04-07 魔女の毒薬と級友を名乗る少年
そういうとエスターは、私を連れて庭へと出る。
扉を抜けると気持ちのいい風が吹き抜けて、頬を撫でていった。
「ここは?」
「俺の薬草庭園、結構色々作ってるんだ」
エスターに案内されたのは、敷地に所狭しと並ぶ花壇だった。
見たこともないような鮮やかな色の草木が、青々と茂っている。
色とりどりの花が私たちを出迎えるが、その中の一つから火の粉が舞っているのを見つけた。
「へえ、花が燃えてるのか。こっちは中から風が吹き出してる。……うわっ」
「それは中で光を生成する植物だ、面白いだろ」
確かに植えられた植物の葉や茎のあちこちに小さな穴があり、そこから光が漏れている。
そしてその光は様々な色に変化し、
まるで万華鏡の中を覗いているかのようだった。
「薬草って、思ったより色んな植物から作られるんだな」
「俺が自分で要素を掛け合わせた奴も多い、後で基礎になる種を渡すよ」
エスターはそう提案してくれるが、私は首を横に振った。
獣に襲われた夜に触れた薬は毒になった。
だから多分、私が薬草に触れたら駄目にしてしまうだろう。
「私が触るとおかしくなるんじゃないか」
「変質はダメになる訳じゃない、大丈夫だよへテラ」
エスターは私を落ち着かせるためか、優しく微笑んで見せる。
その表情に悔しいが、少しだけ心が軽くなった気がした。
「ほら、触ってみろ。大丈夫だから」
「……黒くなったまま、燃えている」
触れた植物はやはり、変質してしまった。
けれど枯れた訳でもなく、花の炎はそのまま灯っている。
「じゃあこれをさっきの天秤でまた、確認してみるか」
エスターは黒く燃える花を手折って、また部屋に戻る。
そして天秤の上に乗せて、もう片方の皿には赤い分銅を乗せた。
「火の分銅が一つで釣り合ってるな」
「やっぱり、火の属性が消えたわけじゃないんだ。でもって魔女の属性が追加されてる」
エスターが天秤に黒い分銅を乗せると、先ほどの分銅と同じように釣り合う。
それは今、私の魔力を抽出して作成した分銅だった。
「しかし見ただけで、その属性っていうのが分かるのか」
「鑑定技能は紋章の器が最初から持ってる能力だよ。へテラも紋章持ちだし、やっていけば覚えるはずだ」
(レベルを上げるってやつか。あの植物と言い、さすが異世界だな)
エスターの言葉に、私はようやくこの世界の異世界らしさを感じる。
今まで理不尽な面ばかり見続けてきたが、最近は他の側面を見れるようになった。
楽しむという気分まではいかないものの、前のように最初から拒絶しようという気も起こらない。
そして役目を終えた天秤は、エスターによって棚に戻される。
代わりに温室でフォルドにもらった、小型の釜が運ばれてきた。
「で、このあとはお待ちかねの調合だ! あとちょっとだから最後まで頑張ろうな!」
「……そうだな」
張り切るエスターの隣で、私もその期待に応えられるように小さく同意する。
ようやく、行動が実を結んでくれる時が来た。
(これで、努力が報われてくれるのか)
頑張ることは嫌いじゃない。
けれど今までは、私じゃどうしようもないことが多かった。
だからずっと不貞腐れて、前向きになれなかったけど。
(だからこそ、今は少しだけ希望が持てる気がした)
少しずつ、それでも確かに私は変わっていく。
そんな予感を感じながら、私は初めての本格的な調合に挑んでいった。
ぱちりと目を開くと、天井と顔を青くしたエスターが見えた。
あと、後頭部が痛い。
「だ、大丈夫かへテラ」
「正直甘く見てた」
毒薬作成の為に魔力を流していたのだが、どうやら倒れたらしい。
そして床に頭を打ち付けた衝撃で、そのまま意識を失ったようだ。
「まさか気絶するとは」
「俺もそんな全力で、ヘテラが魔力を流すと思わなかった」
エスターは私の隣で正座しながら、申し訳なさそうに頭を垂れている。
