05-03 変異した村と役立たずの聖女
私達が案内されたのは、小さな宿のような場所だった。
中には誰もおらず、私たち支援者が使える荷物だけが無造作に置かれている。
「忘れてた、ヘテラの部屋を分けないといけないな」
「私は一緒でいいが」
着替えや風呂はさすがに別だとはいえ、エスターとはしょっちゅう同じベッドで眠っている。
フォルドも最初の頃は監視を兼ねて同じ部屋に寝ていたので、そこにイノスが追加されたところで最早どうも思わない。
「俺達、よく一緒に寝てるし今更じゃないか?」
「そうなの!?」
エスターの発言にイノスが驚くが、本来はイノスの反応が正しい。
だがエスターにとっては、私と一緒に眠るのが自慢らしかった。
「兄妹みたいなものだからな」
「……っ」
エスターの言葉を訂正すると、エスターが黙った。
だがあまりこういう間違いを放置しておくと、後々面倒臭くなる。
(調合を始めてから、特に兄貴面するようになってきたからな)
私が保護された直後から、エスターは私を守るべき妹のように扱う。
癒しの一族としての本能がそうさせるのだろう、だからそれを恋愛感情として取り違えてるように見えていた。
(長いこと外の世界から隔絶されていたしな)
最低限の知識はあるものの、同年代と接して情緒を成長させるのが難しい環境にいた。
だがその勘違いは外に出ている今、少しずつ治っていくだろう。
「じゃあ、僕にもまだ望みはありますね」
「なに言ってるんだ、イノス!」
エスターとイノスが騒いでいるが、もう介入しないでいいと判断する。
フォルドも二人の会話を止める気はないらしく、黙々と荷解きをしていた。
(むしろイノスの好感度の高さの方が謎なんだよな)
出会ってしばらく経つものの、未だその理由が分からない。
前に直接聞いてみたものの、ちゃんとした答えは得られなかった。
(気になるのが、イノスは『私が探しているはずの人物』らしいこと)
いつか話してあげる、という言葉と共に伝えられたヒント。
だがその言葉を最後に、うまく逃げられてしまっていた。
「ヘテラちゃん、僕も一緒に寝ていいよね?」
「別に構わないが」
元から部屋数の問題で、イノスだけ一人で寝ることはできない。
だから断る理由もなく、私はあっさりと承諾した。
するとエスターが、フォルドに向かって声を上げる。
「先生!」
「もうへテラがいいなら、一緒でいいだろ。俺もお前らが固まってた方が守りやすい」
フォルドからも許可が出たことで、イノスは喜んで飛び跳ねている。
そしてイノスはそのまま、私の手を取って愛らしく笑った。
「よろしくね、ヘテラちゃん」
「よろしくもなにも寝るだけだろ」
状況としては雑魚寝だ、別になにをするでもない。
それでもイノスには嬉しいようで、ずっと上機嫌に笑っている。
「ヘテラ、何かあったらすぐ言えよ!」
「大丈夫だって、全員同じ部屋なんだし」
襲撃だろうがそうじゃなかろうが、フォルドもいる部屋の中で何ができるというのか。
私を心配してくれるのはありがたいが、今度はエスターが過保護になり始めている。
「遠足状態になってるが、さすがに目的覚えてるよな」
「大丈夫だ、荷ほどきももう終わる」
イノスとエスターの様子を見かねたフォルドが口を挟むと、私は荷物整理を終えていたので問題ないと答える。
だが騒いでいた二人は、目に見えてなにも終わっていない。
「あ、ちょっと待って!」
「僕もまだ終わってないです!」
「遊ぶなとは言わんが、限度は考えろよ」
慌ただしく動き始めた二人を見て、フォルドが呆れて注意する。
そんな様子を眺めながら、私は二人が荷解きを終えるまでフォルドと共に休憩していた。
「酷いな」
治療施設になっている領主の館は、仮にも貴族の住居だとは思えない状況になっていた。
広い玄関ホールに並べられたベッドで怪我人が寝かされていて、その姿は人から離れ始めた者もいる。
「エスター、大丈夫か」
「……怪我人が多すぎて、落ち着かない」
この光景に、エスターの顔色が青くなっている。
血が苦手なわけじゃない、けれど本能が暴走しているのだろう。
(癒しの一族であることが仇になってる、さっきの興奮状態もこれを隠すためだったのか)
