04-02 魔女の毒薬と級友を名乗る少年
(……そうだった)
フォルドとエスターのやり取りで、私は今日の予定を思い出す。
これは事前にフォルドに伝えられたことで、今日は元々買い物に行く予定になっていた。
けれど正直、その提案に私は気が引けている。
(今の私は、一文無しだからな)
そういう意味でも、私はとにかく早く依頼をたくさんこなしたかった。
けれどこれから暮らしていく上ですぐに必要な物もたくさんあったから、今はフォルドに頼るしかない。
「後で払う」
「どうしてもっていうなら、稼いでから言ってくれ」
遠慮するなとは言われているものの、やはりまだ金を借りたりするのは気が重い。
結局は甘えざるを得ないが、どうにも拭えない抵抗感があった。
「……すまない」
「子供の世話をするのは、保護者の役目だ。こういう時は甘えておけ」
ぽんっと頭を撫でられるがどうしようもなく、私はそのまま大人しく引き下がる。
フォルドはそんな私を見て満足そうに微笑むと、イノスに視線を向けた。
「じゃあイノス、 俺たちは出かけるからお前もそろそろ帰るといい。書類の配達ご苦労様」
「あの、おでかけって僕もご一緒しちゃダメですか?」
突然の申し出に、思わずイノス以外の全員が警戒する。
特にエスターはさっきまではしゃいでいたのに、途端に表情がなくなった。
(美人の無表情は怖いな)
ここ数日一緒にいて慣れたと思っていたが、まだまだだったようだ。
だがそんなエスターの変化を気にも留めず、イノスはねだるような表情をしている。
「理由は?」
「ヘテラちゃんと仲良くなりたいからです」
そう言うとイノスは私に向けて、満面の笑みを浮かべた。
エスターの無邪気な笑顔に似ているが、顔立ちが幼いせいでより可愛らしく見える。
けれどそんなことより気にしなければならないのは、イノスが私たちと行動しても大丈夫かだ。
「私の正体は知っているのか?」
「魔女の紋章を持つ、異世界転生者。でもそれは、僕にとって悪い印象にはならないんだ」
万が一の可能性として私の正体を知らないのではないかと考えたが、イノスはそれを否定する。
しかしその理由が分からずに首を傾げても、イノスは答えを教えてくれない。
そして状況が一変したのを気にして、フォルドがいったん解散を提案した。
「その話し、長くなるか? それなら午後にまわして欲しいんだが」
「分かりました。じゃあまた後でね、ヘテラちゃん!」
フォルドの言葉に抵抗せず、イノスは元気よく手を振ってその場を離れた。
——そして完全にイノスの姿が見えなくなった後、私たちはすぐに家に戻って頭を突き合わせる。
「イノス、嵐みたいだったな」
「というか、学園所属になったなんて初めて聞いた」
繰り返しになってしまうが、形式上だけでも自分が学園に通っているというのはそれだけ衝撃的だった。
もちろんそうなった理由は分かっているが、学園所属になっているのであれば授業などを受けなければならないのだろうか。
しかし私の考えを察したフォルドが、先回りして説明する。
「学園の依頼を受けられるのは証明書を持つ奴ってことだから、授業とかは受けなくていいからな。あとそれがあれば学園に自由に入れるが、まあお前は入らないだろう」
「そうそう、確か学園って聖女もいるって聞いたしな」
フォルドの言葉に、エスターが思い出したと声を上げる。
そして私も、久々にその存在を思い出す。
(そういえば、いたな)
復讐するという気持ちは忘れていないものの、最近は色々ありすぎて存在自体を思い出すことはなかった。
しかしこんな形で噂を耳にするとは、思いもしなかった。
「そうだ。聖女は今、カルティと名乗ってるらしい」
「絶対学園には立ち入らない。それに他の生徒も、私が魔女だってことを知ってる可能性があるからな」
この世界での知識は欲しいが、私が通えば面倒ごとに巻き込まれる可能性は高い。
ただでさえ今の状況なのに、これ以上問題が増えるのは避けたかった。
フォルドも私と同意見らしく、学園に入る必要はないと告げてくる。
「そうだな。依頼は俺が取ってくるから、お前は気にするな」
「分かった、ありがとう」
私が素直に感謝を伝えると、フォルドはそれでいいと頷いた。
しかしフォルドは、未だ先程の少年が気になっているらしい。
「じゃあお前らは先に昼食を食べていろ。俺はちょっと、あの少年について、調べてみる」
そういうとフォルドは私たちの返事も聞かず、さっさと部屋から出て行ってしまった。
けれど戻ってくるのは早く、私とエスターが昼食を食べ終わるよりも前だった。




