに見つめる。

 誰もが薬の効果を見つめているが、更に被験者が苦しみ始める。


「――――――――!」


 そしてあの村を襲った、人であったものが姿を現す。

 過剰な魔力に包まれた、異形の化け物。


「変異患者だ! どうなってるんだ!?」

「あれ、この間の村にいた奴じゃないか!」


 観客たちは自身が危機に晒されていると認識し、逃げ惑い始めた。

 そんな中、イノスは被験者を見つめ続けている。


「やっぱりそうだったんだ、村に原因があったわけじゃない」

「もしかして、因果関係が逆なのか」


 薄々は気づいていた、この現象は魔物とは別の要因で起こっていることを。

 聖女の薬が効かないのではなく、逆効果であることを。


「患者がこっちに来るぞ!」


 こちらに向かってくる患者が掛かった病は、今まで魔物が人に過剰な魔力を与えることで発症していた。

 そして先ほどカルティが出した聖水には、過剰なまでの魔力が付与されている。


(私の毒薬だって魔力を付与するが、人体に影響を与えるほどじゃない)


 だが今はそんなことを考えていても、どうしようもない。

 被験者は聖水の力を、証明してしまった。


「ヘテラ、なにしてるんだ!」

「私が出る! これは私なら、抑えられる!」


 そして聖女が相手ならば、魔女の出番だ。

 私は叫ぶエスターの声とは反対に、変異患者の元へ走っていく。


「耐えてくれ、頼む!」


 私は変異患者の口に、先端の尖った容器に入った偽薬を流し込む。

 先端には皮膚を溶かす別の毒薬を塗布していて、肉体が固くなった異形にもきちんと刺さった。


 そして変異患者は薬がまわると、すぐに崩れ落ちた。


「……治った、のか」

「殺したんじゃないの? ぴくりともしないわよ、その人」


 ざわざわと騒がしい中、カルティが私に罪を擦り付けようとする。

 だがその否定は、被験者本人から行われた。


「……いいえ、生きていますよ」

「あなた、この間の村の」


 魔女の毒薬を与えられた被験者は、異形から人の姿へと戻っていく。

 そして完全に姿が戻った時、彼は領主の姿をしていた。


「えぇ、お久しぶりです」


 薬に振り回されて衰弱しているだろうに、領主はいけしゃあしゃあとカルティにあいさつする。

 むしろ状況を事前に知っていた私の方が、疲れ果てていた。


「人殺しになる覚悟もしていましたが、間に合ったようですね」

「勘弁してくれ。アンタだって死ぬ可能性があったんだ」


 私に支えられてにこにことしている領主は、今回の作戦に自身を捧げてくれた。

 村での一件後、領主は私に直接自身の病を治す薬を依頼している。


(だからイノスはそれを利用して、カルティを追い詰める作戦を立てた)


 領主の病は幼い頃に魔物に襲われて、放置すると魔物に成り果てるものだった。

 村では原因が違ったためすぐに分からなかったものの、彼も同じ病の被害者だ。

 だからこそ身を投じてまで、私に協力してくれた。


「あなたの信奉者ですから、命は惜しくありません。けれど今回はあなたの冤罪を晴らす場でもあるのです、意地でも生き残りますよ」


 私の役に立てて心底嬉しいと、領主は満面の笑みを浮かべている。

 だがカルティはそれを、心底忌々しそうに睨んでいた。


「どういうことなの。みんなで私を嵌めたっていうの?」

「半分はな。だが聖女の力をきちんと磨いて、使えていれば回避できたはずだ」

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