04-06 魔女の毒薬と級友を名乗る少年
「この獣はフォルドが殺したんじゃなかったのか?」
「殺したのは俺だ。だがその前に、聖女による洗脳は解けていた」
魔物は聖女の洗脳を受けたままではなく、正気に戻った状態で殺された。
であれば洗脳が解けた原因がある、それが私の毒だったらしい。
「武器に塗った毒が効いたのか」
「じゃあ今回も、同じように他の薬に触って変質させればいいんだな」
私はそういったが、エスターは違うんじゃないかと少し頭をひねる。
そしてフォルドも、エスターと同意見だった。
「それでそのまま効くならいいだろう。だが、今回は無理だと思うぞ」
「聖女の呪いじゃないからか」
指摘されてから、ぴんとくる。
魔女の毒薬は恐らく万能ではない、前回効いたのは原因が聖女絡みだったからだろう。
「相性があるってことだな」
「そうだ、勇者の紋章は魔王に致命傷を追わせる力を与える。同じように魔女の紋章は、聖女の紋章に強い」
この辺りの知識は、勇者の役割を担っていたフォルドが強い。
そして行動の指針が決まると、エスターが勢いよく立ち上がった。
「じゃあ毒の解析からだな。ヘテラ、俺も手伝うよ」
「任せたぞ、エスター。俺は別の仕事に行ってくる」
そう言うと説明は終わったとばかりに、フォルドは部屋を出ていく。
私達はその背中を見送りながら、手を振った。
「いってらっしゃーい」
「いってらっしゃい」
フォルドも手を振り返して、完全に部屋から姿を消す。
するとエスターの今まで明るかった表情に、影が差した。
「先生、いつになったら楽になるんだろうな」
いなくなったフォルドの行く先を、エスターはずっと案じているのだろう。
フォルドは確かに強い、けれどもう紋章は持っていない。
ならば次に紋章が現れ続けるまで、彼はずっと戦い続けなければならないのだろうか。
「勇者の紋章ってのは、どうやって現れるんだ?」
もし勇者の紋章が現れなかったらなんて、考えたくもない。
だから代わりに、紋章の詳細について聞いてみる。
するとエスターの表情が、少しだけ前向きになった。
「普通なら適合者の体に勝手に出てくるらしい。けど、今回は誰にも出てきてない」
「だから異世界転移した時に、勇者の座が空席とか言ってたのか」
そして本来は私の幼馴染、今はコンヴェルトに発現予定だったのだろう。
しかし一向に紋章は現れず、それが原因で彼とカルティの不和が生まれている。
「俺もその異世界転移者に出ると思ったんだけどな。でもイノスの話じゃ、ソイツにも出てないって言ってたし」
「魔王がいないから出ていないとかか」
戦うべき相手がいないから紋章も現れない、それは理に適っている気がした。
エスターも同意見なのか、何度も首を縦に振る。
「可能性としてはありだと思う。というか魔王がいないんなら、紋章保持者だっていらないと思うんだけど」
「魔王がいなくても、魔物はいるんだから戦わないといけないんだろ」
先程依頼があったように、魔物の脅威は存在する。
けれどエスターは、納得していないようだった。
不満げに唇を尖らせて、燻っていたのであろう自分の思いを口にする。
「いつまで、先生はそんなことしなきゃいけないんだ」
「……そうだな」
私は同意しかできなかった。
今すぐ楽にしてやる方法も力もない以上、そう答えるしかない。
(直接関係はないが、気持ちは分かる。なんで知らない奴らの為に、こんな役職を押し付けられないといけないんだ)
役職は違うとはいえ、私たちはみんな望みもしない立場を誰かに押し付けられている。
そう思うとフォルドの立場が、無性に腹立たしく思えてきた。
(この世界は、どこまで私たちを酷使したいんだろうか)
自分の表情が険しくなっていっているのが分かったが、どうしようもなかった。
するとエスターは自分の言葉にはっと気づいて、慌てて両手を振る。
「ごめん、話が逸れた。毒の解析の話だったな」
「……あぁ、教えてくれ」
エスターの言葉を受けて、私も頭を切り換える。
感情の切り替えが間に合わずに不機嫌な声がでてしまったが、なんとか持ち直す。
暗い顔をしていたエスターも、同じく気を取り直して話を戻した。
「まず解析を行うには、これがなんの毒かを知る必要がある。今回はアーランネだって分かってるけど、一応確認しよう」
「それは糸か? 端に色んな色がついているが」
エスターが取り出した糸はぱっと見、細く切られたガラスのようだった。
透明に見えるが様々な色が含まれていて、光に当たる度にきらりと反射している。
エスターはその一本を手に取ると、鱗粉の上に垂らした。
「そう、これは要素試験糸。物質が持つ要素の属性が、これで分かるんだ」
「緑が反応しているな、植物属性ってことか」
エスターが糸を指先でつまむと、透明な糸の先が緑に染まっていた。
私の質問に、エスターは嬉しそうに笑う。
まるで先生か兄弟子にでもなったかように、瞳を輝かせて説明を続ける。
「その通り。で、今度はその属性がどれくらいの濃度かを割り出す」
「天秤を持ってきたってことは、なにかの重さを計るんだな」
エスターは棚から、小ぶりな秤を取り出してくる。
それを机の上に置くと、天秤は皿を揺らしながら鈍く輝いて存在を主張した。
「いや。これは重さを計るんじゃなくて、あくまで属性を割り出す為のものなんだ」
エスターは天秤の片側に、先程の鱗粉を乗せる。
そして反対側に、緑の分銅を乗せた。
「綺麗な石だろ? これは要素分銅って言って、これを基準に要素の濃度を計っていく」
緑の分銅が次々置かれていき、その度に天秤の針が左右に揺れる。
そして水平になった後にエスターが目盛りを読むと、その表情が曇った。
「緑の石が十個か、これは多いのか?」
「引くほど多い、先生が汚染って言ってた理由がよく分かった」
エスターの答えを聞いて、私の中で不安が膨らんでいく。
天秤に乗せられた鱗粉は僅かな量だが、異常な毒性を持つというのはエスターの声色から察せられた。
(けれどさっきの絵では、街が鱗粉に包まれていた)
一体どれほどの毒性があるのか、考えるだけで背筋が寒くなる。
そんな私の気持ちを察したのか、エスターは安心させるように笑いかけてくる。
「確かにこれは危ないものだ。でもここまで分かれば、対抗策も分かるから」
「植物相手だと、火や虫とかか」
単純な思いつきだが、そう遠くもないはずだ。
そう考え、答え合わせをするためにエスターを見る。
すると彼は正解だと呟いた後、人差し指を立ててみせた。
「だな、今回は火で行こう」




