01-02 聖女召喚、一人は魔女
「違う、彼女には理由がある!」
幼馴染は私を庇うように前に出ると、必死の形相で叫ぶ。
けれど周りの連中はそれが気に入らなかったのか、一斉に彼の方へ向き直った。
「聖女様に逆らうなんて」
「魔女を今すぐ殺せ! 火刑に処すべきだ!」
そしてその内の一人が幼馴染に歩み寄り、その胸倉を掴む。
他の奴らも倣うように彼を取り囲み、あっというまに拘束してしまった。
「くそ、なんだよ。大人がよってたかって!」
彼はこんな状況でも屈せずに抵抗しているが、それは無謀だ。
何しろ相手は大人、それも大勢いる。多勢に無勢。
そして一番偉そうな、服に大量の装飾をつけた壮年の男が、笑みを浮かべながら前に出てきた。
「いけませんよ、皆様方。確かに聖女様に害を成そうとした事は許されませんが、手続きは踏まなければなりません」
叫びたいのに声が出ない、身体の自由もない。
知らない世界で行われている自分の断罪を、見ている事しかできない。
「魔女は然るべき時まで保護し、その後に公開処刑を行う必要があります。処刑には民の意思が必要ですから」
男は芝居じみた仕草で両手を広げ、大げさな口調で言う。
そんな男の態度に周りも同意するように歓声を上げ、中には拍手をする者もいた。
(——このままだと、殺される!)
話の通じない連中だというのは、今までのやり取りで充分に分かった。
だから私は逃げ出そうとするが、やはり身体は動かない。
それでも何とか動かそうと足掻いていると、私の視界が白い法衣で覆いつくされる。
「魔女が逃げるぞ、取り押さえろ!」
「やめ、やめろおおおおお!」
大勢の信者に取り押さえられ、もはや視界すら自由ではなくなった。
私を罵る声に混じって幼馴染が静止しようと声を上げているが、全て無意味だ。
「この者に、魔女の紋章を与えよ」
気づいたときには服の胸元が裂かれ、焼印のようなものを押し付けられていた。
皮膚の溶ける音と自分の悲鳴だけが聞こえて、耳に残る。
「う、ああああああああああ!!!」
焼ける痛みと共に紋章が刻まれると、群衆は歓喜の声を上げた。
これで私はまた人間扱いされないのだと自覚すると同時に、意識までも薄れていく。
「はあ、はぁ。……ぐっ」
未だ取り囲む法衣の隙間から見えたのは、無力に涙を流す幼馴染の姿と、薄い笑みを浮かべる少女だった。
「魔女の紋章がきちんと刻まれたようですね、なんと禍々しい」
「それに比べて、聖女の紋章の輝きたるや。なんと神々しい……!」
少女は微笑みながら、満足げに私を見つめている。
私はそれを睨みつけ、悔しさに歯噛みする事しかできなかった。
「うふふ、やっぱり私が聖女なのね」
(なんで私が、こんな目に遭わなきゃいけないんだ)
なぜ自分だけがこんな目に遭わなければなければならないのか理解できない。
思考はぐるぐると同じところを回るだけ。
何も分からないまま、それでも殺されるという自覚だけは確かにあった。
「勇者の紋章は現在行方不明なので刻めませんが、見つかり次第付与いたします」
「だから勝手に話を進めるなよ! 少しは話を聞いてくれよ!!」
幼馴染が声を張り上げるが、相手は複数の成人男性。
彼は簡単に、別室へと連れていかれる。
「では聖女様、勇者様。こちらへどうぞ、今後の事を話させていただきます。……魔女、お前は大人しくしていろ」
その言葉と共に拘束されていた腕輪が外されると、今度は鎖のついた首輪が嵌められた。
そのまま引きずられるように歩くことを余儀なくされ、私も知らない場所に連れて行かれていく。
「待、て」
「見苦しいわよ! 大人しくしなさい!」
私が潔白ではないのは、私自身が良く知っている。
けれどその女だって聖女などと呼ばれるべきではないのだと、最後の力で伝えようとした。
しかしその意識も刈り取ろうとするように、女が手を振るう。
すると一瞬細い手が輝いたのち、私の胸を再び痛みが襲ってきた。
「う、あああ!」
心臓が鷲掴みされたような激痛が走り、呼吸すらまともにできなくなる。
あまりの苦しさに気を失いそうになるも、女の手が光る度に目が覚める。
まるで拷問のような苦しみの中、私は意識を保つだけで精一杯だった。
「おぉ、あれが聖女様の魔法か!」
「やはり魔女には良く効くようですな!」
人間が虐げられて、誰も止めることなく歓声を上げる世界。
異常だ、だがこれが現実だった。
「これで分かったかしら? あなたが私に勝とうなんて、身の程知らずなのよ!」
そして聖女と呼ばれた女は、勝ち誇るように笑みを浮かべた。
「さぁ、行きましょう? 神父様達」
「えぇ、えぇ。どうか、我等をお救いください」
聖女と呼ばれた女は、自身を信仰する男達に笑いかける。
その表情はとても穏やかで、一見愛に満ちたものに見える。
けれど私は知っている、その瞳の奥にあるのは自己愛だけだ。
「あぁ、魔女は適当な貴族にでも世話をさせろ。名誉と補助金をちらつかせれば、すぐに食いつくだろう」
その言葉を最後に、ついに意識が沈んで何も聞こえなくなる。
最後まで私の無実を訴えていた幼馴染の声も、もう届かない。
こうして、私の異世界生活は始まった。