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【完結済】魔女ヘテラは、聖女への復讐を完遂する  作者: 不揃いな爪
02.魔女は安寧から逃げ出すか
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02-05 魔女は安寧から逃げ出すか

「……いい考えだ。弱体化が狙えれば、結界内に逃げ込める可能性が上がる」

「けど問題はどうやって傷つけるかだな。あの魔物の皮膚は固そうだし」


 徘徊している獣を茂みから盗み見ると、獣はごわごわとした毛に覆われていた。

 あれを私やエスターの腕力で傷付けるのは無理だろう。


「こっちから攻撃するんじゃなくて、あっちから刺さるようにするのはどうだ? 幸いここは見通しが悪い」

「なら近くに先生が捨てた武器の置き場がある、回収しに行こう」


 息を殺して、私たちは獣から少しづつ距離を取る。

 このまま家に戻れればよかったが、家までの一本道を獣は徘徊していた。




 エスターに誘導されて、足場の悪い道を進む。

 小さな倉庫にたどり着くと、その中に役目を終えた武器が積み重なっているのが見えた。


「剣がこんな折れ方するのか」

「俺もちょっと引いてる。でも今、俺達が使うには充分だ」


 折れて曲がった鉄の塊を手に取ると、ずっしりと重い。

 これで私があの獣を殴っても、大したダメージにはならないだろう。

 だけど今はそれでいい。


「だな。剣を貸せ、私が毒を塗る。エスターは辺りを警戒していてくれ」

「ん、了解」


 毒を塗り終わると、私はエスターにそれを渡して指定した場所の木箱に運ばせる。

 だが何度もエスターは滑って転び、作業中の私も周りの匂いにむせ込んだ。


「しかし匂いが酷いな」

「先生が討伐した魔物を埋めてるんだ、もう面倒臭くなって最初から穴も開けてるって言ってた」

(だから歩きにくかったのか)


 美貌を泥だらけにしたエスターが、ぱたぱたとこちらに戻ってくる。

 だが本人は特に気にした様子もなく、細かい飾りのついた服で顔を拭うだけだった。


「よし、あとはひたすら毒を塗った武器を穴に差していく感じだな」

「じゃあ、それは俺がやるよ」


 作業が終わったのを見計らって、エスターは私と木箱の元へと移動する。

 そして私は木箱に入れた剣の柄を下にして地面に突き刺し、エスターは周りを警戒する。

 獣はまだこちらに気づいていないようだったが、足音は少しずつこちらに向かってきていた。

 けれどエスターは緊迫した状況だというのに、どこかにこやかでいる。


「なんだ、嫌に笑ってて」

「いや、ちょっとは信用してくれたかと思って」


 この状況だと言うのにエスターは美しく、けれど朗らかに笑った。

 毒と腐臭漂う武器の墓場で、獣までうろついてるというのに、私とまともに会話できていることがよほど嬉しいらしい。


「少しだ、調子に乗るなよ」

「分かってるよ」


 絶対分かっていない百点満点の笑顔で、エスターは私に答えを返す。

 けれどその反応に、私は少しの違和感を感じる。


「お前にとって、フォルドは信頼できる人じゃないのか」

「ずっと守ってくれてるし、俺を育ててくれた。けどそれに目的がある気がするんだ」


 エスターは言葉を選びながら話す、けれどそれは私と同じ疑念だった。

 フォルドは何かを隠している。

 なにかは分からないが、家まで建てて子供を引き取る理由が分からない。


「もちろん先生に俺を害する気なんてないだろうし、そうするならとっくにできてるはずだ」


 エスターは淡々と言うが、それも彼の言う通りだと思う。

 だがエスターは先ほどの笑顔から一転して、不安げだった。

 けれど明確に否定の言葉が出てこないので、彼なりにフォルドを信じたいと思っているのかもしれない。


「だからそういう意味じゃヘテラ、お前の方が仲間みたいに思えるんだ」

(正反対の恵まれた男かと思っていたが、そうでもないのか)


