05-05 変異した村と役立たずの聖女
フォルドを見送った私たちは、新たに得た情報を用いてもう一度対策を練り直す。
外のことはフォルドが向かったから考えなくていい、だから考えるべきは作成する薬の種類だった。
「俺達は薬を作り続けよう。俺が魔力回復薬を作るから、ヘテラは魔力を込めた水を作り続けてくれ」
「変異と魔力暴走の解毒はいいのか」
エスターの指示に、私は疑問を呈する。
材料が足りないとはいえ、そちらを完全に諦めるのは早計に思えた。
だがイノスも、エスターの案に賛成している。
「エスターくんに賛成、症状に関係なく偽薬は効いてるからね。それに解毒の材料も少ないから、偽薬を作り続ける方がいい」
「分かった」
イノスの意見も踏まえ、私たちは改めて薬の作成を開始する。
今まで広げていた各症状に対応した素材を隅に追いやり、代わりに瓶や桶に入れられた水をとにかく集めて調合する。
「やっぱり効果は弱いけど、確実に効いてるな」
「作っててなんだが、仕組みが全然分からない!」
エスターが感心しながら、私が叫びながら、それでも手を止めずに薬を作っていく。
だが順調に進んでいた薬作りも、限定された状況ではすぐに行き詰まる。
「っ、水が切れた!」
どの薬にも必要だった水は供給に追いつかず、ついに底をついた。
村の中にまだ魔物は入ってきていないものの、油断はできず下手に動けない。
(くそ、でも水がなきゃどうしようもない)
フォルドが善戦してくれているのか、外から変異患者が来る様子もない。
だから村の中心にある井戸まで行くことはできる。
これ以上は水がなければ話にならないのだから、少しくらい危険を冒してでも——。
だがその時、何かを抱え持った領主が部屋に入ってきた。
「水ならあります! これを使ってください!」
現場をかけずり回っている領主の顔色は悪く、息も絶え絶えで今にも倒れそうだ。
だはそんな領主が抱え持っていたのは透明度が高く、不純物のない綺麗な結晶だった。
(水の魔石)
触れなくても分かる、溢れんばかりの水の要素を含有した欠片。
おそらくこれはこの村の水源となっていたものだろう。
これだけのものを持ってくるには、相当の勇気が必要だったはずだ。
現に村人は、突如持ち込まれた宝を見て声を上げている。
「それ、領主家の秘宝じゃねえか! というか外に行って取ってきたのか!」
「死蔵するよりはマシです、端から砕いて水にしてください!」
誰よりも先に領主は、つるはしで魔石にひびを入れる。
見ただけで分かる価値の高い石に尻込みして、村人では誰も手が出せないのがわかっていたからだろう。
(しかし、躊躇っている暇はない)
今は一刻も早く水が必要なのだからと、回復した村人も迷いながらその石を砕いていく。
そして少しの時間の後、大量の水を作り出すことに成功した。
だが同時に領主の体力が尽きてしまい、今度は彼がその場に倒れてしまった。
「領主さん、大丈夫か」
エスターや村人が魔石を水に変換している間に、私は倒れた領主の元へ駆け寄る。
顔色が悪く、呼吸が荒い。どう見ても平気な状態ではない。
けれど私の言葉に、領主は弱々しく笑った。
「えぇ。元々病持ちの身ですが、あなたの薬でだいぶマシになりました」
「……私は、アンタに薬を渡した記憶はないが」
私がこの村に来たのは、今日が初めてだ。
そして領主は今まで走り回っていて、介抱を受けていない。
すると領主は、懐から小瓶を取り出して見せてきた。
その中には、緑色の液体が入っている。
見覚えのあるそれは、以前私が調合した薬と同じものだった。
「依頼機関からです。うちは辺境の貧乏なので教会の品は買えませんでしたが、あなたが依頼を受けてくれた」
「依頼機関から情報は渡されないんじゃないのか」
依頼を受ける者の情報は、依頼機関しか知らないはず。
だからこそ薬があるとはいえ、領主がどうして私の事を知っているのか疑問だった。
だが私の質問に、領主は嬉しそうに笑って答えた。