私一人が怪我していた時も大騒ぎだったのだ、この人数は受け止めきれないに違いない。
エスターの背中をさすろうかと迷っていると、奥の部屋から身なりのいい青年が走ってきた。
「皆様方、依頼にお答えいただきありがとうございます」
青年は頭を下げると、すぐに現状を説明し始める。
貴族ではあるが嫌な感じはせず、歳は若い。
領主と呼ばれるにはまだ経験が足りないように見えるが、落ち着いた雰囲気と礼儀正しさがある。
「アンタ、ここの領主か」
「親が患者に殺されてしまったので引き継いだだけです、何の権力もありません」
(疲労のせいか、具合が悪そうだ)
領主も冒険者やまだ動ける民に混じって介抱しているらしく、顔色が悪い。
だがそれを気遣われる気は、微塵もないようだ。
「なぁ領主さん、休んでた方がいいんじゃないか」
「私は大丈夫です、それより患者を診てあげてください」
フォルドの言葉に首を振ると、領主は怪我人の手当てに戻っていく。
その背を見送りながら、私は改めて状況の酷さを認識する。
(……これ、下手すると内部崩壊もあり得るな)
患者や負傷した冒険者に教会から配給された薬を飲ませているが、とても効いているようには見えない。
となるとそのうち逃げ出す冒険者も出てくるだろう。
(あまり金を出せる場所にも思えないしな)
採算が合わなければ、依頼から手を引くのは当然だ。
だから今残っている冒険者は良心により残っている者が、ほとんどだろう。
「患者から摂取した血液です、これの解析をお願いいたします」
患者の周りを走り回っていた一人が、私たちに駆け寄ってくる。
その手に握られている瓶の中には、赤い液体が入っていた。
「あぁ。ヘテラ、手伝ってくれ」
「分かった」
持ってきた天秤の皿に瓶を置いて、私たちは早速病の原因を特定し始める。
イノスとフォルドも各々の仕事を全うするため、動き始めた。
「僕は状況の確認をしてきます」
「俺は解析の役には立たないからな、変異患者が出たら動く」
イノスは情報収集のため、フォルドはもしもの時に動けるように、それぞれ別行動を取ることになった。
私たちも血液を調査するが、その結果はなかなか出ない。
「症状が多すぎるな、それに聖女の要素がかなり混じってる」
「じゃあカルティが各地をまわっているのは、嘘じゃないんだな」
聖女の要素が多く出てくるのは、ここの村人がカルティから聖水を与えられたからだろう。
てっきりまたサボっているのかと思っていたが、さすがに資金源がなくなるのは困るのか。
そこまで考えていたが、突如患者の間から雄叫びが聞こえた。
「————————」
耳を塞ぎたくなるような声に、思わず手が止まる。
そしてフォルドが剣を手に取り、声の方へと走り出した。
「変異患者が出ました!」
「任せろ!」
フォルドが先陣を切り、一瞬で村人を無力化する。
だがさすが実力者、殺すのではなく拘束を成功させていた。
「先生、大丈夫か」
「問題ない、元がただの村人だ。俺の相手じゃない」
その言葉に偽りなく、フォルドは傷ひとつ負っていない。
だが一つ気づく、フォルドはここにいていいのだろうか。
「そういえばフォルドに討伐依頼は出てないのか?」
「出てはいるが断った。お前たちの依頼を引き受ける代わりにな」
「妥協点ってことか」
元々フォルドは、この依頼を私たちに受けさせる気がなかったのだろう。
それでもと泣きつかれた結果、私たちの専属護衛となり、討伐依頼を破棄させた。
依頼機関も、少しでも解決確率の高い方を選んだ感じだ。
「で、原因は分かったか」
「いや、あんまり規則性がないんだ。それに聖女の要素が邪魔をし過ぎてる」
いてもいなくても厄介な聖女は薬を配って、今頃問題は解決したと喜んでいるのだろうか。
だが現実はそんなに甘くはなく、目の前には地獄が広がっていた。
「もう患者の方が限界だ、治療の方に専念させてくれ!」
「分かりました、お願いします」
耐えきれなくなったエスターの悲鳴に領主が承諾すると、私たちは原因の特定を諦める。
代わりに患者の生存率が少しでも高くなるように、動きを切り替えた。
「俺は回復薬を作るから、ヘテラは解毒薬を作ってくれ」
「分かった」




