04-04 魔女の毒薬と級友を名乗る少年
フォルドの問いに、イノスが短く答える。
だが彼の言葉からは、苛立ちが強く感じられた。
「だから薬が不足してるのか」
「うん。魔族と戦うのに効かない薬が混じっていたら、それだけで戦線崩壊する可能性もある。なのに彼女は働かないんだ」
イノスはカルティのことを、心底嫌いになっているようだ。
しかしこれだけ少年が不満を訴えるということは、相当酷い状態なのだろうと想像がつく。
「やることといえば気に入らない令嬢へのいじめ、顔の良い男を取り巻きに勧誘する、聖女の身分をひけらかして豪遊、他にも」
「なんでそれ、聖女の立場を剥奪しないんだ」
話を聞きながらできあがった書類を確認していたエスターが、不思議そうに首を傾げる。
確かにその通りだ。いくらなんでも仕事をしていないのであれば、なんらかの処置をするべきだろう。
するとイノスは困ったように笑い、肩をすくめた。
「やっぱり紋章に選ばれたというのが、大きい理由だよ。紋章を持つ者には、力が与えられるから」
「制御できなきゃ、逆に危ないだろ」
エスターの正論に、私達は揃って同意を示す。
するとイノスは、哀しそうな笑みを顔に浮かべた。
「それでも長年従ってきたことを変えるのは、難しいみたい。なんとかやってもらうしかないから、上は聖女の機嫌を損ねるなって」
(上司が動かないんじゃ、確かにどうしようもないな)
組織というものは、大抵上の人間が下の人間に対して無関心だ。
そして一度決まった方針を変えることは、よほどのことがない限りされない。
(コイツ無邪気なようでいて、内面は疲れ切っているな)
もはや前世の駅で見た、サラリーマンの姿が脳裏に浮かぶ。
その瞳は暗く濁っており、どこか諦めているように見えた。
だが少しは発散できたのか、まだ元気にしゃべり始めている。
「ふふ、でもやっぱり会いに来て良かった。色々話を聞いてもらえたし」
「まあ、私も色々知れて良かった」
学園内のことを知れる機会はこれからもほとんどない、そう考えればイノスは貴重な情報源だった。
そしてふとカルティのことは聞いたものの、初日以降の幼馴染の様子を知らないことも思い出した。
「そういえば、カルティと一緒にいる男を知らないか? 同じ異世界転移者なんだが」
「あぁ、コンヴェルトくん? 良く聖女と喧嘩してるのは見てるよ」
何でもない風にイノスは言うが、私はその内容に違和感を感じる。
その情報は、私が持っている彼らの関係性と合わなかったから。
「そんな名前になったのか、アイツ。というか喧嘩? あの二人は仲がいいはずだが」
知っている限り、前世の彼らは常に一緒に行動していた。
それに喧嘩なんて、聞いたこともない。
だがイノスの口ぶりでは、今は全く違うみたいだった。
「いや、全然仲良くないよ。それに彼は勇者の紋章が顕現しないって、見下されてるみたいで」
「え、勇者の紋章って先生持ってるんじゃないのか?」
エスターが驚いた声をあげる、だがフォルドは特に隠すこともなく肯定した。
「正確には元勇者だ、俺は。先代魔王を殺した後、紋章は消えている」
「でも色んなとこ行って、魔物討伐とかしてるよな」
「紋章がなくても、魔物は殺せる」
どうやらフォルドは、あまり紋章の有無を気にしていないらしい。
外部の力を必要とせず戦えるということは、やはり相当な実力者なのだろう。
(……ん?)
二人の会話の間でふと視線を感じて、辺りを見渡す。
てっきり先ほどの受付嬢がエスターに視線を送っているのかと思ったが、違った。
「今代勇者がまだいないんだ、なら俺がやるしかないだろ」
「早く見つかるといいな、今代勇者」
話し込んでいるフォルドとエスターは、まだ気づいていない。
彼らを見ているのは、鋭い眼差しをしたイノスだった。
だがそれも一瞬で、私が見ていることに気づくとまた柔らかい雰囲気に戻る。
(なんだ、今のイノスの表情は。けれど、なにに対してあの顔をしたのかが分からない)
その笑顔にはどことなく違和感があった、まるで何かを隠しているような。
しかしそれを問いただそうと言葉を発する前に、エスターの声に遮られる。
「ヘテラ、どうした?」
「いや、なんでもない」
私が黙ったことに気づいたエスターが、声を掛けてくる。
一瞬、私はイノスの異変を伝えようとしたが、思いとどまってやめた。
(理由が分からない以上、問いただすことはできないな。それに今は人数がいるから、下手なことはできないだろう)
フォルドの見立てでは、イノスに攻撃的な行動を起こせる力はない。
それに今は三人も固まっているのだから、万一があっても対処できる。
なのでとりあえずは様子をみるだけにしておこうと考えた。
(今は気にしても、何もできないしな)
結局、私はイノスが見せた変化について考えるのをやめる。
そして特に何も起こらず、その日の買い物は終了した。




