03-08 この世界で暮らす為の準備
「ならどこまでなら行動していいんだ? 前提として、魔物や人と殴り合うことはしない」
フォルドが折れたところで話を終わらせてはいけない、むしろこの後が重要だ。
けれどフォルドの方は先ほどとは打って変わって、穏やかに話している。
「魔物と殴り合わないなら、それ以外の制限はない。もちろん危ないこと、正体がバレることは禁止だが」
(思っていたより、ずっと緩いな)
正直拍子抜けだ、エスターの外出自体をあれだけ渋っていたのだから。
依頼の内容そのものに制限が掛かることはもちろん、近所以外に行けないのではないかとすら思っていた。
「ちなみに、魔物を罠に掛けるのもダメか?」
「いや、それは構わない。戦闘と呼ばれるような行動じゃなければ大丈夫だ、なにかあったら即逃げればいい」
(よけい分からなくなったな)
フォルドがやけになっているようには見えないが、あまりにも制約が緩すぎる。
魔物を罠にかける場合は毒を使うし、危険がないわけじゃない。
それくらいは、フォルドも分かっているだろうに。
「お前もあんまり無茶なことは避けろよ」
「分かってる、アンタが監督責任問われるようなことはしないつもりだ」
私自身はこの家の住人ではないし、そう長居もしない。
一人で生きていける力がついたら、どこかでひっそりと暮らしながら復讐の機会を待つつもりだ。
だがフォルドはおもむろに近づいてきたか思うと、今度は私を抱き上げた。
「そうじゃない、心配してるんだ」
「私を?」
その言葉の意味を理解するまでに数秒かかり、理解してもなお困惑するしかない。
私が呆然と固まったまま動けずにいると、彼は手を離すなり苦笑を浮かべた。
「おかしいか?」
「だって、他人じゃないか」
血が繋がっていないどころか、数日前に会ったばかりだというのに。
しかしフォルドは小さな子供を見つめるような目をしながら、また私を撫で回す。
「俺とエスターだって、血は繋がってない」
「でも、ずっと一緒に暮らしてたんだろう」
「お前さえ良ければ、これからそうなる」
されるがままになりながら、私は彼の言葉を頭の中で反芻する。
けれどなんだそれは、そんなことを言われても困ってしまうだけだというのに。
「常に正しい判断なんてできないだろうが、それでもお前達のことを考えていくつもりだ。家事もあんまりうまくないが、そこは許してくれ」
「……でも、私は魔女だぞ」
もう正直私には、こんな風に優しくされる資格があるのか分からなかった。
魔女というのは役職だけではなく、もう精神もそうなってしまったのだと思っていたから。
だからこそ余計に信じられなくて、分かりきったことを問い返してしまう。
「そんなことは最初から知っている。それでもいいから連れてきたんだし、お前は自分が思ってるより悪いやつじゃない」
なんとも都合の良い解釈だとは思ったものの、その言葉を否定する気にもなれず黙り込んでしまう。
そう言ってくれるのが嬉しくもあり受け止めきれないから、つい腕の中で俯いてしまう。
そして話しているうちに気持ちの整理がついたのか、今度はフォルドが顔を上げた。
「そろそろエスターを呼ぶか。あらためてお前の歓迎会もしなくちゃいけないし、外出許可を出したことを「ずっと部屋の外で聞いてた」
二人して振り返ると、エスターが扉からそっと顔を出すところだった。
どこからかは分からないが、途中から話を聞いていたらしい。
「また隠れて聞いてたのか」
「ヘテラの加勢しようと思ったら、一人で説得しちゃったから、いつ入ればいいか分かんなかったんだよ」
言い訳じみたことを言う彼に対し、フォルドは驚いた顔をしている。
表情的に、まさか聞かれているとは思っていなかったようだ。
「歳だな、全然気づかなかった」
「まだそこまでの年齢じゃないだろ」
思わず突っ込みを入れてしまったが、フォルドの反応を見る限り冗談ではなさそうだ。
どうやら本当に、気配を察知できていなかったらしい。
「そうでもないぞ、肉体の衰えは酷い」
(確かに私でも気づいていたのに、勇者が気配に気づかないのは致命傷だな)
とはいえ討伐依頼は無難にこなしているところを見ると、警戒している時は大丈夫なのだろう。
そしてフォルドは未だ扉の近くに半分体を隠しているエスターを手招きし、部屋に入るよう促す。
「それでエスター、今までの話は全部聞いていたか」
「……ごめんなさい」
少し間を置いて、エスターは小さく謝る。
だがフォルドは別に怒っている訳ではない、現状を確認しているだけだ。
(フォルド、分かりづらいんだよな)
それなりに笑うし面倒見もいいが、肝心なことは言わないし説明が足りない。
だから下手に聞き分けがいいエスターとはうまくやれているようで、すれ違ってしまっていたのだろう。
けれどこれからは、少しずつ改善されていくはずだ。
「いや、俺こそすまない。お前がそこまで不安に思ってたとは思わなかった」
(これで一件落着か)
私と同じように撫で回され始めたエスターを眺めながら、私は問題の終わりを感じる。
二人の関係の改善は、私の復讐にとっても好都合だ。
だからこんな面倒ごとに、わざわざ首を突っ込んだのだから。
(それにここは安心できる場所だ、だから私も大切にしたい)
フォルド達と過ごしてみて改めて思う、この家はとても居心地が良い。
ずっと居たいと思ってしまいそうになるくらいに。
休める場所はあっても、目的を忘れてはいけない。
復讐を遂げるために、この世界についてもっと学ばなければいけない。
それは分かっている。
(けれどまたこんな風に思える存在ができた幸運も、認めないといけないんだろう)
今はまだちゃんと考えられないが、いつか普通の生活に戻れるならそれがいい。
復讐にだって、いつかは終わりが来るのだから。
こうして私は改めて、新しい生活をスタートさせることになった。