どうやら薬作りの先輩として止められなかったことを、気に病んでいるようだった。
(確かに彼の言う通り、魔力は枯渇すると命の危険がある)
けれどそれを承知で、私は毒薬を作りたかったのだ。
薬を作れば作るほどに自分の力が解放されるなら、少しでもたくさん作成して経験を積むべきだ。
(今は安全でも、処刑の日が近づけば近づく程に私は追い詰められていく)
フォルドが色々動いてくれているようだが、転生初日に見た教会連中の人数は多かった。
それにフォルドが魔物に強くても、人間に強いかは分からない。
(フォルドは人間を守るための勇者だったら、多分無理だろうな)
武力の問題ではなく、勇者としての在り方の問題だから希望は持てない。
だから一刻も早く、私は強くなるべきだった。
その為には、少しくらい無茶をしなければならないだろう。
「あのままじゃ、毒薬作成の為の魔力が足りなかったんだ。だからちょっと力を入れた」
「それなら休んで、もう一回やりなおせばいいんだ。材料はまだあるし」
「時間は有限だ。処刑がいつ起こるか分からないのに、ゆっくりなんてしてられない」
そういうと私は床から上体を起こし、改めて調合道具を確認しようとする。
だがエスターは私が動く前に、私の肩を押さえつけてまた座らせてきた。
しかも今度は両手を使ってしっかりと押さえつけてきたので、私は身動きが取れない。
「エスター、どいてく「へテラ、失敗したって大丈夫だ。俺なんか、部屋一つダメにしてるし」」
「それは本当に大丈夫だったのか?」
エスターを無視してでも動こうとしたが、思わず耳を貸してしまった。
部屋一つって、一体なにをやったんだろうか。
そして聞く耳を持った私に、エスターは話を続ける。
「ちょっとした失敗だよ。だから俺は平気だったけど、先生が死にそうになってた。先生、回復魔法とか使えないし」
「そうじゃなくて、それはお前が怪我するのが怖かったんだろう」
フォルドは誰かが傷つくことを極端に恐れる。
それが長年保護しているエスターとなれば、尚更だろう。
そしてそこまで聞いて私は、エスター同じ事を思っているのに気がついた。
(……そういうことか)
フォルドが過保護になるのは、エスターのことが心配で仕方ないからだ。
そしてそのエスターは今、同じように私を本気で止めようとしている。
「今、俺もそれが分かった。ヘテラ、無茶するのは俺の為にやめてほしい。俺もそうするから」
「だな、分かった」
私は素直に認めると、大人しく調合器具から手を離す。
エスターも私の態度を見て安心したのか、ほっとした表情を見せて私から手を離した。
(自分の事になると、途端に鈍感になるな)
単純な感情のはずなのに、本気でまた分からなくなっていた。
処刑の日から目を逸らすことはできない、だがそれで周りが見えなくなっては意味がないのに。
獣に襲われた夜に、それを痛感したはずだったのに。
「反省したなら、良かった。怒ったりとかしてないからな」
「あぁ、分かってる」
私が気にしていないことが分かるとエスターは笑顔を見せ、床から立ち上がる。
そして部屋の棚に向かうと、そこにあった瓶を手に取った。
「とりあえずこれ飲んでくれ。倒れた時に飲ませた方がいいと思ったんだけど」
「ありがとう」
手渡されたのは、小さめのガラス瓶に入った液体。
中には透明の液が入っているが、淡く輝いて暖かみを感じた。
(魔力薬か)
おそらくエスターによって作られた薬を、私は一息に飲み込む。
するとどこか欠けていた感覚が、戻ってきた。
(……もう一度、やり直すか)
次はきちんと無茶をせず、確実に成功させる。
焦りはあるけれど、今は落ち着いて一つ一つこなすべき時なのだろう。
そう考えた私は無理に立ち上がらず、床に座ったままエスターと休憩することにした。




