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【異世界恋愛2】独立した短編・中編・長編

初めから君に恋をしていた。

作者: 有沢真尋

 豪雨により増水した川の中州に、数人が取り残されている、という。


「アッシュベリー聖騎士団なんて、手練揃いだろ? 自分たちでどうにかできないのか?」


 救助要請の一報が入り、昼下がりのギルモア山麓の詰め所は浮足立っていた。

 偶然居合わせた魔導士のフィオナは、右往左往しながら出動準備をしている騎士のひとりを捕まえて、飄々とした口調で尋ねる。


 フィオナは灼熱色の癖っ毛に、目鼻立ちのくっきりとした凛々しい美貌の少女。痩せて背が高く、黒の魔導士のローブを身に着け、赤いベルトで細い腰を締めている。

 宮廷魔導士団の新人(ルーキー)ながら、団長の父似の才覚ですでに頭角を表し、年上の男相手でも物怖じしない。

 話しかけられた騎士は、相手がフィオナと知ると、非友好的な態度を隠しもせず目を細めた。


「水難は厄介だ。己を過信した者、事態を甘く見た者から沈んでいく。助からない。救助要請はグリフィス副団長の判断だが、妥当だ。無理をする場面ではない」

「それだって、魔導士がいれば飛翔術と浮遊術で岸に運ぶくらい」


 屋内で近距離だというのに、声がかき消されそうな激しい雨は、依然として降り続けている。

 やや大きめの声でフィオナが言い返すと、騎士はさらにまなざしを厳しくした。


「過酷な戦場を想定した模擬練習の最中で、体力に劣る魔導士は連れていない。聖騎士団の訓練にまともについてこられる魔導士などいないからな」

「そんなの、嫌味っぽく言うようなことかよ。魔導士だって、体力はあるに越したことはないからきちんと鍛えている。だけどそれより、魔力を高めることと魔法の真髄を捉えることが、職業上優先される。だから体だけ鍛えていれば良い騎士団とは差が出る。当たり前のことじゃないか」

「お前……っ」


 言われた以上に言い返したフィオナに対し、騎士が気色ばむ。 

 そのとき、すかさずフィオナの袖を掴んで自分の方へと引いた背の高い人物がいた。


「申し訳ない、妹が無礼を。フィオナは、余計なことまで言い過ぎた。騎士も魔導士も仕事に必要な能力を伸ばしていて、互いに相手の得意には及ばない。それだけのことを、なぜ喧嘩腰に言う」


 フィオナと同じ魔導士姿の青年。赤毛には癖がなく、まっすぐ背中に伸ばしていることを除けば、秀麗な顔立ちはよく似ている。「兄さん」とフィオナは呟いた。青年は「行くぞ」とフィオナの腕を引っ張ったまま、詰め所の責任者の元へと向かった。


「宮廷魔導士団のバーナビー・メイです。こちらは妹のフィオナ。近くの保養地に老齢の祖母を見舞った帰りに、この大雨でこちらに立ち寄ったところです。緊急事態と聞きました。ぜひ協力させてください」


 声をかけられた中年の騎士は、ほっとした様子で「頼む」と言い、バーナビーに手を差し伸べる。バーナビーがその手を握り返したことで、メイ兄妹、魔導士二人が救助隊に加わることが決まった。


 * * *


 詰め所に常駐の魔導士がいなかったこと。

 弱まることもない雨のせいで、猶予がなかったこと。

 協力を申し出た二人の魔導士が、王都でも評判の若手実力者だったこと。

 いくつもの事情が重なり、大雨の中での救助劇は、兄妹魔導士が牽引することとなった。


 雨に打たれながら、二人が飛翔術で取り残された人の元へ向かう。それぞれ左右に一人ずつ肩を貸したり腕を掴んだりして自分の魔法の効果範囲に入れて、岸まで飛んで運ぶ。その繰り返し。


(なんでこんなことになってるんだよっ)


 フィオナは喉元まで出かけた悪態を飲み込む。何しろ目を開けるのも困難な土砂降り。ただでさえ体力を削られる中での救助で、中洲がいつ濁流に呑まれるかもわかったものではない。

 出立前に聞いた事情によれば、ほぼ全員が新兵とのこと。中洲には副団長、と呼ばれる白い制服姿の男もいたが「自分は最後で」と(かたく)なに固辞したことで、後回しと決まった。