「依頼機関は漏らしていません、自分で調べました。だから私は、あなたが魔女であることも知っています。ですが、それがなんだというのです」
薬を飲んで楽になったからなのか、先程までの疲れた様子はもう見えない。
領主は真っ直ぐに私を見て、そして口を開いた。
「私は薬を渡された日から、あなたの信奉者です。だからあなたが来てくれて、本当に良かった」
(こんなに感謝されるとは思わなかったな)
こんな状況だが真っ直ぐな感謝の気持ちを浴びせられて、思わず照れてしまう。
そして追加の水作りを終わらせたエスターも嬉しそうに、こちらに声を掛けてきた。
「良かったな、ヘテラ!」
「えぇ。聖女なんかより、よっぽどあなた達の方が救世主に見えます」
領主はそう言って笑うと、そのまま意識を失ってしまった。完全に体力が切れたらしい。
私たちは開いたソファに領主を横たえ、再び薬作りへと戻る。
患者が回復して人手が増えた今、状況はどんどん好転していく。
「お前ら、無事か!?」
「あ、先生おかえり」
患者のほとんどが回復した頃、フォルドが戻ってきた。
その表情からは焦りが見える。だが彼はすぐに状況を察し、安堵のため息を吐いた。
反対に私たちは、少しもフォルドの心配はしていなかった。
「まぁフォルドが負けるとは思ってなかったよな」
「戦ってさえもらえれば、無敵だからね。あの人」
それだけ強いことを知っていたし、彼が負けた場合すら想像できなかった。
(だからこそ、薬作りに集中できたのも事実だが)
最終的には余裕をもって、患者全員分の偽薬を用意できた。
おかげで今は、気を失ってしまった領主の薬を作成まで手をまわせている。
だがフォルドは少しだけ難しい顔をして、私たちを見た。
「そうでもない、もう歳だ」
「そんな歳でもないだろ」
フォルドはたまに、随分と年齢を気にする。
見た目も動きも若いのだが、自分が年寄りだとよほど自覚しているらしい。
「とにかく、無事でよかった」
そのフォルドの言葉をもって、もう外の脅威は完全に過ぎ去ったことを感じ取る。
あとは病で体力を持っていかれた村人の回復を待つだけだった。
依頼が完全に完了して、夜になる。
無事に領主の薬まで作り終えた私たちは、村人たちからお礼の宴を開いてもらうことになった。
「本当にささやかな宴となりますが、楽しんでいかれてください」
「あぁ、アイツらを労ってやってくれ。初めて外で活躍したんだ」
薬を飲んで元気になった領主とフォルドが話しているが。それを見ている私たちは疲労でぐったりしている。
壁際で折り重なるようにして倒れ、動けずにいた。
「もう魔力すっからかんだ……」
「魔力水飲み過ぎて、気持ち悪い……」
「僕は考えすぎて頭ちかちかするし、足が痛い……」
症状こそ違うものの、三人とも死屍累々といった感じだ。
すると見かねたフォルドが、私たちに近づいて気遣わし気に声をかけてくる。
「満身創痍だな、お前ら」
「なんで戦ってきた先生が一番元気なんだよ」
「基礎体力の違いだな」
一番の肉体労働をしてきた男は、余裕そうに笑っている。
そして彼は、疲れ切った私に笑いかけてきた。
まるで子どもの成長を見守る親のように、嬉しそうな表情で。
「でも誇れよ、お前たちは俺にはできない戦いをしたんだ」
「直接戦ったのはフォルドさんですけどね」
イノスは苦笑しながら言うが、それでも嬉しそうにしている。
そしてフォルドは笑顔のまま、私たちの隣に腰掛ける。
「勇者だって一人で戦う訳じゃない。魔法役や回復役、盾役に弱体化する奴、作戦を立てる参謀なんかもいる。それと同じだ」
「まぁ、そうなんだろうけど」
フォルドはの目はどこか遠くを見て、過去に思いを馳せているようだった。
在りし日の魔王討伐で、仲間と組んでいた時のことを思い出しているのかもしれない。
「あと疲れてるだろうが、なんか食ってこい。体力も回復しないし、村の人間が用意してくれたわけだからな」
「……そうだな」
なんとか残った体力を振り絞って、私たちは立ち上がる。
そして私たちは歓声の中を歩いて、そのまま広場へと向かっていった。




