03-07 この世界で暮らす為の準備
「以上が、私がエスターから聞いたことだ」
「そうか」
私は再びフォルドの部屋に戻り、話をした。
先ほどエスターから聞いた話を、全てフォルドにぶちまけながら。
(多分、知ってることが大半だろうけどな)
規模は小さかっただろうが、初めて二人が衝突したとは思えなかった。
フォルドの真意は知らないが、エスターは少しずつ疑念が降り積もっていたように見えていたから。
「フォルド、それで一つ聞きたい。勇者というのは不滅なのか」
先ほどのエスターとの話の中で、私は一つ疑問に思っていたことがあった。
それは勇者と呼ばれる存在が、不死ではないかという可能性。
(もしそうであれば、エスターを閉じ込めていた理由も頷ける)
フォルドが永遠にエスターを守れる存在であるならば、確かにエスターを飼い殺しにすればいい。
紋章の器が人外だと言っていたから、そういう存在でもあるのかもしれない。
(だが違うなら、どこかで必ず破綻する)
私に問われたフォルドは、視線をさまよわせながら唸り続けている。
そして少しの沈黙の後、彼は自分の死を肯定した。
「いや、首を切られれば死ぬし、失血でも死ぬ。人間に起き得る死因は、全て勇者にも起こり得る。紋章の力で強くなっているだけで、不死じゃない」
(だよな。既に情報を提示しているから、そこに嘘はつけない)
紋章から力を得ている以外は普通の人と変わらないと、フォルドは私に言っている。
そして自分の失言に気づいたようで、フォルドは眉をしかめた。
「ならアンタがいなくなったら、エスターはどうするんだ」
「……」
フォルドが完全に答えに窮した。
ならここが、突破の糸口になるはずだ。
(考えたことがないわけじゃないはずだ、なら先延ばしにした理由が必ずあるはず)
自身が不滅でないと分かっている以上、自身がいなくなった後の想定はしたことがあるはず。
それでもこの手段を取り続けているのであれば、フォルド自身が解決できなかった問題だという事だ。
「確かにこの家は守られてるだろう、けれどそれは絶対か? 予測のつかない何かが起こることは有り得ないか?」
我ながら卑怯な言い方だ。そんなこと、誰にも分からないのに。
けれどここで引いたら、何かあった時のエスターがどんな目に遭うか分からない。
(あれだけ私に献身的だったんだ。だから私も、少しくらいなにか返してやらないと)
別にフォルドを論破したいわけじゃない、意見が両立できるならその方がいい。
けれど、きっとそれは無理な話だ。
「私がいた国は、平和だった。少なくとも種族的な迫害などされたことがない立ち位置だった」
(いじめとか、別の問題はあったけれど)
異世界転生直前にあったことを思い出して、少しだけ口角が上がる。
そういえばあの二人は、今どうしているのだろうか。
「でもある日死んで、この世界に飛ばされた。フォルド、そういうことがあるんだ」
味方も武器もなく、一人で迫害の印を押し付けられて、死を待つ。
生きてこそいるものの、救われてこそいるものの、その一端を私は垣間見た。
「戦わせたくないなら、逃げ方を教えることだってできるはずだ。——それとも、エスターが危ない目に遭うことを期待しているのか」
「そうじゃない!!」
フォルドが大声で叫ぶ。
その声にびくりと肩が震えたが、それでも視線だけは逸らすまいとフォルドを見つめた。
(やっと反応した、ならここからが本番だ)
苦虫を噛み潰したような表情で私を見ているフォルドが、怖くない訳じゃない。
でもここで引けば、どこかで本当に手遅れになる。
「俺は、エスターを殺したい訳じゃない」
「ならフォルド、どこまでなら許容できる?」
これから確認するのは、エスターの命に関わることだ。
だからこそ、フォルドには腹を括って貰わなければならない。
「私だって喧嘩を売りたいわけじゃない。保護して、安全な場所を与えて、これからの生き方を考えてくれてることには本当に感謝してる」
これは本当だ、でなければこの家に留まっていない。
私だってここまで丁寧に保護されなければ、こんな面倒事なんて絶対に無視している。
「だからいくら戦力がほしくても、フォルドが本当に隠すようなことはしないつもりだ。その為に、こうやって話しに来ている」
エスターを危険な目に遭わせたり、怪我をさせたりするつもりはない。
それをフォルドが理解してくれるかは別問題だけど。
けれど今のやり取りで、確信した。
(やっぱりフォルドは、エスターを傷つけたくないんだ)
私やエスターを騙す気なら、もっとうまい言い訳があるはずだ。
けれどフォルドは終始、エスターのことを心配していただけだった。
(その感情自体は、悪いものじゃないはずだ。問題なのはやり方だから)
私もフォルドも、器用な方じゃない。
だから言葉にしないと伝わらないし、言わないと誤解を生んでめちゃくちゃになる。
そして、ついにフォルドが観念して口を開いた。
「……確かに、隠されるのは問題だな。何かあった時に、助けられない」
隠れて地下室についてきてしまった、エスターの事を思い出しているのだろう。
あれは今までの彼の言動を見るに、完全に想定外だったようだった。
(本当に、フォルドに悪意はないように見える。むしろエスターは相当大切にされている)
フォルドの口から出るのは、エスターの事ばかりだ。
私が二人を見たのは数日間だけだが、それでも分かるほどに情は注がれている。
(だからこそ、今しかないはずだ。私という異分子が現れて、エスターが確実な疑問を持った今しか、フォルドは説得できない)
私達はしばらく無言で見つめ合っていたが、先に折れたのはフォルドの方だった。
長くため息をついて、フォルドは諦めたように椅子にもたれかかる。
「分かった、エスターの外出を認める」