 重い体の男を両側に抱えて飛ぶのが三度。岸に置いて、すぐさま飛び立ったところで、一人で三人を抱えてきたバーナビーとすれ違う。「あとひとり。気をつけて」張り上げた声が耳に届き「わかった!!」とフィオナは返事をした。

 濡れた体は芯まで冷えており、筋肉過多の男たちに重量をかけられた肩は軋んでいて、腕も足も震えている。(魔導士は体力が無いって? うっさいな)あと一人ならばまだ頑張れる。

 自分を鼓舞して、よろよろと飛びながら中洲に向かった。目に流れ込む雨に視界を遮られつつ瞬きして見れば、ずぶ濡れの男がぼんやりと見上げてきているのがわかった。


「副団長のひと……」


 このひと、本当に、最後だ。

 近づきながら降下。まだそこには地面が残っているつもりで足を下ろしたのに、つま先が水に沈む。まずいと思ったときには両足首まですでに水の中で、ぬかるみにとられたようにまったく抜け出すことができない。魔力を込めて、強引に飛び上がろうとしても、追いすがってくる水力が強すぎる。

 あっという間に顔まで水に浸かって、荒い呼吸の合間にガボガボガボと水を思い切り飲み込んでしまい、パニックに陥る。

 沈む……、

 沈む、動けない、どうしよう、溺れてしまう……!


 慌てたそのとき、何か大きなものに包み込まれる感覚があった。誰かが自分を助けるために、濁流に飛び込んできたのだ。誰か。誰かって。


(私はあなたを助けにきたのであって、助けられている場合では……)


 体力を削られていたこともあり、手足がまったくいうことを聞かない。雨と水流の激しい音に身を浸し、口をきくこともできず。

 なすすべもなく相手の腕に身を任せているうちに、いつの間にか意識を失っていた。


 * * *


 重い瞼を開けたら、目の前で火が燃えていた。


(焚き火……)


 顔に赤々とした光があたっている感覚がある。すでに、夜のようだ。炎以外のすべてが闇に沈んでいる。ぼうっと火を見ているうちに目が慣れてきた。辺りを取り囲む影は木々で、ここは森の中らしい。

 そのうちに、自分はいったい何を枕にしているのだろう、と疑問を覚えた。地面ではない。

 ゆっくり体を起こす。


 至近距離に、ひとがいた。

 一言も発することなく、フィオナを見ていて、視線がぶつかった。


 氷を思わせる、色素が薄くて透き通った水色の瞳。肌は白く滑らかで、秀でた額に通った鼻梁、引き結ばれた唇まで、どこを取っても類稀な造形をしている。髪は銀色。

 泥に汚れた白の聖騎士の制服を身にまとっていてさえ、何ほども損なわれない際立った容貌。

 

「副団長の……」

「メルヴィン・グリフィスだ。動いて大丈夫か」


 その声は、止まない雨の騒音の中で聞いたときとは、ずいぶん印象が違う。若く瑞々しいが、落ち着いている。耳が痺れそうな美声。


「大丈夫だと思います」


 答えた側から、フィオナは体を支えていられなくてその場にずぶずぶと沈み込んだ。おそらく、長らく枕にしていただろう、彼の太腿へと。


(膝枕……? 膝枕って、なんで膝枕って言うんだろう。腿だよな)


 まわらない頭で考えながら、寝返りを打つことすらできない、異常な体の重さを実感して、ため息を吐き出す。


「助けに来たはずなのに、助けられたみたいだな。ありがと」

「こちらこそ。あのままだと甚大な被害を出すところだった。君の働きには感謝している」


 低く、染み込んでくるような声音に耳を傾けながら、フィオナは目を閉ざす。なんだか気持ち良いな、と思ったが次の瞬間猛烈な吐き気がこみ上げてきて、渾身の力を込めて寝返りを打ち、地面に転がった。

