04-03 魔女の毒薬と級友を名乗る少年
「イノスは教会所属の転校生だな」
「先生、調べるの早くないか? まだ午後になってないぞ」
イノスが帰った直後、早速フォルドはイノスのことを調べていた。
確かにまだ昼前だというのに、もう結論が出ているとは驚きだ。
しかしその早さに驚く私を尻目に、フォルドは平然としている。
「アイツが来てからじゃ遅すぎるだろ」
「それはそうだが」
「先生、教会所属ってどういうことなんだ。聖女派閥の人間ってことか?」
エスターの疑問に、フォルドは小さく首を振る。
質問したエスターは興味津々と言わんばかりに身を乗り出して尋ねているが、私もフォルドの回答に耳をじっと傾けていた。
「いや、違う。教会の中にもいくつか派閥があるんだが、その中の紋章保持者保護部門だな」
「名前から言えば、私みたいなのを保護する部門か」
教会にそんな部署があることは知らなかったが、考えてみれば聖女を持ち上げる部署だけでできているとは考えにくい。
話を聞く限り、教会はそれなりに大きい組織だ。
様々な部門があり、それぞれの思惑で動いているのだろう。
「そうだな、だがすぐに救いに来なかったことを考えれば、魔女の紋章は保護対象じゃないのかもしれない」
「先生、癒しの一族は?」
エスターが尋ねた瞬間、フォルドは一瞬言葉に詰まる。
けれど少しの間を置いて、言葉を選びながらゆっくりと答え始めた。
「癒しの一族は保護対象だが、お前は知り合いから預かるよう頼まれてる。正直言えば、俺は紋章保持者保護部門を信用していな「ヘテラちゃーん、午後になったから来ましたー!」
フォルドの言葉の途中で聞こえてきたのは、先ほどまで話題になっていた人物だった。
微妙なところで礼儀はわきまえているのか直接乗り込んでくることはせず、また庭先で呼び鈴を鳴らしまくっている。
「来たな」
「結局、イノス自身に怪しいところはあったのか?」
私が尋ねると、フォルドは少し考えるように顎に手を当てる。
完全に白いわけでもないが、黒とも言い切れないといった様子だ。
「紋章保持者保護部門所属ってことぐらいだな。ただ戦闘能力は低めだと、依頼機関の書類で確認できている」
「脅威にはなりにくいってことか「ヘテラちゃーーん!」
私の言葉を遮るように再び響く声に、さすがにエスターが玄関に向かおうとしている。
イノスのことを警戒はしていたようだが、子供のような容姿と行動が相まって危機感が薄まったようだ。
「なぁ、可哀想だから声掛けに行ってもいいか?」
「今行くから、一人で行くな」
「私もすぐ行く」
外出の用意を手早く済ませて、三人揃って家を出る。
するとそこには案の定、笑顔を浮かべたイノスが立って私に手を振っていた。
けれどその様子が、どうにも不可解だった。
(なんなんだ、この好感度の高さは)
イノスと私が会ったのは冗談抜きで今日の午前中だ。
それに今までは住んでいた場所が違うのだから幼い頃に出会っているという線もない。
なのにここまで懐かれる理由が分からず、私は街につくまでずっとそのことを考え続けていた。
安寧の家から見えていた街は、ここだった。
途中で乗り合いの馬車を使いながら、私たちは目的地に到着する。
「すげー久々にここに来た」
狭い馬車から降りたエスターが、猫のように伸びをする。
街の中に入って最初に感じたのは、空気の良さだ。
都会のような活気はないが、穏やかに流れる時間を感じさせる雰囲気があった。
「最初にギルドに行くぞ、エスターの証明書を取らないといけない」
フォルドの指示に従い、私たちは冒険者ギルドに向かう。
そして到着した建物は、木造の二階建てだ。
入り口の上に掲げられている看板を見ると、どうやらここは商業ギルドも兼ねているらしい。
「そういえば証明書で、正体がバレる可能性はないのか」
「証明書の個人情報は、基本的に依頼機関しか見られない。そして大体の依頼は依頼機関を通すから、直接依頼者とやりとりすることはほぼない」
フォルドに続いて建物に入ると、中にはいくつかのテーブル席が設けられていた。
そこでは何人かの冒険者が座っており、その奥では受付嬢と思われる女性が忙しそうにしている。
それを見たエスターはすぐに受付に突撃し、自身の証明書の取得作業を始めていた。
「その依頼機関に教会関係者が混じってる可能性は?」
「かなり低いな。依頼機関はとある一族のみで構成されていて、裏切らないかぎり絶対の身分保証がされている」
「つまり裏切る方が、特にならないってことだよ」
エスターを待つ間、私達三人も適当な椅子に腰かけて待つことにする。
受付の女性が一瞬エスターの美貌にやられかけていたようだが、それ以上の問題はなく手続きが行われているようだ。
「僕のことは、好きに調べていいよ。君にとって悪い情報は出てこないと思うし」
「じゃあ一つ聞きたい。聖女、ようはカルティとの関わりはあるか?」
私の質問を予想していたらしいイノスは、調べられても問題ないとに答えてくる。
ならばと私は、一番気になっていたことを尋ねた。
するとイノスは少し唇を尖らせて、嫌々肯定した。
「あるけど、好きじゃない。彼女のせいで教室はめちゃくちゃだし」
「暴れてるのか?」
一緒に異世界転生した聖女——今はカルティと呼ばれている女の過去を、私は知っている。
だから大人しくしているとは思っていなかったが、ここまで苦言を呈されるほどとも考えていなかった。
そんな私の疑問に、イノスはさらに愛らしかった表情を歪める。
「ある意味ではね。身分を盾に好き放題だよ、きちんと仕事もこなせてないのに」
「あぁ、聖水と薬の作成か」
黙って聞いていたフォルドが、口を挟んでくる。
教会に多少の縁がある彼は、ある程度の事情を知っているようだ。
「聖水? 魔族に効果的とか?」
フォルドの言葉を、私は聞き返す。
私が作っている毒薬と対になる存在なら回復だろうが、それではエスターと変わらない。
それに聖女が魔王を倒す存在だとするなら、そっちの方がしっくりくる。
そして考えは間違っていなかったようで、私の言葉をフォルドが肯定する。
「それであっている、魔族に呪われた傷を癒したりするんだ」
「俺みたいな癒しの一族は薬を作れても、聖水は作れないんだよ。逆に聖女は、薬が作れるんだけど」
いつの間にか戻ってきていたエスターが、会話に混じる。
手には真新しい書類の束が、抱えられていた。
「エスター、証明書は取れたのか」
「ばっちり!」
自慢げに掲げられた書類には、確かに番号と階級が書かれている。
おそらく依頼をこなしていけば、その階級が上がっていくのだろう。
「で、カルティはなんで仕事をこなしてないんだ」
「遊び惚けてるだけですよ、聖女はそんなことする立場じゃないって」




