03-05 この世界で暮らす為の準備
私がそう指摘すると、エスターは困ったような顔をした。
そしてしばらく何かを考え込んでいたが、やがてゆっくりと答えを返してくる。
「そうでもないよ、俺はちゃんと我が儘だよ」
「例えば?」
私は少し意地悪な気持ちで訊ねてみた。
するとエスターはまたしばらく考え込んだあと、ぽつりと答える。
「ヘテラには、ずっと俺と一緒にいてほしい。そうじゃなきゃ、ついて行きたい」
自分でも無理なことは分かっているのだろう、エスターの表情はどこか寂しげだった。
それでも彼は、自分の願いを口にする。
「昨日ヘテラを追って外に出たのは、俺のためだよ。確かにヘテラが心配なのもあったけどさ」
(執着されてるのか、私は)
その言葉を聞いても、驚きはしなかった。分かっていたことだ。
あの夜、私の手を掴んだ時の彼の必死の形相を思い出す。
あれはただ単に心配しているだけの顔ではなかったし、そうでないことは説明されていた。
(この狭い世界で、隔絶されていたならそうもなるか。だが)
この何日かで分かっていたことだ、彼がそういう人間だということぐらい。
そしてだからこそ、突き放さなければならなかった。
「私は、お前のおもちゃじゃない」
「……ごめん、分からないかもしれない」
そう答えるだけ、エスターは誠実なのだろう。
彼は自分の執着を止められないことが分かっている。
だからこんな問答になるし、謝ってきている。
(だからこの家に閉じ込められている事に関してだけは、解決してやらないと)
私にしてはお節介な思いが、心の奥から顔を出す。
だって今のままでは、なにかあればエスターは対処できない。
(確かにフォルドは強い、でもずっとこのままでもいられないはずだ)
美しい容貌、迫害されている一族の末裔。
下手をすれば私以上に危ない目に遭うかもしれない立場。
(その恐怖は私にも分かる、だからどうにかしてやりたい。それに)
一人では何もできないどころか、無駄死にしかねないことはよく分かった。
この問題は私だけではなく、エスターにも言える事だ。
(けれど二人で行動できるなら、二つの問題は一気に解決する)
それも含めて、私はエスターをこの家から彼を解放しようと考えていた。
私と、彼の今後のために。
「エスター、場合によってはお前を私の戦力に数えようかと思ってる」
「俺、戦えないのに?」
首を傾げる彼に、戦うだけが全てではないことを私は説明する。
私もようやく頭が冷えて、武力以外のことを考えられるようになってきた。
「依頼に採取や作成、配達依頼なんかがあれば受けていく。私がいれば一人じゃないんだし、問題ないはずだ」
恐らくフォルドが問題視しているのは、一人で行動することや危ない行動に関してだ。
もはや幼児ではないのだし、常に保護者同伴という考えではさすがにないだろう。
そういうとエスターは、私に向けてぎこちないえ笑みを浮かべる。
「そう、だな。そんなに危ない目に遭うんじゃなければ、先生もきっと許してくれるよな」
それでも不安げなエスターに、私はいくらなんでも大丈夫だろうと頷く。
けれどその考えは、甘かったとすぐに思い知らされることになった。
翌日フォルドに二人行動の許可を持ちかけたが、速攻却下された。
「ダメだ、エスターを外に出す訳にはいかない」
「なんでだよ、先生! 俺、もう子供じゃないぞ!」
エスターが猛然と抗議するが、フォルドはその意見を聞き入れない。
彼は腕を組んで、断固として言い放つ。
けれど私もいくら何でも過保護すぎないかと、食い下がった。
「フォルド、どうしてダメなんだ。一人で危ない場所に行く訳でもない、それにフォルドが選んだ依頼なら危ないものなんてないだろ」
「この家の中で毒薬作成の手伝いをするとかであれば、問題ない。だが外に行くのはダメだ」
どう説得してもフォルドは、エスターの外出許可を出す気はないらしい。
けれどいくら迫害対象だとしても、近所に行くくらいの許可は出せないのだろうか。
まして、一人ではないのに。
「私が、一人でこなせる程度の依頼でもか」
「言っただろう、エスターは癒しの一族。迫害対象だ」
「それはヘテラだって同じだろ!」
珍しく感情的になって、エスターはフォルドに訴えかける。
しかし、それは決して子供の駄々などではなく、彼の本心だった。
そしてエスターの主張は、私も理解できるものだ。
「フォルド、私もエスターと同意見だ。その判断の差はなんなんだ」
ただの過保護なら毒薬作成だって止めるはずだ、でもそれはしていない。
それに私はエスターより、よっぽど危険なこともしてきた。
(けれど私は止められていない)
毒薬作成の為の部屋まで用意され、依頼もこなす方向で話は進んでいる。
ずっと一緒にいるエスターに情があるのは分かる。
だがエスターがフォルドに疑念を持っていることから、なにかあるのはほぼ確定している。
「先生、止めるなら納得できるだけの理由がほしい。そうしたら、ちゃんと言うこと聞くよ」
「癒しの一族が迫害対象だからだ、それ以上の理由はない」
フォルドとエスターの話が再び一周する、見事な平行線だ。
変化したのは、エスターの感情のたかぶりだけ。
「だからそれならヘテラだってそうだろ!? あぁもう、先生の言うことが分かんねえ!」
「エスター、落ち着け」
フォルドは興奮したエスターを宥めているが、この状態では何を言っても聞きはしないだろう。
それに私もエスターを説得する気はない、私自身がエスターに同意しているからだ。
「俺は永久にこの家にいるのか!? 何にも知らないで、ずっと!」
今までで一番激しい声で、エスターは訴える。
それは悲壮で、長いこと押し込められた感情であることも分かった。
「先生。俺がヘテラを助けに行った時に黙ってついて行ったのは、外の世界が知りたかった訳じゃない。先生が何をしてるのか知りたかったからだよ!」
その言葉を最後に、エスターは部屋から出ていく。
残されたのは難しい顔をしているフォルドと、しかめっ面の私だけだった。