 げほ、ごほ、と片腕だけで体を起こしながらうつ伏せで咳き込んでいると、そっと背中を撫でられる。加減が優しく、心地よさがじわりと広がってきた。


「治癒魔法、つかってくれてる?」

「気にしないように。ずいぶん水を飲んでいた。気持ち悪くなっても不思議はない」

「水をって……、まさか救助時の人工呼吸とか処置は全部あなたが?」


 背中を撫でる手はそのままだったが、返事はすぐにはなかった。間をおいてから「他に誰もいない」とそっけない一言が返った。

 しばしの沈黙の後、フィオナは地面にごろりと体を投げ出す。仰向けになってメルヴィンを見上げつつ、「だいぶ気分良くなってきた」と告げた。

 視線を転じると、木立の向こうに、夜空が広がっていた。


「川に落ちて、だいぶ経っている?」

「伝導石を使って、連絡はつけている。ふたりとも無事と伝えた。すぐに死ぬほどの衰弱ではないし、雨も上がってしまえば、幸いにも今は夏だ。『夜間の捜索隊を出す必要は無い、朝になってから帰路について改めて相談したい』と言ってある」


 問いかけに対して、十二分な説明。

 フィオナは無言で頷き、目を閉ざした。疲れていた。そのまま眠りに落ちそうだったが、ふわりと体が浮いた。背中に腕の感触。メルヴィンの膝に抱き上げられている。


「……なんのつもりだ」

「炎すれすれ。寝返りひとつで飛び込んでしまう」

「あなたみたいな綺麗な男に言うのは自分でも気が引けるけど、私は女だぞ」

「うん」

「みだりに触れるな」

「焼死体にするわけにはいかない。朝まで無事でいると君のお兄さんに連絡済みだ」


 話がついているのであれば、フィオナの名前や素性もとうに知っているに違いない。あらためて名乗る必要もないかと、目は瞑ったまま。

 不意に、このままでは、このひとに抱かれたまま再び寝ることになると気づく。

 体はしんどい。もう指の一本でさえ、動かしたくない。メルヴィンの腕の中にいた方が、地面で寝るよりずいぶん快適なのもわかる。炎に炙られる心配もない。

 だが、目を閉ざす前に見た彼の絶世の麗人ぶりを思い出してしまえば、鼓動がおかしくなりそうだった。

 その意味もわからぬまま、フィオナはわざわざ重い口を開いて、軽口を叩いた。


「しかし、副団長が最後だなんて。あなた、戦場でもそんな指示だすの? 味方を生き延びさせるためには、指揮官が死なないことが重要で……。演習だって考え方は同じじゃない? 新兵よりも、副団長の方がよほど育成にお金も時間もかかっている。死なれたら国の損失だ。それなのに、迷いなく、自分を後まわしに……」

「疲れているはずだ。君は寝なさい」


 かわされた。それがわかって、フィオナは瞼をこじあけた。


「いいや、話は終わっていない。助からなかったらどうするつもりだったんだ」

「結果的に、私が最後だったことで、君を助けることができた。私の育成にかけられた金と時間が、君という優秀で気高い魔導士の命を救った」

「それは……、でも、そもそもなんであんなことに。あの状況を招いたのは、指揮官の判断ミスだろ」

「それについては、返す言葉もない。世話になった」


 言葉数が、多くない。会話を続けるどころか、隙あらば終了させようとしてくる。

 たしかにフィオナの体は疲れ切っていて、今すぐにでも意識を手放したがっていた。自然と瞼がふさがってしまう。もう少し、彼の声を聞いていたいのに。

 何か話題はないかと知恵を巡らせている最中、服はどうなっているのだろう、とふと思いついた。


(脱がされてはいないみたいだけど……。そのせいか全然まだまだ生乾きだ。肌に近ければ近いほど。うっ、気づくと気持ち悪い)


 あちこちじんわりと濡れている。その不快感から、フィオナはうっすらと目を開けて、メルヴィンの薄く透き通った瞳を見つめた。


「濡れていて、本当に気持ち悪いんだ。ぱんつ脱いで良い?」


 メルヴィンの表情は完全なる「無」そのものだった。

 一言。


「君はさっさと寝るように」


 取り合うつもりはないとばかりに、メルヴィンは固く目を閉ざして、唇を引き結ぶ。

 そこで話は終わった。


 * * *


 夏の夜の出会い以降、フィオナは王都でメルヴィンとしばし顔を合わせるようになった。

 ただし、仲が深まるどころかぶつかるばかり。


「魔導士も体力つけた方が良いって言うから、聖騎士団の訓練に参加しているのに! 手加減というものを知らないのか!」


 たとえば、騎士団の訓練場にて。

 基礎の運動を騎士たち並にこなした後、慣れない剣も覚えようと四苦八苦していたら「稽古は私が」とメルヴィンが口を出してきて、そのまま完膚なきまでにこてんぱんに叩き潰されるという悪夢。

