05-01 変異した村と役立たずの聖女
安寧の家での生活にも慣れてきて、自然とバラバラに過ごすことが多くなってきた。
けれどフォルドが討伐から帰ってきた時は、私もエスターも作業を放り出して出迎える。
「ヘテラ、先生がお土産持ってきてくれたって!」
「今回はどこ行ってきたんだ?」
エスターは嬉しそうに駆け寄り、私も部屋から顔を出す。
フォルドが抱えた木箱には大量の薬草やら動く砂、音のする液体などが入っていた。
「色々。海とか、山とか」
「もうちょっと詳細が欲しい」
最初はどこに行くか逐一聞いていたものの、最近は二日に一回以上外出しているのであまり聞かなくなった。
だからこうして帰ってきた時に、土産話として聞く事の方が多くなっている。
「雷鳴の海と火山」
「想像してたのと違った」
フォルドはだいぶ大雑把なところがあるから、詳細を聞き出すと想像していたこととまるっきり違う場合のある。
真面目な話をしている時はちゃんと説明してくれるので、気を抜いている時ほど適当になるようだ。
「あ、本当だ! 雷の海水がある!」
そんなやり取りをしている私の横で、エスターが木箱を漁っていた。
そして木箱から大きな瓶を取り出して、私たちに掲げて見せる。
「水が弾けてるな」
「雷って貴重素材なんだよ、天候依存だから中々採れないし」
先程から木箱から聞こえていた音は、この海水からだったらしい。
それは時折鋭い光を放ちながら、バチバチと音を鳴らしている。
「しかしヘテラもこういう物で良かったのか? 街で菓子や装飾品を買ったりしても良かったんだが」
「いや。エスターの話を聞いてから、素材が欲しいと思ってたんだ」
フォルドは私が女である事を考慮してくれたのだろうが、今の私が一番楽しいのは毒薬作成だ。
少し前までは復讐の手段にしか考えていなかったが、依頼をいくつかこなした今は作れる毒薬が増えていくのが楽しくて仕方がない。
そしてフォルドは、私がずっと小脇に抱えていた本に気づいて言及してきた。
「へテラ、お前その本買ったのか」
「エスターが買ってくれたんだ、薬作成入門」
毒薬については記載されていないものの、基礎は薬作りなので参考になる。
それに書庫から引っ張り出してきて使っていた本よりも分かりやすく図解されているので、作業効率が上がっている。
「俺も持ってるけど古いし、俺自身も良く使うからさ」
「なるほど、良かったなへテラ」
フォルドに頭を撫でられつつ、私は頷く。
最初は全てが復讐の足掛かりにしか思えなかった。
だが今では新しい目標が出来たり、生活環境を整えることにつながっている。
「あぁ。分かりやすいし色々載ってるから、最近ずっと持ち歩いてるんだ」
「大事にしてくれて、俺も嬉しいよ」
私の言葉に、エスターが笑う。
そしてそんな私たちを見て思い出したように、フォルドが口を開いた。
「そういや二人とも、依頼機関から連絡だ」
その言葉に、私とエスターは揃って固まる。
和やかだった空気は、一瞬でどこかに消えてしまった。
「……俺たち、なにかやらかしたか?」
「依頼機関から連絡が来ることって、よっぽど何かないと「違う違う、俺の言い方が悪かった」」
フォルドは顔を青くする私たちを宥めながら、言葉を遮る。
彼は私達が何を不安に思ったか察すると、すぐに否定してくれた。
「実質依頼機関から直接の依頼だ。奇病が流行っている片田舎で、薬の配給をしてほしいとな」
「あぁ、新聞に載っていた奴か」
私はこの前、エスターと一緒に見た見た記事の一つを思い出す。
村一つが全滅するという痛ましい事件だったが、まだ解決したという話は聞いていない。
「人が魔物になるんだっけか」
「そうそう、でもまだ原因が掴めてないって」
最初の魔物が発生したのは村の中だったが、調査をしても何かに襲われた形跡はなかった。
それどころか人同士の諍いもなく、突然魔物になったらしい。
「魔物の排除は俺の仕事だ。だが被害にあった人々の回復は、俺にできない」
「だから俺たちにまわってきたんだな」
フォルドは強いが、怪我をした人を助けられるわけではない。
回復できる場所につれていけても人数に限度があるし、原因の特定も難しい。
だから私達に白羽の矢が立ったというわけだ。
「じゃあ今回も薬を作って納品を」
「いや、俺と一緒に現場まで来るようにとのことだ」
エスターの提案を却下して、フォルドは話を続ける。
どうやら今回の依頼は、かなり特殊らしい。
「危ないんじゃないか? それに教会の罠だって可能性は?」
「今回は俺が同伴だ。それと薬の供給が本気で間に合わないらしく、依頼機関に泣きつかれた」
フォルドがいるのであれば、武力的な問題は心配しなくていい。
教会絡みだろうが、そうじゃなかろうが、フォルドが対処できない敵なんて早々いない。
エスターも同じように思っているようで、もう怪訝な表情はしていない。
「まぁ、先生と離れなきゃ大丈夫か」
「それに本当の田舎だから、お前たちの正体を知る人間もいないはずだ」
フォルドいわくその村は本当に小さな農村で、住んでいるのも村人だけだそう。
紋章問題が話題に上がるのは基本都市部のみで、そうでなければ精々聖女伝説について知っている程度だとか。
「しかし依頼機関が個人を特定して、組織で依頼するなんて聞いたことがない。異例中の異例だ」
そう言いながら、フォルドは腕を組んで少し考え込んでいる。
確かに薬が作れるエスターが家にいるから忘れがちだが、本来薬は教会からしか供給されない。
だからこそ教会の地位は確保されているので、こんな状態は許されなはずだ。
「ならむしろ、教会の心配をした方がいいのか?」
「それはあるな。本来、こういう仕事は聖女にまわってくるもんだ」
聖女と聞いて私とエスターは顔を見合わせ、あぁと納得する。
先日のイノスの嘆きは、まだ解消されていなさそうだ。
「まだカルティって人、遊びまわってるのか」
「学園内ではそうらしい、教会内では知らん」
エスターの言葉に、フォルドは肩をすくめる。
学園内には依頼を取りに行く都合である程度の事情は知っているようだが、私やエスターを匿っていることもあって教会とはそこまで接点がないのだろう。
「なんにせよ、断れる状況じゃないってことだ。病の原因によっては、こっちに飛び火する可能性もあるしな」
「そういえば人を呼ぶってことは、感染する病じゃないのか」
私はふと思い出してフォルドに問いかける。
村一つ全滅させるほどの病気なのだから、よっぽどのものだと思うのだが。
しかし私の言葉に、フォルドは首を横に振る。
「それは違うってことで確定した、調査員の誰も病に罹ってないからな」
「じゃあ空気感染は除外だな」
そうなると後は接触感染、経口感染などだろうか。
私も詳しくはないが、少なくともそこにいるだけで感染することはなさそうだ。
「じゃあ、行ってみるか」
私がそう言うと、二人は力強く頷く。
依頼機関にはこれからも世話になる可能性が高いし、恩を売れるなら売っておきたいのも確かだった。




