05-02 変異した村と役立たずの聖女
翌日、私達は依頼機関に指定された馬車乗り場へとやってきた。
そこには既に何台かの荷車が並んでおり、護衛の冒険者たちが忙しそうに動き回っている。
彼らはフォルドの姿を見ると挨拶をしていて、おそらく彼に助けられた者たちなのだと推測できた。
「良かった、来てくれた!」
そして声に振り向くと馬車の間を通り抜けながら、イノスがこちらに向かってくるのが見えた。
私と同じくらいか小さい体で、けれど全力でこちらに駆けてくる。
「なんでイノスがここに?」
「教会の調査員なのと、ヘテラちゃんたちと親交があるからね」
そう言って笑う彼の表情は、既に疲れ果てている。
なんとか元気に見せようとしているが、大きな目の周りを薄く隈が縁取っていて疲労を隠せていない。
「もう現場は滅茶苦茶。病の被害者もそうだけど、変異して暴れている患者に冒険者がやられてて、薬で治そうと思ったら肝心の薬の効果がないみたい」
「ここまで来ても、まだ教会は聖女を動かさないのか」
限界だと訴えるイノスの説明に、フォルドが眉間にしわを寄せた。
これだけの被害が出ているのだ、もはや聖女を甘やかしている余裕はないはずだ。
しかしさすがに教会も、なにもしなかったわけではないらしい。
「さすがに動かしてますよ。最近は色んな所に行かせて、聖女として働かせてるみたいです」
「じゃあなんで、状況が良くなってないんだ」
この事態を打開するための方法を使ったなら、何故イノスはこうも疲れ果て、私たちに依頼が掛かったのか。
しかしその答えは、ため息が出るほどどうしようもないものだった。
「今までさぼってたんで、大した力がないんだと思います。いくら聖女が奇跡の力を持っていたって、揮える力は本人の力量によりますし」
「まぁ、魔法もそうだもんな。結局練習しなきゃ、大した力は使えない」
私が召喚直後にあまり喋らなかったのは混乱していたこともあるが、なにを押し付けられるのか分からなかったからだというのもある。
一緒に飛ばされたコンヴェルトもなんとか状況把握しようと教会連中に問いかけていた、簡単に引き受けたのはカルティだけだ。
まぁあの時点で安全な地位を得るのであれば、カルティの行動が正解だったわけだが。
「まぁとにかく、馬車に乗りますよ。教会の専用馬車なんですぐ着きます」
そう言って歩き出したイノスの後を追うように、私達も馬車に乗り込む。
中は救援物資でいっぱいで、座る場所はあまりない。
「僕、ヘテラちゃんの隣に座るね」
「じゃあ、俺は正面に座る」
イノスとエスターはそう言うと荷物を置いて、私の近くに腰掛ける。
その様子を見たフォルドが、愉快そうに私に声を掛けた。
「モテるな、へテラ」
「からかうな、フォルド」
イノスはよく分からないが、エスターは妹のように見ている私を取られたくないだけだ。
それにもしかしたら、まだ正体のはっきりしないイノスを若干警戒しているのかもしれない。
だがそうこうしているうちに、馬車が動き出す。
「イノス、計画はどうなってるんだ」
「教会が拠点としてる場所があるので、そこで薬を作っていただきます。あと患者から体液などを採取して、病の原因を探る感じですね」
イノスが依頼内容の詳細を話し出すと、馬車の空気が一気に変わる。
先程まで和気あいあいとしていた雰囲気は消え去り、ひりついた緊張が走った。
「どっちも教会でできなかったのか」
「聖女が暴れすぎてて無理みたい。他の薬作成者も、八つ当たりを受けてボロボロだって」
エスターの言葉に、イノスが困ったような顔で答える。
おおかた労働を強制されたカルティが機嫌を損ねて、暴挙に出たのだろう。
彼女は昔から、そういうところがあった。
(けれど話を聞く限り、教会にいる癒しの一族も待遇は良くなさそうだな)
エスターが教会ではなくフォルドに保護されていること、そして教会が聖女を野放しにしていることを考えると良い環境とは思えない。
最悪聖女のストレス発散と利権のために、使い潰されてしまうのではないだろうか。
(でもカルティの暴挙がここまで許されているのなら、それだけ本来の聖女の力は大きいのだろう)
本来の聖女には敵わないとしても、癒しの一族だって教会にとって貴重な人材だ。
なのにここまで放置するということは、うまく動けば問題が一掃されるほどの力を聖女は有しているのかもしれない。
そしてその考えは、エスターによって肯定される。
「普通に回復するだけなら聖水はいらないし、必要とされる薬の量は多いからそこは分業だな」
「だから聖女が各地をまわっているのは、半分罰です。これ以上働かないなら、もう予算を渡さないって」
「対応が遅すぎる」
この様子だと教会側も、困り果てているのだろう。
救世の女がまさかこんな人間だったとは、夢にも思わなかったと。
だからといって同情する気はなかったが。
「それだけ聖水の力は大きいんですよ、本来。魔族の呪いに掛かった者たちを解放するんですから」
「魔族の呪いって?」
聞き慣れない言葉に反応すると、フォルドが説明してくれる。
こういうところはやはり、前線で戦っている者の知識という感じだ。
「異形化や魔力暴走が多いな、魔力汚染と言われる場合も多い。これは普通の薬で治すのが難しいから、聖水は奇跡の薬と呼ばれてるんだが」
「使えなきゃ、意味がないよな。……あ、ついたっぽい」
説明を聞いている間に、馬車は目的の場所にたどり着いたようだ。
御者の掛け声と共に、ゆっくりと馬車が止まった。
「ここが被害に遭った村か? 思っていたより綺麗だな」
「まさか。まだ被害のない村の一つで、ここに暴れない被害者を集めて治療してるんだ」
私達は荷物を持って外に出ると、そこには村の入口らしきものがあった。
門番は集まった冒険者が担っているようで、フォルドに向かってまた会釈している。
「となると、他の村は壊滅的なのか」
「正直言うと、復興も難しいでしょう。土壌そのものが汚染されていますし、ここは中央からみれば僻地なので治す重要性も低いですから」
確かに建物は残っているものの、畑などは荒れていて、とても作物を収穫できる状態ではない。
近くの村が魔物に襲撃されていることを考えれば、病の他に食料問題が起きているかもしれない。
「あ、ここが宿泊施設です。ここで準備を整えてから、治療施設になっている領主の館に向かいましょう」