 話が巡り巡って、元の場所にたどり着く。

 だがエスターの話は意外ではあったが、悪い気はしなかった。

 状況の分からない場所にいるのが自分だけではないと思えるだけで、少し気分が良くなる。


(むしろ殺意や敵意が薄い分、私より危ういかもしれない)


 途中からいきなり酷い場所に放り込まれた私は、他の場所との比較ができる。

 だが監禁とまではいかなくてもあの家ずっとに閉じ込められていたのなら、それすらできない。

 なのにこんな風に人を信じられるのは、きっと今まで彼が生きてきた環境のおかげだ。


(どういう理由であれ、エスターはまだ手を出されていない)


 それが良いことなのかはともかくとして、美しい彼は思った以上に強靭な精神を持っている。

 短い期間であっても行動を共にするなら、見た目通りに繊細であるよりもよほどいい。


 そんなことを考えていると、再び獣のうめき声が聞こえてくるようになった。


「そうだ、あと囮役は私がやる」

「危ないって言いたいけど、明らかにヘテラに反応してるもんな」

「あぁ、だから最初から作戦に組み込んでいた方がむしろ安全だ」


 私は自信を持って答えると、エスターは苦笑いしながら立ち上がった。

 作戦は先ほど話して、お互いに理解している。


「絶対、生き残ろうな」

「……そうだな」


 私の答えを聞くと、エスターは茂みへと消えていった。

 それから少しの間を置いて、獣の声がどんどん近づいてくるのが分かる。


(そろそろだな)


 エスターを見送った私は、ゆっくりと立ち上がる。

 私も、覚悟は決まった。


(さて、作戦開始だ)




(あの魔物は前世でいう猪に似ている。目標がいなければ徘徊しているが、見つければ真っ直ぐに突っ込んでくる。誘導は簡単だ)


 少し高い場所から獣を観察した結果、そう結論付ける。

 そして私は囮になるため、獣の前に姿を見せた。


「おい、い「——————!」

(早い早い早い!)


 猪野郎、と言い切ることもできずに私は踵を返した。

 予想以上のスピードで突進してきた獣は、あっという間に距離を埋めてくる。


「ヘテラ、ここまで耐えてくれ!」

「分かってる!」


 エスターの言葉を聞きながら、私は後ろから迫ってくる気配を感じ取る。

 そして獣が飛びかかってきた瞬間、私は隠された穴の向こうにいるエスターの方へ飛んだ。

 地面を強く蹴り上げ、そのまま宙を舞いながらエスターの手を取る。


「手を離したら祟ってやるからな!」

「大丈夫だ! 絶対離さないから!」


 穴に張った布が重さに耐えかねて、足元から崩れていく。

 そして私を追っていた獣は真っ逆さまに、毒が塗られた剣が待つ穴へと落ちていった。


「——————————!」


 獣の断末魔が響き渡る中、私はエスターに引き上げられる。

 そしてすぐにエスターは私を抱え上げると、そのまま穴から距離を開けた。


「……死んだか?」

「少なくとも気絶はしてる、今のうちだ」


 少し遠くから穴の中を覗くと、動かない獣がいた。

 息の根を止めたかは確認できないが、とりあえず時間は稼げたことに安堵する。


「しかし道具が揃ってて良かった」

「先生は家に道具持ち込まないから、ここに置いてるんだ。それが幸いした」

(なるほど、家に怪しいものがなかったのはそれが原因か?)


 確かに隠しておきたいものは、人がいる家よりも外に置いていた方が目につかない。

 それは理にかなっていて、隠し事がある人間らしいやり方だと思えた。


(よし、後で少し調べて「——————————!」)

「うそ、だろ」


 これで一安心だと息をつく間もなく、穴の中で異変が起こる。

 最初は何かが崩れるような音がしたかと思うと、今度は一気に土煙が上がった。

 そして次の瞬間には、大きな塊が飛び出してくる。


「嘘だろ、アイツもう穴から出てきた!」

(復活が早い! というか正気じゃないぞ、あの眼!)


 獣は血走った目を大きく見開きながら、こちらを睨んでいる。

 そしてその視線に捉えられた私は、エスターに手を引かれて一目散に走り出した。


「ヘテラ走れ!」

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