04-01 魔女の毒薬と級友を名乗る少年
この家に来てからしばらくしたある日、玄関の呼び鈴が鳴らされる。
だが結界が張られているこの場所ではほぼ飾りでしかなかったため、エスターとフォルドは顔を見合わせていた。
「ヘテラちゃんいますかー?」
呼ばれているのが私の名前だと気付いた瞬間、露骨に自分の眉が寄ったのが分かった。
けれどその間も、呼び鈴は止まらない。
「ヘテラ、お前に客だがどうする?」
「私を訪ねてくる人間なんて、思い当たらないんだが」
フォルドが訪ねてくるが、正直知らない人間の呼び出しには出たくなかった。
しかし、無視したらしたで面倒なことが起こりそうな予感もある。
(声は高い、そこまで歳は離れてなさそうだな)
耳を立てると少女のような高い声で、私の名前が呼ばれ続けているのが聞こえた。
窓からそっと覗き見ると、背の高くない少年が玄関の呼び鈴を鳴らしまくっているのが見える。
「分かった、俺が確認してくる」
「頼む」
自分だけでは判断しきれないのを察して、結局フォルドが確認してくれることになった。
そしてフォルドは入り口で少年と少し話した後、彼は困惑しながら戻ってくる。
「ヘテラ、お前のクラスメイトらしい。書類を届けに来たそうだ」
「は?」
結論を聞いて、思わず変な声が出た。
数日前まで地下室で虐待されていたのに、私は学園に通っていることになっているらしい。
エスターも全く同じ疑問を持ったようで、首を傾げていた。
「ヘテラ、学園に通ってるのか?」
「いや、全く知らない」
「結界を通っているから、悪意はなさそうだな」
三者三様に考え込むが、結論が出るはずもない。
とりあえず少年をこのままにするわけにもいかず、フォルドが私に問いかけてきた。
「追い返すか? それとも俺が見てるから会ってみるか?」
「……会ってみるから見ててくれ。危なそうならすぐ逃げる」
普段なら絶対会わないが、今は何かあった時に対処できる人間が近くにいる。
それにこの世界にいる同世代の子供に興味もあったため、とりあえず会ってみることにした。
「分かった。じゃあエスターもついてこい」
「もちろん」
エスターを一人にするのも不安だったため、結局全員で部屋を出る。
教会側の罠である可能性もあるが、そうじゃないならそれでいい。
それにこの家以外の人間に興味があるのも、嘘ではなかった。
「あ、やっと出てきてくれた!」
ぞろぞろと庭先へ出ると、そこにはやはり見覚えのない人物が立っていた。
ふわふわとした髪を肩で揺らし、こちらを見る瞳は大きくて子猫を思わせる。
肌の色は白く、全体的に華奢で愛らしい印象を受ける少年だった。
そんな子が私を見て、嬉しそうに手を振る。
「初めまして、ヘテラちゃん! 僕はイノス、一応君のクラスメイトだよ」
「私はこの世界で、学園に通った覚えはないんだが」
警戒しながら尋ねるとイノスはそうだよね、とあっさり肯定してみせる。
その仕草はまるで小動物のようであり、庇護欲を刺激する可愛さがあった。
「学園の依頼を受ける際に証明書が必要だから、その時に登録されたんだよ」
「なるほど、俺が依頼を取りに行った時に発行されてたのか」
フォルドがイノスの言葉を聞いて、納得する。
どうやら私の知らないところで、手続きが行われていたらしい。
「学園の依頼は冒険者ギルドのより安全なものが多いから、そっちに取りに行ってたんだ」
「あぁ、なるほど」
依頼初心者である私の為に、フォルドは学園までわざわざ依頼を取りに行ってくれたようだ。
だが私が礼を言うと、自分の仕事もあったから気にするなと手を振った。
「だからお前はこれを受け取って大丈夫だ、というかそうじゃないと学園の依頼を受けられない」
「……そうか、ありがとう」
フォルドの確認を経て、私はイノスが手に持っていた封筒を受け取る。
中を見ると、確かに私の通っているらしい学園の書類がいくつか入っていた。
「しかしよく依頼機関が、他人に書類を渡したな」
「忙しくて手が回らないって言ってました、主に薬関係が不足してるって」
「教会はなにやってんだ」
イノスの言葉に呆れたと、フォルドは頭を抱えている。
話を聞くに教会は、この世界で薬局の役割も果たしているようだ。
そしてイノスはそんなフォルドを横目に、私に記載しなければいけない書類を伝えていく。
「だから同じクラスの僕が届けるって言ったんです。はい、じゃあヘテラちゃんは受け取り証明に名前書いてね」
「分かった」
私は渡された書類に目を通して記名した後、イノスへと再び返却する。
すると今まで黙って見ていたエスターが、思い出したように口を開いた。
「あ、じゃあ俺も依頼を受けるなら証明書が必要なんじゃないのか」
「そうだな。ヘテラの登録をした時は、お前の分は登録しなかったから」
確かに私が依頼を受けると決めた時に、エスターの外出許可は取れていなかった。
そして自分も証明書が必要だと気づいたエスターは、すぐにでも取得しに行きたいと主張し始める。
「じゃあ先生、いつやれる? というか俺も学園の証明書を取得するのか?」
「いや、午後に冒険者ギルドで取得する。ギルドの奴なら学園の依頼も受けられるし、ついでにヘテラの日用品も買うからな」




