03-10 この世界で暮らす為の準備【番外編02】
暗夜を割る光に、体が震える。
こちらに害がないことなんか、分かり切ってるのに。
(昔は雷なんて、怖くなかったのにな)
何度寝返りを打っても眠ることができず、諦めて体を起こす。
けれど再度窓の外で轟いた音に、自然と眉が寄った。
(雷自体は、別に怖くない。けれどその音が、虐待されていた時を思い出させる)
光のない地下室では視覚よりも先に、聴覚が情報を拾った。
そして捕らえた音は、碌な結果を与えない。
(暗くなければ問題はないが、今は夜だ。だが明かりはつけない方がいい、エスターを起こす可能性もある)
もう深夜と言っていい時間だ、聞こえるのは断続的な雨音と原因の雷だけ。
フォルドもまた討伐だと家を留守にしているし、エスターは先ほどおやすみと言って別れたばかりだ。
(今日は寝るのを諦めた方が良さそうだな)
そう思い、ベッドから起き上がったその時だった。
叩きつける雨音と鳴り止まない雷の音に混じって、床を踏む音が聞こえた。
(……また起こしたか)
先日と同じ轍を踏んだかと、軽く唇を噛み締める。
この時間に歩き回る人間は少ない、そしてフォルドの足音はもっと重い。
そして足音は私の部屋の前で立ち止まると、遠慮がちに小さく叩かれた。
「ヘテラ、もしかして起きてるのか」
「すまない、また起こしたなエスター」
予想した通り、眠たげに目を擦りながらエスターが顔を覗かせる。
雷の音で起きたのか、私の不調を感知したのかは分からなかった。
「いや、俺もこの音じゃ寝れなかった。あと、ヘテラが怖がってないかと思って」
「私のこと、子供だと思ってるのか」
私は怖いのではなく、落ち着かないだけだ。
だが少し怒ったような口調になってしまったのは、確かに子供っぽかったかとは思う。
だからエスターは怒らない代わりに、少しだけ笑ったのだろう。
「俺も昔、怖かったからそう思っただけだよ。先生がいない時は、この家に一人だったから」
「そういえばエスターは小さい頃から、ここにいるんだったな」
フォルドを先生と呼んでいることから、実の親子じゃないことは分かっている。
仲は良さそうだが、そうなった理由を詳しく聞いたことはない。
「うん、この家に来る前のことは全く覚えてないけど。先生から聞いたことだけ、知ってる」
「じゃあ一人でいる時間は相当長いな」
私も諸事情により一人でいた時間は長かったが、それでも家に母親はいた。
だから別に寂しくはなかったし、元々一人遊びが得意な性格だった。
けれどエスターは人といるのを好むし、フォルドが家からいなくなってしまえば本当に一人だ。
「うん、だから寂しい時がたくさんあるよ」
「素直だな」
害されず、愛されてきた証拠だと思う。
私なら安全の為に、寂しさより孤独を取るから。
(けれど本当に安心して良い場所なら、素直に吐露する方がいいのだろう)
素直な方が善人に囲まれている時は生きやすいし、齟齬を生みにくい。
けれどそれをもう、私が手に入れるのは難しそうだった。
だから代わりにエスターが、私に寄り添おうとしているのだろう。
「ヘテラ、今日は一緒に寝ていい? 変なこと、絶対しないから」
そういうエスターの言葉を、私は予想していた。
きっと彼の中では、私の体も心も未だ傷だらけの状態になっている。
だからこそ、これ以上酷くならないように気遣ってくれている。
「……構わない」
「ありがと」
私は寝台の真ん中から横にずれて、他人が入れる場所を作っていく。
そしてエスターがそこに収まると、動ける場所はほとんどなくなった。
(私の為だなんて分かりきっている、けど素直になんてなれない。だからエスターは、ああ言う聞き方をしたんだろう)
美しい顔をしているのに、性格と同じ子供のような体温が私を温める。
雷はもう遠くへ行ったのか、それとも私の意識が遠のいたのか、音はいつの間にか消えていた。
(本当に子供なのは、好意をうまく受け取れない私の方だ)
「……朝か、というか随分布団が増えたな」
まだ眠たい目を擦り、隣で眠るエスターを見る。
体を起こせば、かき集められたらしい布団がいくつか床に落ちた。
(エスターは寝ている、ということはフォルドが掛けてくれたのか)
誰かにかけられた布団と、隣にある体温。
途中で起こされることもない、穏やかな睡眠。
「知らなかったな。心の傷が治ると、涙が出てくるのか」
痛い時や辛い時、そうでないなら嬉しくて泣く時があるのは知っていた。
けれど今はそうではなく、ただ単純に涙が出てくる。
(今日は、私からおはようと言ってみるか)
そう思って、エスターが起きてくるのを待つ。
少しの緊張と、期待を抱えながら。
そしていつもと少しだけ違う朝が、訪れる。
3章完結です、ここまで見ていただいてありがとうございます!
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