03-04 この世界で暮らす為の準備
あの物量で押してくる食事からしばらくして、私はフォルドに呼ばれた。
「エスターは今、掃除中か」
「あぁ。というか物置か、ここ」
物置と言っても暗いわけではない、どちらかというと明るい場所だ。
部屋はガラス張りになっており、陽がさんさんと部屋に降り注いでいる。
私を呼び出したフォルドはというと、暖かさにやられたのか少し眠た気だ。
「昔は室内庭園だった場所だ」
(だから鉢植がいくつも転がっているのか)
フォルドの言葉を聞いて部屋に視線を移すと、足元にはじょうろも落ちていた。
他にも探せば、土いじりの道具が出てきそうだった。
「ここをお前にやる。掃除して、好きに使っていい」
フォルドはそういうが、私はその言葉を聞いて少し戸惑った。
緩い空気が続いているが、私は処刑待ちの魔女だ。
(そんな私が、部屋を持ってもいいものなんだろうか)
いったんは戻ってきたものの、私がこの家に入れるのは処刑されるまでだ。
フォルドだって、そんなことは分かっているだろうに。
「理由は?」
「お前に力をつけるためだ」
フォルドはさっきよりも真剣な表情で、私を見据えている。
その様子から直感的に、さっきの話の続きをしているのだと悟った。
「エスターから聞いたが、お前には毒を生成する能力があるようだな」
「薬に触ったら、勝手に変質したんだ」
あの時は冗談抜きで絶望した。
まさか回復道具が使えないなんて、思いもしなかったから。
「なら魔女の紋章が関係してる可能性が高いな」
「自分では回復道具を使えないんだ、厄介この上ない。それに毒を作るなんて、魔女そのものじゃないか」
これで名実ともに、魔女の完成だ。
心持ちが魔女なだけだと思っていたが、毒まで作れるとなっては言い訳ができない。
だがフォルドは怪訝な顔もせず、不貞腐れかけた私の頭をまた撫でた。
「だが毒を生成できる者はかなり少ない。それに人以外に向けて使えば、使い道はそれなりにあるはずだ」
「確かに、昨日のように魔物を倒すことには使えるか」
フォルドの言うように使い方によっては武器になるし、使う先は人でなくてもいい。
問題は自分も含めて、毒に嫌悪感を持つものが多いと言うことだが。
「他に除草剤なんかもありだ。とりあえずこの部屋で毒薬を作って依頼を受けてみろ、金になる」
(依頼。そうか、その手があったか)
フォルドに言われて、ようやく私は毒薬も使いようで求められることに気づく。
あまりに視野が狭くなっていて、生きるには汚い手を使うしかないと思い込んでいたから。
「そうする、ありがとうフォルド。……うわっ」
素直に感謝したら、またくしゃくしゃと頭を撫でられた。
明らかに子供扱いされているが、不思議と悪い気はしなくなってきている。
だから下手に逃げず、おとなしくしていることにした。
「お前が魔女としてこの世界に放り出されて、不安なのは分かるからな。これで少しは安心できるか?」
(そうか、不安だったのか。私は)
フォルドに言語化されて、ようやく腑に落ちる。
私は今まではずっとこの感情が、敵意や殺意だと思っていた。
けれどどうやら、私は不安だったらしい。
「だが一人で夜に出歩くのはやめろ、本当に危ない」
「分かってる、もうしない」
言い聞かせてくるフォルドに、小さく頷いて約束する。
本当に昨日の夜のことは、反省している。
少なくとも一人で行動することは、嘘でなく当分避ける予定だった。
「ならいい、道具はこの辺にあるのを使え。最初ならこの程度でもいいだろう」
(ん? 釜に名前が彫られている。これ、誰かのお下がりか?)
頭から手を離したフォルドから渡された道具の一つを見ると、古い釜があった。
それを眺めていると、釜の縁に削られたような文字が書かれているのに気づく。
「なぁ、この釜って」
「俺はそろそろ行く、後で依頼書は持って来てやるからな」
古びた釜の名前を問おうとしたが、フォルドは既に部屋の外へ出ていた。
それであれば今、引き止めるほどの事でもない。
「……分かった」
今は渡されるはずの依頼をこなすのが優先だ。
金も、毒薬作成の腕も欲しい。
釜に書かれた名前より、優先順位の高いことはいくらでもあった。
「ヘテラ、何してんの?」
「毒薬作りの練習」
掃除が終わったエスターが、温室にひょこりと部屋に顔を出す。
そして私の手の中にある釜を見て、すぐに状況を察したらしい。
エスターは私から少し離れた場所に座って、興味深げに釜を見つめている。
「今、魔女っぽいって思ったな」
「いや、そんなことは」
「顔に書いてあるぞ」
私はエスターをからかいながら、準備を続ける。
まずは薬草のすり潰すための器を用意して、粉末にしていく。
次に鍋に水を張って火にかける。
煮立ったところで粉微塵になった薬草を入れて、しばらく放置だ。
理屈は分からないが、机の上に転がっていた薬作りの本にそう書いてあったので従うことにする。
「でも、口には出さなかった」
「あぁ、分かってる。からかっただけだ」
エスターは私の言葉に少しだけ唇を尖らしたが、特に何も言わなかった。
代わりに私に何か言いたいことがあるらしく、チラチラとこちらを見ている。
「でもからかうってことは、もう俺のことは怖くない?」
「お前のことなんか、最初から怖くない」
コイツは急に、何を言い出すのだろうか。
そもそも彼に怯えているのならば、こんな風に遊んだりはしていない。
けれどエスターはじっと、私を見つめていた。
「初めて会った時は、冗談も何もないような感じだったけど」
「警戒してただけだ」
「俺は最初、ヘテラが怖かったけどな」
その言葉に、釜を掻き回そうとしていた手を止める。
エスターの言葉の意味を考えても、私が怖いという理由が思い浮かばなかったからだ。
あんなくたばりかけの小さな女に、なにができたというのか。
「なんで怖がる必要があるんだ」
「ちょっとでも変なことしたら、殺してやるって目をしてたから」
エスターはなんでもないことのように言いながら、首を傾げて髪を揺らす。
宗教画のような姿を横目で見つつ、私は釜に毒草を入れた。
「でも今は、そこまでの目じゃない」
「お前は気が抜けてるから、あんまり心配しなくてもいいと思ってるだけだ」
綺麗な外見に気後れしたのも、最初だけだ。
今はただの大きな子供か大型犬にしか見えず、危険だとも思えない。
(フォルドに関しては、もっと後で判断するけどな。助けてはくれてるが、怪しい部分が多すぎる)
こうやって部屋をくれたり色々と気を回してくれているが、不可解な部分がまだ結構ある。
特に今気がかりなのは私に関わることではなく、昨日エスターに聞いたことだ。
しかし肝心のエスターは馬鹿にしたような私の言葉にも怒らず、そっと息を吐いただけだった。
「なんにせよ、ヘテラが少しは安心できたみたいで良かった」
「難儀だな、癒しの一族ってのは」
そう呟きながら、私はまた釜の中をぐるりとかき混ぜる。
すると釜の中に紫色の花びらが舞い散り、甘い匂いが立ち込めた。
(後は瓶に花びらと冷たい水を詰めて、置いておけばいい)
底が見えないほど、釜の中には花びらの山ができていた。
それを瓶に全部入れ終えれば、後は花びらから毒が抽出されるまで待つだけだ。
けれどその作業が終わってもエスターは、私に言われた言葉についてまだ考えていた。
「俺、そんなに難儀そうに見えるか?」
「お前を見てると、他人のことばかり考えてるように見える」




