04-09 魔女の毒薬と級友を名乗る少年【番外編03】
フォルドにもらった温室とは別に、エスターと共同で使っている調合室というものがある。
そこは薬草を乾燥させたり、粉状にする道具があったりで、私達の研究室のようなものになっていた。
「ヘテラ、調子はどうだ?」
「面白くて、つい熱中する。毒草の掛け合わせて新しいのを作ったり、組み合わせたりしている」
私は今日、その調合室で解毒剤を作っていた。
解毒剤と言っても私の場合は毒の要素を抽出し、そこから更に毒を殺す要素を調合して薬にする。
だから抗体を作るわけではないので、毒に対する毒といったようなものだ。
けれど熱中しすぎたせいか、少し意識が朦朧としてきていた。
「夜は流石に寝てくれよ?」
「……善処する」
(さっきまで倒れて寝てたとは言えないな)
そう思いつつ、作業の手を止めずに答える。
最近は限界まで作業して眠くなったら床で就寝、のパターンが多い。
流石に風呂や食事はまともにしているが、寝台にいく時間が正直惜しかった。
(でも充実している。身を隠しているとはいえ求められて、成果を出せているから)
フォルドが持ってきてくれた依頼を一つづつこなして、報酬として金銭を得ている。
できることが増えていることもあって、異世界に来てから一番充実した日々を送っていると言えた。
そして調合が面白いことは、エスターも同意している。
「法則が分かってくると面白いんだよな、分かる。薬草作りも基礎は一緒だから」
「他にもできた薬の形状を変えたりもしてるんだ。これなんか、元々は液体だ」
瓶に入った紫色のそれを見せると、エスターはそれを覗き込む。
少し自慢げになってしまったが、この知識は私にとっての成果だった。
けれど予想に反して、エスターは特に驚かない。
「あぁ、熱すると固まる奴か」
「なんだ、知ってたのか」
期待していた反応を得られず、ちょっとがっかりしてしまった。
だが毒と薬で方向性こそ違うものの、よくよく考えればエスターは年季が違う。
「そりゃ薬作りで言えば、俺のが先輩だし。ちなみにこれが溶けると、また別の素材になるぞ」
「へぇ」
それは知らなかった、と言おうとしたが、けたたましい音に邪魔をされる。
音の先を見ると、そこには針のついた計測器のようなものがあった。
「……またこの音か」
「またって、いつからこの音がしてるんだ?」
音を聞いたエスターの顔色が青くなっていく。
そして私が答えると同時に、彼は急いで立ち上がった。
「何時間か前からだな。でも良く分からないものだから触らなかっ……!」
「ヘテラ、外に出るぞ!」
エスターが私の手を掴み、そのまま走り出した。
そして勢いのまま外に出た瞬間、私は平衡感覚を失った。
(頭が、朦朧とする)
「油断した! というか忘れてた!」
意識がふわついていたのは疲労のせいだと思っていたが、どうやら違ったらしい。
エスターは私を抱えて、慌てて庭先に移動する。
「ヘテラ、ここで深呼吸をしててくれ! 俺は外から窓を開けてくる!」
(開けたというか、割った音がしたな)
エスターがいなくなってしばらくした後、私はぼんやりとした頭でそう思った。
けれど彼の言う通りに、深く息を吸って吐いてを繰り返す。
そうしているうちに段々と思考がはっきりしてきた。
「ヘテラ、気分はどうだ? 目とか痛い場所はないか?」
「大丈夫だ、というか部屋の方は平気か?」
私の元に戻ってきたエスターが、安否の確認をしてくる。
それに対し問題ないことを伝えると、安心した様子を見せた。
だがすぐに顔をしかめて、少しだけ後悔するような表情になる。
「部屋はどうとでもなる。でも甘く見てた、ヘテラがもうここまで進んでるなんて」
「まずかったか? 書庫にあった本を参考にして、実験してたんだが」
書庫から引っ張り出してきた教本を参考に、私は調合をしていた。
本に書かれたこと以外はしていないので、安心しきっていたのだが。
しかしエスターの反応を見る限り、なにか問題があったようだ。
「普通なら問題ない組み合わせだ。けど、置いてる場所が悪かった」
そう言ってエスターは、割られた窓により換気が完了した部屋に私を連れていく。
そこで私はようやく、異変に気づいた。
「薬瓶からこぼれた雫が、別の素材に垂れていた。それで有毒の気体が発生したんだ」
瓶の周りには甘い匂いが僅かに漂っていて、近づくと眠くなる。
おそらくそれが原因で、意識が落ちかけたのだろう。
「もしかしてあの音は警報だったのか」
「そう。ちなみに昔の俺も同じことして、先生に設置された」
警報器は空気の濃度が著しく変わると、音が鳴る仕組みらしい。
そして薬の脅威に晒されるのは、薬の作り手がみんな一度は通る道のようだ。
「ちなみに毒が発生する条件とかもあるから、一概にいつ危ないとは言えない。俺の時は回復薬同士で起きたし」
「じゃあ使いようによっては、良い武器になるな」
毒が危険であっても、制御できるなら問題ない。
今回は私が未熟だったせいで起きた事故だが、次からは気をつければいい。
けれどエスターは反省しない私に、少しだけ呆れ顔だ。
「気をつけてはくれよ。危ないのは先生にめちゃくちゃ怒られるから」
「もう気づいてるぞ」
「「っ」」
後ろを振り向くと、いつの間にか帰宅したフォルドがこちらを見ていた。
しかも表情を見る限り、めずらしく本気で怒ってそうだ。
言い訳を並べようとするものの、慌てた頭では全く思いつかない。
フォルドはゆっくりと近づいてきて、私達の目の前に立つ。
「反省だけはしろ、いいな」
「……分かった」
有無を言わさない迫力に、私は素直に返事をするしかなかった。
一応エスターが庇おうとしてくれているが、やっぱり怒っているフォルドが怖いのか若干震えている。
「先生、俺も気をつけるからあんまりヘテラを怒らないでくれよ」
「ヘテラが反省するならな」
怒鳴られることはなかったものの、フォルドの説教は長かった。
けれど今回は私が悪いことは理解しているので、大人しく聞いておく。
(エスターには、悪い事をしたな)
エスターは今回、私の行動に巻き込まれただけだ。
なのに彼は自分の失敗のように謝って、一緒に叱られてくれた。
(良い兄みたいだな)
知らない事を教えてくれたり、助けてくれたり。
私にも兄がいたら、こんな感じだったのだろうか。
そんなことを、私はフォルドの説教が終わるまで考えてた。
4章完結です、ここまで見ていただいてありがとうございます!
もし良かったと思っていただけたら、評価やいいねをよろしくお願いします!(下部の★でつけられます)
続き気になる人はブクマもお願いします!