 一度や二度ではない。

 フィオナを見つけると、決まってメルヴィンが出てきて立ち上がれないほど打ちのめしていくのだ。

 慣れてしまった団員たちが、「やれやれ」「またやっている」と見ている中、フィオナがいつまでも倒れたままだと、メルヴィンがようやく優しさを発揮。荷物のように肩に抱え上げる。


「はなせ、おろせ。きやすくさわるな、潰すぞ!!」


 フィオナがばたばたと暴れても、鍛え抜かれたメルヴィンの腕はびくともしない。

 その挙げ句、感情のこもらない声でそっけなく言うのだ。


「潰そうにも、魔法も行使できないほど疲れさせたつもりだ。足りなかったか?」

「どれだけドSなんだよ……! そんなにあの救助のとき私が、魔力体力切れで溺れたのを根に持っているのか?」

「べつに」

「じゃあ、なんで。もっと他にやりようが」

「無い」


(……強情っ)


 口数は多くないのに、一度言い合いとなれば譲るところがない。騒ぐフィオナなどどこを吹く風、抵抗も一切通じない。恐るべき腕力。

 圧倒的な力の差があるのに、遠慮容赦なくねじ伏せてくるのだ、いつも。


「こんなの……。一方的に私がいじめられているだけじゃないか。練習になっているなんて思えない」

「強くなった実感はないのか?」

「知らないよっ。あなた以外と手合わせすることがないんだ。負け続けてばかりじゃ何もわかんないって。なあ、今度は他のひとと」

「だめだ」

「だから、なんで……。あなたと私は実力に差が開きすぎている。そのくらいわかるだろ?」


 騒いでも、持ち上げてみても、まったく相手にされない。

 いっそ訓練に参加するのをやめようか、という考えが過ぎったりしないでもないのだが、どうしても言い出せない。

 メルヴィンが丁寧に治癒魔法を施してくれて、そのまま「訓練の後には食べる物にも気をつけるように。筋肉になるものを」と言いながら行きつけの食事処に連れていってくれるせいかもしれない。そこまでアフターケアしてくれるなら、あまり悪し様に言っても……と思い「やめる」と言うのをやめてしまうのだ。


 そうして通い続けたある日、フィオナが訓練場に顔をだすと、メルヴィンの姿がなかった。


 * * *


「おう。赤毛の小僧じゃねえか。今日は副団長はいないぞ」


 声をかけてきたのは、顔見知りになった騎士のニック。出会いの雨の日はどことなく険悪な会話になり、今でもべつに仲良くまではなっていないが、会えば話くらいはする。


「小僧じゃない、れっきとした女だ。メルヴィンいないのか……困ったな」


 せっかく来たのに訓練ができないと知って顔をくもらせると、ニックが気を使ったのか「俺が相手になるぞー」と身を乗り出してきた。


「ニックが……?」


(メルヴィンは、自分以外を相手にしてはいけないと言っていて……。「初心者が指導者以外の相手に教わると変な癖がつく」とか、そういう意味だと解釈していたんだけど。いつまでもメルヴィンとだけしか手合わせしないでいると、実力がよくわからないから、良い機会かな?)


 頭の中で素早く算段し、決める。


「ありがと。せっかくだからお願いします。メルヴィンとしかしたことがないから、勝手はわかってないよ。手合わせしているうちに、慣れるかな?」


 そう言って、ニックを見上げるとまじまじと顔をのぞきこまれてしまった。思わず「なに?」と聞き返すと、「なにっていうか」と言いながら目を逸らされる。


(どういう反応だ?)


 よくわからないな、と首を傾げていると、視線を戻してきてぼそぼそと言われた。


「お前、もう副団長とはヤッたのか?」

「何を? 手合わせのことなら見ての通りだよ。いつも限界までいじめ抜かれている。手加減というものを知らないんだ、あの男は。私はか弱い魔導士で、腕力だって女だぞって言ってるのに。容赦ない」


 訓練場でやりあっているんだから、みんな知っているよね? という軽い調子でフィオナは言ったが、ニックは深刻な表情でじっとフィオナの目を見てきた。


「おう、そうだな。お前が絶対に他の男に見向きできないように、徹底的に自分の相手だけさせてるよな、副団長。今まで浮名を流したこともなければ、言い寄る女も袖にし続けてきて、同僚の騎士団員相手にも一定の距離感を崩さないできたのに。まさか、一人の相手にここまでわかりやすく執着するとは」

「私に執着? そうかな。おもちゃにされているだけだよ。こんなに弱い相手で遊んでいないで、あのひとは自分の本分を果たすべきだ。よし、決めた。今日はニックに相手をお願いする」


 よろしく、とフィオナが頭を下げると、ニックもまた神妙な様子で頭を下げた。

 そこから二人で手合わせとなったが、結論から言えばフィオナの実力ではニックにもまったく歯が立たなかった。

 何度打ち込んでも、払われ、防がれ、押し返され、地面に転ばされる。


「痛ぁ……」


 思いっきり倒れ込んで、フィオナは短く悲鳴を上げた。「大丈夫か!?」とニックが走り込んできて、手を差し伸べてくる。「大丈夫だから」と言ってフィオナはその手をとらず、よろめきながらその場に立ち上がった。


「このくらい、いつもメルヴィンにされてるから、平気。本気で相手にしてくれてありがとうね」


 心からの礼とともに、フィオナはにこりと微笑みかける。

 ニックは一瞬、惚けたように動きを止めていたが、手を伸ばすとフィオナの手首を掴んだ。なぜ掴まれたかわからないフィオナはきょとんと目を瞬く。


「何?」

「いや、怪我してないかと思って。手当が必要なら、ちょっと向こうに行こうかと」


 そのままぐいっと手を引かれた。


「痛いよ、ニック。痛いってば」

「だから手当を」

「じゃなくて、手が痛い。はなして……っ」


 フィオナが叫んだその刹那。

 影が落ちた。

 二人の間に手を差し伸べたメルヴィンが、ニックの腕を掴んで力付くでフィオナから引き剥がす。ハッと息を呑んで振り返ったニックに対し、無表情で冷ややかに言い放った。


「二度は許さない。次は腕を切り落とす。わかったら行け。フィオナの相手は私だけだ。忘れるな」


 * * *


 話がある、とメルヴィンが言い出したので、訓練場を二人で後にした。

 王宮へと続く回廊を外れ、庭に踏み出したメルヴィンは、大樹の下でフィオナと向き合い、真剣そのものの表情で言った。


「君の家や兄上に確認を取ってきた。君には今現在婚約者はいなくて、家族は君の結婚に関し、家同士の結びつきや政略ではなく本人が決めた相手を尊重する意向とのこと。私の身上書を提出し、怪しい者ではないとよく話してきた」

「はい」

「婚約を申し込む。結婚は、できる限り早いほうが望ましい」

「メルヴィンと、私が? 剣を突き合せたことはあっても、いわゆる男女交際的な意味で付き合ってはいませんでしたよね?」


 確認のためにフィオナが尋ねると、メルヴィンは「いかにも」と重々しく頷いた。


「いかにもって。自覚はあるんだ。付き合ってはいないって。そんな素振り一つもなかったよね。顔を合わせればいつも、あなたは私を痛めつけるだけで」

「君には強くなって欲しいと真摯に願っている。私がいつも側にいられるわけではない」

「その気持ちはありがたいんですけど、いつから? あなたが私を好きになった瞬間がいまいちわからない」


 ごくごく正直に言うと、メルヴィンは真面目くさった顔で答えた。


「初めから」

「えっ?」

「初対面のとき。川の中州で君が私のもとに舞い降りてきたときから恋をしていた。あの夏の夜、眠る君を見て、私だけの天使になってもらおうと決めた」

「思い込み激しすぎないっ!?」

「ぱんつを脱ぐのは私の前だけで」

「その話は今はいいから! あの時も脱いでないし!!」


 フィオナが拳を振りかざして、振り下ろす。

 その拳はメルヴィンの胸を叩く前に、危なげなく止められた。メルヴィンは掴んだ手でそのままフィオナを引き寄せて、手首の内側に口づけた。




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【バーナビー・メイ談】


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